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英国心霊界の最近の二大問題

――世界霊魂論者大会の準備と対キリスト問題――

一、世界霊魂論者大会

 二年以前、仏国巴里で開かれた「世界霊魂論者大会」Congress of the International Spiritualists Federation の概況は本誌の一昨年十二月号で相当詳しく報告して置きましたが、月日の経つのは迅いもので、三年置きに開かるべきぎの大会の期日も早や来年の九月に迫りました。で、大会の指定地たる英国では、早くもその準備の下相談に着手しつつあるようです。現に去る七月二日、三日に開催された「英国霊魂論者年会」の席上でも、この事が重要なる議題の一つとされました。その際の来会者は百五十名にのぼり、オーテン、ドイル、オウエン、ウァレエス等斯界しかいでチャキチャキの名士が網羅されたようでした。

 右の年会の招集状からしてすでに非常な意気組みを示して居ります。「……本会招集の目的は、一九二八年ロンドンに於ける世界大会の開催に鑑み、ここに心霊運動の宣布に従事するすべての人達を集めて最善の方策を講じ、和衷協同の実を挙げんとするに在り、云々。」又会議の劈頭において意見を吐露したオーテン氏も熱心にこれに言及して居ります。――

「世界霊魂論者大会は国際的の重要事であります。霊魂説は広い意義内容を有ったもので、枝葉の点につきての個々意見の相違は免れないでありましょうが、苟くもこの大旗幟の下に集る英国人士は、全世界から代表的に参集さるる霊魂論者達を歓迎するに当りて協力一致の連合軍を組織すべく、全力を挙ぐるにやぶさかなるものでないと信じます……。」

 英国の霊魂論者達がいかに真剣味を以てこの重大問題に臨みつつあるかが判ると思います。

 顧みて日本国内の状況を考えますと憮然として長大息を禁じ得ませぬ。熱もなければ、誠意もなく、特に研究心がはなはだ足りない。心霊問題につきての何等組織的の知識も研究もないくせに、喋々として否定説を述べたり、肯定説を吐いたりする。それも売らん哉の雑誌記者とか、但しは世間をゴマ化して飯に有りつかうとする行者巫女の類とか、のすることならば大目に観て差支さしつかえありませんが、大学の教授とか、仏教界の高僧とか、責任の地位にある官僚とかが薄ッペラな出鱈目説を、さも勿体らしく述べられるのだから誠に恐れ入ってしまうものであります。今日われわれは旧幕時代の儒者、大官連の対外策などを読んでその迂愚をわらいたくなりますが、心霊問題に対する現日本国の一般的論調は正に旧幕時代の対外策そっくりの感があります。

 それにしても来年九月の「世界霊魂論者大会」に対して世界の一等国、世界の神国、東洋の仏教国を以て任する日本国は一体ドーするつもりでしょう? 一昨一九二五年の巴里の大会には間に合い兼ねましたが、今回は一年きの事で、間に合わないとは言わせない。軍縮会議や、国際連盟や、労働会議や等のみで世界の文化は代表されない。極東の日本がたった一人の代表者をもこの世界大会に派遣しなかったとあっては正に容易に拭い難き汚辱であると信じます

 

二、イエスは理想的の教主か

 前掲の「英国霊魂論者年会」の席上では、他にも一つ賛否の焦点となった、重要な動議が提出されました。外でもない、それは欧米の霊魂論者がナザレのイエスを理想的の教主と認むべきか否か、という問題でその動議提出者は例のコナン・ドイル卿でありました。

 この動議の趣旨を充分に諒解するには、所謂「霊魂説の七大主張」 The Seven Principles of Spiritualism の何者なるかを知って置く必要があります。これは十九世紀の終において「霊魂論者連合協会スピリチュアリスッ ナショナル ユニオン」が法人組織に改められた時、必要上初めて制定されたもので、同協会の秘書ハンソン・ジィ・へー氏によりて小冊子として発表されてあります。その要を左に紹介します。――

霊魂説スピリチュアリズムはわれわれ人間が過去、現在、未来にわたりて霊魂スピリットであって、時々経験を得んがめに肉体に宿るものであることを教える。

 われわれは教理クリイド教条ドグマたないが、ただ一と組の主張プリンシブルスを有っている。その数は七つで、吾々はこの七つの綱領を信奉し、同化し、体現することによりて宗教界、政治界、実業界その他すべての社会の荒浪を乗り切り得ることを確信している。

 七つの主張とは左の通りである。

 一、神父の共同

 二、人類の同胞

 三、永遠の生命

 四、顕幽の交通と天使エンゼルの守護

 五、個々の責務

 六、永遠の因果関係

 七、永遠の進歩向上

 われわれはいかなる善人でも、現世に於ける短かい期間の善行のみを以て絶対の幸福に浴し得るものと認めない。悪人においてもまた同様である。何となれば要するに人間の生涯は有限的存在であるから………。」

 即ち右の七ヶ条は少しもイエスの事には触れて居ないのであるが、それでは実行の上において何やら物足りないという議論が一部の人士間に起り、七ヶ条を殖して八ヶ条にしようではないかというのであります。動議提出者である、ドイル卿の論旨の要点を紹介しましょう。――

「私の提案はうです。――いかなる教理も(縦令たとえそれが人為的に歪んでいても)それぞれ皆高い所からの使命を有ってこの世に降ったのに相違ないが、われわれ西洋の人士はナザレのイエスの本来の教訓と行為とを承認しこれをわれわれの行動の理想的標本と認めることにしたい……。そう言った趣旨であります。私の提案の性質は非常に折衷的であるから双方の極端派から不満を買うに相違ないと思います。正教派の人士はナザレのイエスを天帝の一部、神そのものと認めたいでしょうが、私としては到底それを承認し得ない。これに反して極端なユニテーリアンはイエスをわれわれと同等なものと見做みなしたいでしょう。私はそれもまた承認し得ない。私は奈翁ナポレオンの意見に賛成する。奈翁ナポレオンは言いました――キリストだけは別物だ。キリストの一言一行は吾輩をびっくりさせる。その精神、その決意、ことごとく驚歎の種である。イエスと現世界のすべてのものの間には比較の取りようがない。彼は真に別物だ……。つまり私はイエスを次の如く考えるものであります。

――キリストの名を以て呼ばるるナザレのイエスは非常に優秀な守護霊によりて守られた人で、程度の差こそあれジャン・ダァークのような神人なのである。ゴッドは元来不可思議の存在で、その性質を兎に角論じたところで何の役にも立たないが、仮りに神を「善」と「智」との源泉だとすれば、ナザレのイエスはわれわれよりも、より神に近く、従ってわれわれよりも、より神的だと言い得る……。

 が、われわれはイエスをわれわれの亀鑑と仰ぐことによりて、われわれの立脚地を狭くしたくないと思います。猶太ユダヤ教徒も、回々教徒も、仏教徒も楽に立ち得る立脚地でなければならないと思います。従ってわれわれはモーゼも、釈迦も、マホメットも皆宇宙の大本体からの使者であることを認めたい。彼等がそれぞれの信者、それぞれの国民の理想であり、亀鑑であることは、われわれ西欧人士に取りてナザレのイエスが理想であり、亀鑑であるのと同様であることにしたいのであります。

 おこの一ヶ条をわれわれの綱領として明記することは霊魂論者が反キリスト教徒であるという間違った攻撃を阻止するにも大に有効であると思います。事実又霊魂論者の大多数は同時にキリスト教徒であります

 私の手元には昨今この決議を促す書信が各方面から集まりつつある。ヒィルド氏は曰く、この決意は誠に最上のもので、その結果心霊運動はきっと大飛躍をとげるに相違ない。ブラッドベリィ氏は曰く、われわれの運動に生命を与うるめにはこの決議は絶対に必要である。ウェーハム氏は曰く、大体は賛成であるが私はイエスの教を認める丈にとどめたい。人と神との中間に他の有限なものを介在せしむることは不賛成であるエヴァン氏は曰く、貴下がわれわれの運動にナザレのイエスを認めんとする努力はきっと成功するでしょう。彼はすくなくとも欧州人士の精神的指導者である。霊魂運動が公然これを認めることは独りこれに活動力を添えるばかりでなく、同時に最高の霊界からの援助を獲る機縁ともなるでしょう。

 これを要するに右の提案に関して、私の手元には一通の反対説も舞い込まなかったのであります。これを見ても霊魂説が反キリスト教運動だという攻撃は当らないと信じます……。」

 右のドイル卿の説明が終るを待ちて、直ちにその討論に移りましたが、案外反対論が続出し、その結果決議は後日に繰り延べらるる事になりました。ここに反対説の全部を紹介することは紙面が許しませんから、かいつまんで出色のもののみを述べるにとどめます。――

「宗教はキリスト教又は霊魂説よりも遥かに広大であって、全世界の必要を充たすものである。人物、教義、イズム等はその範囲内丈で力を有っているが、ことごとく多少不完全である。霊魂説はかの七大主張丈で充分である。」

「霊魂説が特にイエスを選んで宗数的天才なりと認めるにおいては、キリスト教の信者にあらざるものは霊魂説から自然遠ざかるに相違ない。強いて偉人の大名を認めたいというなら、イエスに優るとも劣らざる力量を有する偉人の名を省くべき理由が何所にあるか? 釈迦、老子、孔子、ゾロアスター、マホメッド等がそれである。」

 この最後の反対論は、若し私がその場に居合わしたならば、恐らく同一事を述べたであろうと思わるるような公平な意見でありまず。イギリスもんな卓抜の士が居るかと思うと全く愉快千万であります。

 そうかと思うと、別な意味の反対論中には次のようなチョン髷式のもあります。――

「いかに意見の自由、思想の自由が許さるるとしても、キリスト教徒として自分の教主をモーゼ、釈迦、マホメット、又は孔子などと同列にならべることはケシからん。いわんやソクラテースなどは後世のべーコン等と同じく一介の哲学者で、信仰の始祖ではないのである。此等これらの人達は彼等の時代において傑出せる人格には相違あるまいが、彼等の何人が幾時代も前からその降誕の予報されたものがあるか! 何人が彼の如く堂々神の子たるを誓い得たものがあるか! 霊魂説などは自分の畑におとなしく引込んで居るがよい……。」

 これなどは他山の石として一日一回位諷唱する価値が充分だと信じます。特殊部落に閉じこもって、勝手な熱をあげるほど片腹痛いものはありません。人の振り見て己が振り直せ……。イヤ日本にもその必要は大にあります。

 兎に角この提案が未解決のまま残されて居るのははなはだ興味ある点で、その決議如何いかによりて他日世界の心霊学界に風雲がまき起ることになりましょう。

(二・九・四)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第十号

発行: 1926(昭和2)年10月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年10月6日

※ 公開:新かな版    2008年11月13日


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