心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第五巻

長尾夫人のめにえんそそ

福来 友吉

 

 科学画報の「精神現象の驚異号」に載せられた小熊虎之助君の「心霊写真の真偽」と言う論文中に、長尾夫人の念写に就いて、次の如く公言してある。

山川健次郎博士が自ら丸亀に出張して、詐術を発見する嚴重な理学的装置を設けた実験をされた………。しかし残念なことには、助手の失策から完全な実験結果が得られなかったが、しかしそれでも博士は夫人の念写の全くの詐術であることを宣言せられたのである

 右は全く事実無根の虚言で、山川博士はかつて一度もかかることを宣言されたことが無い。私はこれを証明する前に読者からうるさいと思われるか知らねど、順序としてず当時の実験に絡まる二つの怪事件に就きて、簡単に説明して置かねばならぬ。

 山川博士の名によりて企てられた藤学士(今は博士)の実験は明治四十四年一月八日午前に行われた。これに絡まる二つの怪事件とは次の通りである。

    第一 実験用の乾板の無かりしこと。

 山川博士は乾板を入れてある筈の小箱を長尾夫人の前に待ち出し、これに「健」と言う文字を念写することを要求された。夫人は例の形式で統一したる後、次の如く言い放った。

 箱の中に乾板が無いから、念写は出来ません。

 一坐の立会人は皆驚いた。山川博士は「乾板は確にある」と主張されたけれど、結局箱を開いてしらべた所夫人の透視した通り、、乾板は無かったのである。

    第二 実験物を入れありし鞄に変状ありしこと。

 長尾夫人の神通力を研究する時、吾等は何時も夫人の要求によりて、数個の実験物を玄関に置き、実験する毎にの内から一個づつを取り出し、これを持って実験室(離れ坐敷)に入りて実験をしたものである。それがめ反対学者はの玄関をあやしいと疑った。長尾夫人の共謀者が玄関に置いてある実験物に何にか細工をするのであろうと疑って居た。私は私の実験によりて、玄関に何等の怪むべき点の無きことを証明し得たけれど、それを知らぬ藤学士は玄関をあやしいと疑って居たのである。それで氏は実験物を鞄に入れ、の口金にる仕掛を施し、何人かが鞄を開いて実験物に触れることあらば、一定の変状を残すようにして置いた。う言う仕掛の鞄を玄関に置いて、山川博士一行の人達は実験室に通った。うして置けば、長尾夫人の共謀者が鞄を開き、実験物を取り出しこれに細工を施し、一定の変状を鞄に残し、そして詐術の馬脚を曝露する。藤氏は斯様に考えたのである。それから、いよいよ実験に取り掛らんとして、山川博士が実験物を持ち来るべく玄関に行った処、鞄には一定の変状が残されてあった。

 問題の怪事件と言うのは以上二つである。さて、の怪事に就きて、吾等は如何なる解釈を下したらよろしいであろうか。

 第一 山川博士の持ち出した小箱には念写の乾板が入れてあるべき筈だ。しかし、長尾夫人は「乾板無し」と透視し、そして実際無かったのである。何故に無かったのであるか、それは責任者藤氏の自白によりて、氏自身の過失で、乾板を箱に入れるのを忘れたのであると判った。あの当時、長尾側の人達は、藤氏がまさか長尾夫人の透視で観破される様なことは有るまいと高を括って、故意に乾板を入れなかったのであろうと疑って居た。けれど、私は藤氏の自白通り、単なる過失にすぎぬと信じて居る。しかし念写実験に肝心の乾板を忘れたと言うことは丁度決闘に出る武士が刀を忘れたようなもので、余りに甚しき過失である。詰りこれは、藤氏が念写を詐術であると憶断して居ため、詐術発見の考案に心を奪われて、念写実験の方を等閑に附した結果であるとわねばならぬ。

 第二 鞄の変状と言う怪事件は難解の謎であった。藤氏はの著「千里眼実験録」において「怪訝に堪えざる事件の存在を認めた」と言って居る丈で、長尾側の詐術であるとは断言して居らぬ。けれどの全篇が「念写は詐術なり」と言う憶断の色に染められて、読者をしてそう思わしめる様に筆をわして居る。これを読んだ長尾判事(長尾夫人の夫)は非常に立腹して「山川博士の実験に対する意見」と題する小冊子を著わし、山川博士一行が念写能力にけちを付けんとの目的で、自分自身で鞄に変状を来たさせ置いて、それを長尾夫人に塗り付けんとしたものであると言う意見を発表して、千里眼実験録に大攻撃を加えた。長尾氏はの小冊子を山川博士や藤氏に贈ったのみならず、の全文は当時の東京朝日新聞紙に掲載されてあった。若し藤氏にして「長尾夫人の念写は詐術なり」と言う実験的証拠を握って居たなら、是非長尾氏の議論に対して反駁を加えねばならぬ所であった。けれど氏は一言半句も言い返えし得なかった。詰り氏は唯「念写は詐術なり」と憶断して居た丈で、これを証明すべき何等の証拠をも握って居なかったからである。

 私から見ると、藤氏の詐術発見の方法は、はなはだ杜撰なものであった。何人かが鞄を開けば、それを証明すべき変状を残す様に、る仕掛を施してあったけれど、それを開いた人の誰であるかを証明すべき仕掛は施してなかった。だから、鞄の変状によりて何人かがこれを開いたことは判ったけれど、の開いた人の誰であるは更に判らなかった。故にの人の誰であるかに就いては、観る人の立場に従って、様々に解釈されてあった。藤氏は鞄の変状を長尾側の仕業であると解釈して居た。それは実験録には明言してないけれども、の文章がの意味を暗示して居る。けれど、これは藤氏が実験せぬ前から「念写は詐術なり」と憶断して居た結果で、わゆる疑心暗鬼の妄想である。長尾氏はこれを藤氏側の仕業であると解釈して居た。あの場合に於ける長尾氏として斯く解釈するのに同感すべき点はあるけれども、れも証拠のない憶断である。だから私に言わせると、藤氏の想像も、長尾氏の想像も共に当って居ない。鞄を開いた人は第三の位置に立つる人である。念写研究を破壊せんとしたる人である。長尾夫人の念写実験の始めから終りまで事件の蔭に隠れて、の研究を破壊せんとて猛烈に運動した人があった。明治四十四年一月十三日、私が長尾邸の玄開に置いた実験物を盗み去り「隠くしを致すと、命をもらったぞ」と書いた紙片をの内に押し込み、これを溝の内に投げた人があった。八日に行われた藤氏の実験の翌日、大阪時事新報は、長尾夫人は山川博士に詐術を観破せられ、爾今じこん念写をやらぬとちぎったと言う意味の記事を掲げたが、の記事の原稿は某々三人(姓名は秘して置く)によりて捏造されたもので、しかの内の二人は始めから終りまで丸亀に居て、念写研究の妨害を試みたものである。念写研究を破壊せんとする悪漢が、長尾邸の玄関に入り込み、其処そこにある実験物に害を加えるまで、悪辣なる運動をやった事は斯の如く事実明白である。此等これらの事情を綜合して見れば、藤氏の実験において、玄関にある鞄を開きて実験物に変動を惹起させたことも、妨害者の仕業であることは自ら明白である。しからばの妨害者は誰であるか。何のめに斯の如く妨害せんとしたか。此等これらの点に就いて私はもっと言いいことがあるけれど、遠慮してここらで筆を納めることにしよう。長尾夫人のめに証が立ちさえすれば、他の人の悪事をさらけ出すにも及ばぬ事と思うから。

 要するに誰が鞄を開いたかと言う問題に就いては、念写妨害者の仕業と見るのが最も合理的解釈である。藤側の仕業と見るのも長尾側の仕業と見るのも、共に前後の事情から見て合理的と思われない。

 以上の通りであるから、藤氏の実験からは、長尾夫人の念写に就きて、何等の否定的決論をも引き出すことが出来ない。即ち

  (一) 藤氏の実験は念写用の乾板を忘れた、失敗の実験であったから、念写を肯定することも否定することも出来ぬ。

  (二) 鞄の変状は妨害者の仕業と解釈するのが最も合理的である。すくなくも何人の仕業とも判らずとうべきである。従って、これによりて長尾夫人の念写を詐術と断定することは出来ない。

 藤氏の実験の無価値なることは右の如く明白である。それにも拘らず、あの当時、世間の人達が一般に長尾夫人の詐術が右の実験によりて観破された様に噂し合って居たのは、の思想低級にして、念写のごとき破天荒の新事実を受け入れあたわざるがめ、反対学者の憶断的議論に附和雷同して疑心暗鬼の妄想を懐いて居たからである。私は斯る俗衆を相手に弁解したとて、「大声俚耳に入らず」で、到底理解され得るものでない、「天定って人に勝つ」の道理で、自然に判る時が来ると思って、唯黙々としての後の研究を続けて居たのである。

 所が何と言う事だろう。科学画報の「精神現象の驚異号」には

  山川博士は長尾夫人の念写の全くの詐術であることを宣言せられた。

 と公言してある。これを公言するものは俗衆でない。書物や雑誌や新聞紙を通じて、社会民衆を教育しつつある所の、心理学専攻の文学士小熊虎之助君である。私は常に、公正なる山川博士は藤氏の実験の価値に就いて、私と同一意見を有って居らるるものと信じて居た。従って長尾夫人の念写を詐術であると断定せらるることは無いと信じて居た。しかるに小熊君は右の如く公言して居る。れは実に意外千万なことである。小熊君の宣傅によったものか、他にも同様のことを公言するものが時々有ったから、山川博士がはたして、そんなことを宣言せられたかどうか、徹底的に調査して置かねばならぬ。私はう思って、書面を博士に差上げ、藤氏の実験の価値に対するの意見を伺って見た。博士からの返辞の要点は次の通りである。

(一) 拙生は丸亀に於ける会合の結果として、長尾夫人の念写を肯定も否定も不仕つかまずらず

(ニ) 論文においても、講演においても、否定意見を発表したること無之これなし

(三) 鞄の変事は何人の仕業とも断定し得ず。(昭和二年十月十三日十八日書面)

 果せる哉、山川博士の意見は、私の信じて居た通りである。これによりて、小熊君の公言は事実無根の虚事であることが確実に証明されたわけだ。

 ぎに起る問題は、小熊君のごとき真面目な学者が、なんで右のごとき事実無根の虚事を、天下に公言するに至ったのであろうか、と言うことである。私はの問題を解決せんがめに、小熊君と数回書面を往復させて、ついに大変に好い参考となる事実を握り得たのである。それは単に独り小熊君のみならず、長尾夫人の念写を怪む一般世人の心理を説明する好材料と思うから、こここれを紹介しいと思う。

 ず私は小熊君に書面を送って、

 長尾夫人の念写を詐術として否定する山川博士の意見は何に発表しありや。

 と言う意味の質問を発した。これに対する小熊君の返辞は次の通りである。

 長尾夫人のことに就きましては、小生の粗漏で、山川博士の指導実験によりて否定されたと言うことである

(昭和二年十月二十三日の書面の要旨)

 右の文句は意味曖昧であるから、更に次のごとき意味の質問を発した。

「否定された」とあるが、これを否定するものは何人なりや。山川博士か、藤学士か、小熊君か、社会の人達か。

 小熊君の返辞は次の通りである。

 長尾夫人の念写に就いて、小生の知る所は、藤、藤原両氏の「千里眼実験録」と、先生の「透視と念写」とである。この両者の見解を批判的に考察して、小生は前者の否定的意見に味方するものである。小生は念写能力の存在はすくなくとも未だ不確実なものと思う。この先入見があっために、今回の科学画報の簡単な、そして不用意の文句となったのである。(十月二十八日の書面の要旨)

 更に又、次の如く書き足してある。

 あの文句の意味をここ敷衍ふえんすれば、

「長尾夫人の念写能力に就いては、福来博士の肯定説に対して山川博士の指導を受けた藤、藤原両氏の否定説がある。小生は後説をむしろ是なりとして、この能力の存在は否定せらるべきものと信ず。」

ともすべきものであろう。ただ否定と言う言葉はあまりに積極的で、正常でないように今思って、むしろ「疑問とする」とすべきであったのであった。この点は訂正したいと思う。

 要するに、粗漏不用意めに、小熊君の真意にあらざる文句を、今回の科学画報に出した、と言う弁解と思われる。私はこの弁解を信ぜんと欲するものである。けれど、ちと私の腑に落ち兼ねる点は今回の科学画報のものと同一の文句、あるいはそれと同意味の文句が、ずっと以前から書物や雑誌を通じて、幾回も繰り返えし発表されてあることである。「粗漏不用意のめ」も程度によることで、こんなに幾度も繰り返えされて見ると、それ丈の弁解ではどうも合点が行かぬ。もっと外に理由が無いか知らと疑われる。それで私は十一月三日更に書面を出し、なり露骨な言葉を以て、の点を質問して見た。の要旨は次の通りである。

今回の科学画報の文句丈なら「粗漏不用意のめ」の弁解にてよろしいと思う。しかし、今回のものと同一の文句、又は同意味の文句がずっと以前から、書物や雑誌を通じて、幾回も繰り返えし発表してある。これ等にも矢張り「粗漏不用意のめ」と言う弁解を応用してもよろしきや如何。

 これに対して、君の返辞は次の通りである。

一体先生の質問は「山川博士が詐術と宣言された」ということの「言葉の有無」に就いての質問なりや、あるいは「事実の有無」に就いての質問なりや。小生は従来、前者の質問として小生の不用意を改めて居るものである。「事実の有無」となれば自ら別問題で、事実の上からは、小生の言を改める必要を認めず。即ち、小生は千里眼実験録によって、山川博士は長尾夫人の念写が詐術であることを暗々裡に宣言されたものと推定して差支さしつかえがないと信ずるものである。(十一月十二日の書面の要旨)

 右の文章の意味を簡単に言い替えて見ると、次の通りである。

山川博士は長尾夫人の念写の詐術であることを、言葉で宣言して居られぬけれど、千里眼実験録によりて、言外に(暗々裡に)宣言されたものと推定して差支さしつかえが無いそれは事実だから、私の言を改める必要がない。

 詩や歌のようなものを解決するなら、言外の意味をあじわうは結構であるが、学術的実験に関係することに就いて責任者自身の言わざることを言外に推定して、それを事実と極めるのは、非学術的な仕方とわねばならぬ。言外の推定は推定する人の主観で想像することであるから、それが事実であるかどうか判らぬ。事実は唯、当人の言明によりてのみ知るべきである。しかるに山川博士は私に書面を与えて、

  (一) 藤氏の実験によりて、長尾夫人の念写を肯定も否定も出来ぬ。

  (二) 鞄の変状は何人の仕業とも判らぬ。

 と明言して居られる。だから、山川博士の心事は推定によりて彼是あれこれと詮議するに及ばぬ。右の言葉が即ち山川博土の心事である。もっとも博士は最初からして念写の可能を疑問として居られた。の疑問を解決せんとの目的で丸亀に出張して実験せられた。所がの実験は全く失敗に終った。だから博士の疑問は藤氏の実験によりて解決されずして、元通りの疑問として残って居ることは事実である。即ち博士の疑問は未解決の侭で残って居る。しかるに、仮令たとえ暗々裡にもせよ、

長尾夫人の念写が詐術であることを宣言す。

 となれば、それは疑問解決の意味を表示するもので、博士の真意に反するものである。それは詮議するまでもなく、博士自身の明言によりて明白なことである。だから、小熊君の推定は全然間違って居る。

山川博士は長尾夫人の念写の詐術であることを宣言された。

 と言う君の公言は全く事実無根の虚事である。私は長尾夫人の名誉の為に、特にこれ揚言ようげんして置くのである。

 れで、小熊君の公言の事実無根は十分に証明されたわけだが、更に私はの機会を利用して、君が斯る公言をなすに至った心理的理由に就いて、ちょっと説明して置きたい。の理由は詰り憶断に囚われた所にある憶断は人の智慧を暗まして、事物の真相を見誤らしめるのみならず、更に進んで、疑心暗鬼の妄想をさえ抱かしむるに至るものである。すでに藤学士は憶断のめに大切な実験に失敗した。第一に念写実験に肝心な乾板を忘れたと言う粗忽そこつは「念写は詐術なり」と言う憶断に囚われて居ため、ただ詐術発表の考案にばかり心を引かれて念写実験の方を等閑に附した結果とうべきである。ぎに、の詐術発見の方法は極めて杜撰なもので、ただ何人かが鞄を開けば、それを証明すべき一定の変状を残す様に装置を施した丈で、の開いた人の誰であるかを証明すべき装置を施して置かなかった。だから、鞄に変状が残されてあったけれど、それが誰の仕業であるかを証明することが出来なかった。それがめ、学者も一般世人も各自勝手な推測によりて空想の犯人を作り出し、疑雲低迷の裡に問題を投げ入れたのである。即ち藤氏の実験は問題を解決せずして、反って解決し難きものにしたのである。そしての源は詐術発見の考案の杜撰な点にある。しかるに藤氏はの考案を「物理的の監視」と名付けて学術的に価値あるものと考えて居た。れは全く「鞄に変状があれば、それは長尾側の仕業である」と憶断したからである。故に藤氏の実験の失敗は憶断に囚われた結果であるとうべきである。

 小熊君の間違も憶断の結果である。君は自分で実験せずして唯、他人の実験記録を見て議論するのであるから念写の主張者及反対者双方の陳述を公正に吟味せねばならぬ。しかし、君にはそれが出来なかった。長尾夫人に就いても、高橋夫人に就いても、渡邊氏に就いても、詐術の疑念を挾み得ざる様、十分嚴重な方法で実験された念写があるにも拘らず、君の心はこれを重要視することが出来なかった。君の眼には唯あの無価値な藤氏の実験にのみ念写問題を解決すべき決定的権威ある如く映じたらしい。山川博士自身は、あの実験によりて長尾夫人の念写を肯定も否定も出来ぬと判断して居らるるのに、小熊君は

山川博士は長尾夫人の念写の全く詐術であることを宣言せられた。

 と公言して居る。実に驚くべき間違である。仮令たとえそれが粗漏不用意の結果であるとしても、斯る公言を数年間にわたりて、幾回も繰り返えし発表して居るのは、即ち斯く公言せしむる固定観念が君の心底にわだかまり居たによると謂わねばならぬ。しからばの固定観念は何であるか。それは「念写は詐術である」と言う憶断である。そして斯る憶断が如何いかにして君の心底にわだかまり初めたかと言うに、君の書面によりて解釈すれば、大体次の如くである。

 小熊君の憶断の根元は推定と事実との混同である。それが君の書面中の次の文句に現われて居る。

小生は千里眼実験録によりて、山川博士は長尾夫人の念写が詐術であることを暗々裡に宣言されたものと推定して差支さしつかえないと信ずるものである。

 右の推定が間違の源である。推定するもよろしい。けれど推定は飽くまで推定であって、事実ではない。これを推定として発表するのと、事実とし発表すると、の権威には重大な差異があるから、推定は推定として、事実と区別して取扱われねばならぬ。しかるに、小熊君は何故かの両者を混同して推定したことを事実と極めてしまった。の結果、君は暗々裡推定との二語を除き去って、

山川博士は長尾夫人の念写の全く詐術であることを宣言せられた。

 と事実を発表する形式で公言するに至ったのである。元来、山川博士と言う人は、自ら信ずる所を自ら明言しないで、他人の書物によりて暗々裡にこれを表示するような、そんな卑劣な人ではない。特に博士は明治四十四年一月の教育学術界で宣言せられた通り、千里眼問題は国民教育上の重大問題であるから、自ら実験して是々非々の裁断を下さねばならぬと言う大決心の下に、わざわざ丸亀に出張せられたのであるから、実験の結果、真に「念写は詐術なり」と確認せられたなら、他人の著書によらずして、自ら正々堂々としてこれを宣言せねばならぬのである。しかるに、それを宣言せられなかったのは、即ち実験が出来損って何等の結論も得られなかったからである。の辺のことは、前後の事情を綜合して冷静に考えて見れば、自ら明白なことである。しかるに小熊君にはの明白なことが判らなかった。君は博士の真意にあらざることを推定し、それを事実と極め、そして事実を発表する形式でこれを天下に公言したのである。だから、君は二重の間違に陥って居る。即ち山川博士の心事に違うことを推定したのが一つ。の推定したことを事実と極めたのが一つ。の二つの間違が重って、事実無根の虚事を公言するに至ったのである。真面目な篤学者の小熊君でさえもうであるから、一般世人は尚更である。彼等が確実な証拠もなしにただ漫然として長尾夫人の詐術が山川博士によりて発見されたように噂し合って居るのもの心理は小熊君のと同様であろうと思われる。

 これに至りて、私の泌々感ずるのは、学者として持つまじきは憶断であると言うことである。推定や想像は場合によりては必要であるが、それが憶断となってはよろしくない。藤学士は憶断のめに大切な実験に失敗して、念写問題を迷路の中に投げ入れた。小熊君は憶断のめに事実無根の虚事を、数年間天下に言い触らして、数万あるいは数十万の読者を惑わした。学者として慎むべきは憶断である。

 ついでながら三田氏の念写に就いて一言して置く。これに対する小熊君の批判は矢張り憶断的で、態度の公正を欠いて居る。君が三田氏の念写を詐術として否定する主なる理由は次の二つである。

(一) 三田氏は詐偽師であるから。

(二) 三田氏は大正七年二月、東京の実験で、実験用のフィルムを掏り替えたから。

 私は右のごとき理由丈で、直に三田氏の念写を詐術と断定するのを間違って居ると主張する。の理由は次の通りである。

 第一 三田氏は金塊引揚事件で詐偽罪に問われて居るのだから、氏を詐偽師と呼ぶのに異議はない。しかし、金塊引揚事件で詐偽をやったから、氏の念写は詐術であると言う論法は成立しない。霊能者必ずしも人格高潔でない。霊能の有るのを種にして、人を欺いて、金銭を貧り取ったことは、古今東西に例のあることである。だから霊能は霊能として、人格から切り離して研究すべきである。そう言う風に研究して、霊能の存在が確実に認められたなら、の人格如何いかに拘らず、の霊能は真正の霊能である。私は三田氏に限らず、如何なる霊能者でも斯る態度を以て研究するのである。「あの男は詐偽師だから」と言う理由で、自ら実地の研究もせずして、直にの霊能を詐術と断定するがごときは素人のすることで、専門的研究家のなすべきことでない。

 第二 大正七年二月、東京の実験会には、私も出席し、現像室に入りて、三田氏の行動を注意深く監視して居た。そして氏が実験用のフィルムに手を触れたことを認めた。併し、私の眼がそれ丈のことを認めたのみで、掏り替えたことを認めなかった。最初からの約束で、三田氏は現像室に入らぬことと定められてあったにも拘らず氏は強いて現像室に入り、フィルムに触れた。それがめ、の時の実験は無効となったのである。私はそれ丈のことを認めた。けれど、氏がフィルムを掏り替えたことを全く認めぬのである。ついでに言って置くが、他のる実験会でも、三田氏は現像室に入りて、実験用の乾板に触れたことがあった。の時も立会人の一人は乾板を掏り替えたにあらずやと疑ったが、決してそうでなかった。唯ほんの一瞬間、ちょっと触れた丈のことで、掏り替えたのではなかった。考えて見ると、三田氏の霊能にもの時の気分によりて消長があって、自信の強い時には乾板に全然触れずして容易に念写するけれど、自信の弱い時には、兎角乾板に触れたがるのである。そう言う場合には、三田氏が最初から乾板に触れることを断って置けば、研究者の方でもの積りで実験の準備をするから、それでよろしいのである。けれど負け惜みの強い氏にはそれが出来ない。氏は現像室に入らぬ、乾板に触れぬと堅く約束して置きながら、いざ実験となると、約束を忘れたるものの如く、現像室に入り、乾板に触れるのである。そこが研究者から疑われる点で、はなはだ遺憾なことである。

 しかし、仮令たとえ東京の実験会において、三田氏の行動に右の如く疑われる点があったとしても、の一事によりて、氏の念写を詐術であると断定するのははなはだ間違って居る。何故なら、詐術と言う疑問を挟むことの出来ない方法で実験された実験が他に三四あるからである。私はの一例として、大正六年八月十一日午前、尼ヶ崎高等女学校で行われた実験を挙げる。の実験の要点は次の通りである。

(一) 抽籤の結果、中馬病院長医学士中馬興丸氏の提出せるフィルムを実験に使用す。

(二) 右フィルムは三田氏の席から十三間程隔った所にある卓の上に置かれ、尼ケ崎市長櫻井忠剛氏がこれを監督す。

(三) 現像室へはフィルムの監督者櫻井市長と来賓代表者大塚眞三郎氏と私との三人が入り、三田氏はこれに近寄らず。

 右のごとき方法によりて、実験用のフィルムは三田氏から完全に絶縁されてあった。しかるに剛健質素の四文字が見事に念写されたのである。だから東京の実験はどうであっても、の念写はいささかの怪むべき点の無い、真正の念写である。

 私の研究した霊能者は多く正直であったが、不正直なものになると、の能力の弱い時には、あるいは名誉心のめに、あるいは金銭欲のめに、トリックを加えて、実験の成績を飾らんとするものである。しかし、如何程いかほど巧妙にトリックをやろうとしても、これを防ぎて実験する方法はいくらでもある。だから、霊能者に詐術を行う疑があるなら唯それ丈の理由で直にの能力を凡て詐術であると否定しないで、詐術の行われざる方法で実験して、しかる後にの能力の真価を公正に判定すべきである。くするのが真正なる学者の行うべき真正なる研究である。私はの一例としてゼノア大学の心理学教授モルセリ氏のユーサピアに関する研究を挙げたいと思う。

 ユーサピアは強大なる霊能の所有者ではあったが、実験中往々にしてトリックを加えることがあった。それがめ多数学者は彼女の能力を保証して居たにも拘らず、一部の学者は詐術としてこれを否定したのである。モルセリ氏も最初の程は、否定者の一人であった。けれど後にの非を悟りて、熱心にユーサピアを研究し始めた。それは又非常な確実さと徹底さとを以て数年間にわたりて研究を続けた。そしての結果を「心理学と心霊論」(一九〇八年の出版)と言う大著述に発表して居る。それによると、氏はユーサピアの実験成績を統計して、次の如く結論して居る。

一〇プロセント偽、一五プロセントは真偽不明、七五プロセントは真。

 右は実に敬服すべき研究の仕方である。斯様かようにすれば、仮令たとえ霊能者が詐術を行うとしても、詐術を詐術とし、能力を能力としての真価を知ることが出来る。すべて心霊能力の研究はかくの如くあらねばならぬ。若ししからずしてユーサピアの一二実験にトリックの加入し居るを理由として、彼女の能力をすべて詐術であると速断することあらば、それは一〇プロセントの偽のめに、七五プロセントの真を抹殺することになるので、斯る仕方は学術的研究の名を価せざるものである。吾が国の心霊研究に反対する学者は、大抵憶断に囚われて居る為に、数十回の実験の内で、わずか一二回に怪しき点があると確実な証拠もなしにこれを詐術と極め、更に他の怪からざる実験にでも詐術と断定してしまうのである。

附記

 右の論文をすでに雑誌社に発送して後、小熊君から十一月二十六日附の書面が来て、次の如く述べてある。

 「山川博士は長尾夫人の念写の全く詐術であることを宣言された」

と言う言葉は粗漏であるから、次の如く書き改めたい。

 「山川博士は(千里眼実験録によって)長尾夫人の念写に詐術のうたがいの十分なることを宣言された」(十一月廿六日附書面中の一要旨)

右の書面にある改訂の要旨は第三信の書面(十一月十二日附)のそれと大体同様である。第三信の書面中の要旨は右論文中に述べ、つそれを論じて置いた。それをここにも応用すれば、私の言わんと欲する所も、自ら明白であると思う。だから今は小熊君の最後の書面中にある改訂文を紹介する丈で、改めて論ずることは止めたいと思う。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第五巻第二号

発行: 1927(昭和3)年2月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 入力:いさお      2009年3月1日

※ 公開:新かな版    2009年3月3日


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