心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

実用向きの霊媒現象

――日本に於ける最近の風潮――

浅野和三郎

 霊媒には実験向きと実用向きとの二種類があるようで、前者は学問研究の用具として大切であり、後者は人生の福利増進の機関として重宝であります。と言って、無論両者は黒と白とのように截然切り離すことはできません。実験向きの霊媒が時として実用上の問題解決のめに使わるる場合もありましょうし、又実用向きの霊媒が時として学者の研究資料に供せらるる場合も決して絶無とは言われますまい。ただ其所そこおのづから長短得失があるというまでてあります。

 この二種類の霊媒かどちらも必要であることは今更いまさら申上げる迄もありません。実験向きの霊媒がなければ学問の根抵が築かれません実用向きの霊媒がなければ心霊研究と一般民衆の要求と没交渉に終ります。双方の優れた霊媒が揃った暁に初めて心霊問題が社会人生に対して充分の威力を発揮するのであります。

 私の観るところによれば西洋の霊媒はどうも大体実験向きに出来上っていわせぬかと思うのであります。西洋では今を距ること八十年前、フォックス家の霊怪事件が導火線となりて、所謂近代式心霊現象が陸続発生の機運に向いました。曰く思想伝達現象、曰く卓子浮揚現象、曰く心霊写真現象、曰く直接談話現象、曰く何、曰く何。まことに以て盛なりというべしであります。知名の科学者達のこれ等諸現象に対する研究も亦到れり尽せりと申して宜しい。微に入り細に入り、念に念を入れ、他の方面のいかなる科学的研究に比べても決して遜色を見ないと謂って良い。物好きと道楽気分で少しばかり霊的事実をひねくり廻わして通がっている御連中の夢想だもせぬ真剣味を以てこの研究に献身的努力を払ったのであります。

 お蔭さまで今日の心霊研究は立派に百代動かざる科学的基礎の上に置かるるようになりました。学問の一分科として立派に押しも押されもせぬ地歩を築き上げることに成功しました。その功績は真に偉大でありましたが、所謂天二物を与えずの譬の通り、西洋の霊媒が実用向きの方面には大した偉勲を発揮したとは言われません。ちょっとした病気直しとか、物品捜査とか、水脈発見とか、社会人生に直接交渉を有する点も絶無ではないが、公平に観て到底まだまだ物質科学者の足元にも寄りつけません。同時に物質科学の方で持てあまして居る難問題の解決、例えば病気診断、その他人事問題の審査判断、地震、風水害などの予報等にかけてもこれはというほど優秀なお手並を拝見し得ません。いわんや世界的大動乱の発生などという問題の予言に至りては一層茫漠として居りまして、西洋の霊媒中只の一人もピタリと掌を指すが如く明示して過らざるものを見出しません。学問的にいくら勝利を占めたところで、これでは到底広く社会人生に深刻なる影響を与え得る筈がない。心霊研究が今一と息という所で何やら え切れずに居る最大の原因はたしかにそうした点に存するものと信じます。心霊研究が百尺竿頭一歩をすすめて黙って居ても世人からワ ッと騒がれるようになるのは、実用的方面にその威力を発揮する時でなければなりません。万ヶ一心霊研究が永久にその威力を発揮し得ないとすれば、心霊研究には当然永久にうだつのあがる見込がないというべきであります。

 それにしても西洋の霊媒は何故に実験向きであって実用向きでないのでありましょう? 一体何所にそうした原因が伏在して居るのでありましょう? 天下に一の偶然事がないとすれば、これにもかならず何か有力なる原因が存するに相違ない。いろいろ考えた末に、私はいかにもと思い当る節を一つ発見したのであります。他にあらずそれは欧米人士の精神生活がナザレのイエスによりて支配されて居ることであります

 御承知の通りナザレのイエスは世界の聖者中で第一番の理想家であります。彼の眼目は地上の人類の魂を遮二無二第三の天国まで引張りあげることで、国家社稷の存亡や日常生活の安危などはほとんど眼中にないのであります。イエスの流れを汲むところの欧米の心霊家又は霊媒達が現世利益を無視し、実用方面の攻究を閑却してしまうのはむしろ当然過ぎるほど当然の話ではないでしょうか! 彼等の崇拝の対象、彼等の信仰の指導者が変化したなら知らぬこと、今のままでは現状を維持するより外に途はないでしょう。

「キリスト教の畑に生るる霊媒に向ってもっと実用向きになれというのは、窓に舞う鳶に向って水底にくぐり込めというが如く、とてもできない相談だ……。」

 私はほとんどそう考えるのであります。

 兎に角欧米人士は実験向きの特長を活用して立派に心霊研究の学問的基礎を築き上げることに成功した。実用向きの特長を発揮して天下の人類に心霊研究の威力を承認せしむるものは他に適当な民族がなければならぬ。その点において私は実に大なる期待を日本国民にかけるものであります。何故かというに、内面から日本人の精神生活を司配しはいする心霊的、若くは伝統的の指導者は常に現世的、実用的方面に全力を挙げ、国土の経綸、人生の福祉の増進ということを眼目として終始一貫して居るものと見受けらるるからであります。ここに日本国民の長所があり、同時に又その短所が伏在します。

 一般に学問の研究という点から考察して見ると、遺憾ながら日本国民は古来ただ一つのしでかした仕事がありません。その点において日本人は遺憾ながら第三流以下に墜落します。学問としての心霊研究にかけても勿論むろんその選に漏れる道理がなく指をくわえて欧米人士の後へに瞠若たるばかりであります。たった一つの心霊現象でも日本の研究者の手で徹底的に追究され、整理されたのがありますか? れもれもいい加減のところでお茶を濁すものばかり、気のきいた報告一つ出ていないというのが本当の話ではありますまいか?

 が、これを以て今更いまさら日本国民を責めたところで仕方がありません。日本人として気焔を吐くべき望みは常に実用的方面に限られます。仏教に関してそうであり、儒教に関してそうであり、西洋式の軍事教練に関してそうであり、支那又は西洋の医学に関してそうでありました。心霊研究に関しても矢張りそうでなければなりますまい。

「学問としての心霊研究の基礎は欧米人士の手で見事に出来上った。しかしこれを社会人生の活問題に善用して成功したのは我々日本人が最初であった……。」

 そう言い得る暁に、日本国民には世界の人文史上に痕跡を残すべき資格が初めて具わります。今迄のところでは実験向きとして駄目、実用向きとしてもまた同様にほとんど駄目というがけだし公平な観察であると思います。

 ところが最近……ホンの最近に至りまして、風向きがどーやら少し良い方向に変りかけて来たかと思う節があります。前々号に紹介した嘉悦敏氏の国民自健術……。無論私としてまだ研究中に属しますが、同氏が百人でも二百人でも転がして置いて、平気である程度まで治療保健の目的を達するというところに侮り難き霊的強味があります。手段方法としては無雑作至極、無技巧千万で、いかにも実用向き一点張りの日本国土に発生しそうな一心霊現象たるを失いません。「いよいよ始またかナ!」私は多大の期待を以てその発展に留意しつつあります。

 それから近頃私が特に留意しつつある霊媒の一人は、四日市の中西りか女史であります。現象とすれば極めて簡単平凡な入神的霊言現象で、これに類似のものは世間に幾らでもありますが、ただその内容の極度に実用向きである点において中々侮り難き価値を発見します。殊にその体力が絶倫で、一日に五七時間を実修して平気であるというに至りては正に世界の霊媒現象のレコード破りとうべきであります。これも私としては無論まだ研究中に属し、主としていずれの方面にこれを活用すべきであるかを発見すべく、去る五月以来毎月実験を重ねて居りますが、最近に至りてうやら大概の見当がついたように感じて歓んで居ります。

 実用向きの霊媒の輩出――私はそれが日本霊界の活動の端緒であるように感じます。しかし此等これらの諸氏が何の点まで威力を発揮して、欧米の心霊研究の短所を補い、斯学をスキにして社会人生の活問題に嘴を挿むことができないようにするまでに成功するか否かは、偏に今後の実績に徴するより外に途がありません。

備考 嘉悦敏氏又は中西りか女史の件につきて御質問又は御用向きのある方は、東京市牛込区砂土原町二の四交済会宛にて御照会ください。できる丈御便宜を図りましょう。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第十一号

発行: 1926(昭和2)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年10月6日

※ 公開:新かな版    2008年11月13日


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