心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

心霊研究所設置の議

――時運ようやく進展か――

浅野和三郎

 人間は案外現金なもので、兎角面倒臭い仕事は後廻あとまわしにしたがります。心霊問題が従来手を染められずに居たのはまことに当然の話とわねばなりますまい。

 凡て世の中に何が捉えにくいと言って、心霊現象ほど捉え難いものがありましょうか? 何が辛気臭いと言ってこの研究ほど辛気臭いものがありましょうか?

 何にしろその取引先がはなはだ始末にけない。相手が人間なら膝詰談判もできましょう。まかり間違った場合には損害賠償も申込めるというものです。――が。相手が幽霊や神様仏様では全く手がつけられません。心現象などにかかり合わない方がたしかに俐巧です。徳川の鎖国時代に蘭学などに手を出した、気まぐれな学者連もなり手を焼きましたが、この目まぐるしい多忙な時代に心霊学などをひねくりまわすのは尚更なおさらであります。

 で、よくよく何か行詰を生じた時でなければ、んなものの水平線上に首を出す望みは絶対にないに決っています。現に洋学の研究なども物騒千万な黒船が江戸湾頭にその姿を現わしたばかりにやっと気息いきをつきました。安政四年に「蕃書取調所」の設置されたのがその擡頭だいとうの初まりであります。

「蕃書取調所」――ああ何という物騒な名前でしょう。これを取調べなければ当面の実務に差支えるから節を屈して取調べてはやるが、しかしいかにも癪にさわる! そう言った過度期の気分がありありとこの名称に現われて居るではありませんか。こんな名前をくっつけてからものの十年とたぬ間に局面がガラリ一転して、明治の維新となり、西洋文物の輸入となり、ついにモボ、モガの跋扈ばっこする現今のハイカラ時代を現出せしめようとは神ならぬ身の何人が想像し得ましょう!

 兎に角動き出すまでの長いのが人事の常であるが、動き出したら案外迅いのもまた人事の常であります。そして十中八九少し行き過ぎるところまで突っ走る……。世の中は常にそうした一進一退で波瀾曲折を描きつつ移りかわるのが実に面白い点でもあり、同時に又実に世話の焼ける点でもあります。

 諺にも、過ぎたるは及ばざるが如しで、行き過ぎた場合には当然後戻りをせねばなりませぬ。「折角ここまで来たのに引き返すのは実に気がきかない。さてうしたものだろう……。」そんなことを言って思案投首しているのが所謂いわゆる「行詰」という奴で、現代は正にその時期に際会して居る。曰く軍縮会議、曰く労資協調、曰く財政整理、曰く国際連盟、曰く何々………。これを一言にして尽せば正に「まよひ」の一字に帰着します。

 一体何が原因でうした行詰の時代、迷の時代が現出したのであろうか? 古るい話だが其処そこにはかならず因果関係が存在しているにきまって居ます。諺にも蒔かぬ種子は決してえないのであります。われわれはいたずらに行詰を歎息する代りに、心を沈めてずその禍根の発見に努めねばなりませぬ。徳川時代の行詰は蕃書取調所の開設を以て打開の端緒を開いた。現代の行詰は何を以てこれが打開の端緒と見ていいであろう?

 卑見にしてあやまらずんば、それは「心霊研究所」の開設以外恐らくみちがないと思います。

 われわれは現代の科学、又その応用から築き上げられた現代の文明に対して敢て礼讃の辞を惜むものでない。外面的若くは物質的の施設経営という点から見ればほとんど遺憾なきに近い。――が、それがあまりに功利に急、若くは打算に敏であった結果、かの隠微な、夢幻的な、捉え難く、掴み難い神秘現象、心霊現象のすべてをまるきり鼻の先端さきであしらった。欧米でもそうだったが、多忙な日本では特にその傾向が強烈であった。「迷信」又は「詐術」の一語ですべてを逐い払って平気で居た。はからんや今日の行詰の原因は実にんなところに伏在して居たのであります。

 徳川時代の儒者、為政者、旗下、大名等は細身の大小を腰に横たえながら上下かみしもの肩を怒らして威張った。

「日本は神国だ! 東海の君子国だ! 禽獣に近い毛唐人どもが何をしようと少しも畏るるに足らん……。」

 現代の学者、政治家、官僚、教師等は筆に口に、いかにも堅き自信を以て述べる。「神社は宗教でない! 霊魂の不滅とは、単にその人の記憶が後代に残ることを意味する! すべての心霊現象は皆詐術だ! 神や仏は皆迷信だ! 万が一それが事実だとしても、われわれは其様そんな下らぬものにかかり合うひまがない………。」

 前者と後者との文句の内容性質はまるきりちがいますが、いささか迂濶にして先見の明にとぼしき点、いささか巧利主義の臭いがあって時代に引摺らるる点、いささか腹に力がなく、衆をたのみに勝を占めんとする点、等は両者の間に少なからぬ共通点があるように見受けられます。

 さてしからばこの隠微な、時とすれば変怪きわまる心霊現象を研究することが、何処に現代の行詰を打開することになるか? うして「心霊研究所」の開設がそんなに新時代出現のめに必要なのか?

 これに対する答は比較的単純であると思います。試みにその要点を列挙しますと――

(一) いかに隠微な事実でも、事実を事実として究明することが人類の権能である。知らずに居て威張る道理は何所にもない。

(二) 心霊事実の精緻なる研究の結果、物質的現象界の真に超現象の世界、所謂いわゆる霊界の存在が実証された。人類の視野の増大という丈でも正に人文史上の革命的大事件である。

(三) 心霊研究の結果、死後個性の存続、永遠の生命ということが実証さるるに至った。宗教は言葉でこの事を吾人に告ぐるに止まった。しかし近代心霊研究は事実を以てこの事を吾人に証明した。ここに在来の人生観の根本的変更を必要とする。

(四) 正しき霊媒の出現は死後の世界と現世界との間に交通の可能なることを証明し、進んで両者間の密接不離な関係をあきらかにした。今日心霊研究を無視することは正に一の精神的鎖国主義である。

(五) 従来水と油の如く離ればなれになっていた物質と精神との調和融合は心霊研究によりて初めて基礎づけられる。宗教、倫理をはじめ、政治問題も、社会政策も、ここに初めて新生面が開ける。

(六) 従来不可解であった心理学上の疑問の多くがようやく説明がついて来る。

(七) 心霊能力(所謂霊力、霊能)の活用による治病現象、透視現象、予知現象等は、物質科学の領域以外に人類の福祉増進に資すべき偉大なる威力の存在することを証明し、行詰った現代人に大刺戟を与える。

 う数え立てて行くと、いかに今日有力なる「心霊研究所」が日本に必要欠べからざるものであるかが一目瞭然であると思われます。幕末の「蕃書取調所」も心要は必要でしたが、「心霊研究所」の必要程度は又格別です。前者によりて日本人の眼光は世界に開けましたが後者によりて日本人の眼光は宇宙に開ける訳であります

 おわれわれが今日一時も早く真面目な「心霊研究所」の開設を叫ぶにつけては其所そこに間接の重大な理由があります。他にあらず一時も早く神聖なる日本国から魔の跳躍を掃蕩したいことであります。幽明交通は「神との交通」と「魔との交通」との二つに分れます。悲い哉従来日本国に欠けて居たのは神との交通で、魔との交通は案外さかんに行われつつありました。他の迷信を利用して衣食の資を獲る群小霊術屋、ヘツポコ行者の類はこれを警官の取締にお任せしても差支さしつかえないか知れませんが、時とすればちょっと一と筋縄では手に負えぬ悪魔の高弟がそんじょそこらに出現していぬでもありません。そんなのになると勿体ぶることも上手なれば人気取りにも妙を得て居り、あっと大向うを唸らせる位の芸当をそなえて居ります。「生神いきがみ」「活仏いきぼとけ」「聖師」「救世主」………。彼等はよくんな名称をくッつけて歓びます。具眼の士はそれをきいた丈で直ちに嘔吐を催しますが、悲しい哉、現代文化の程度では、そうした滑稽きわまる称号に随喜の涙を流す連中が決してすくないとは言い得ません。殊に不安と不満との空気の漲った時代においてそうした似而非人物が巾をきかせます。一たんそれが暴力と結び若くは金力と結びつくが最後いかに寒心すべき状態をもたらすものであるかは古今東西の歴史がよくこれを証明して居ります

「若しそんな奴が現われたら法網でひっくくる。それでもいけない時は兵力でたたきつぶすまでだ……」

 そう放言さるる武断家があるか知れませんが、これは恐らく拙策中の拙策で、この方針はこれからの世の中にはあまり通用しますまい。徹底的に迷信の跋扈を防ぎ悪魔の横行を阻止するものは何うあっても科学的研究の基礎の上に起てる心霊研究所の任務であらねばならぬと信じます。そうした機関がありて初めて世の中が明るくなります。そうした機関がなくして人心の荒癈乱離を防ごうとしても恐らく駄目でありましょう。

×         ×         ×         ×

 以上は私ども年来の持論で、うして心霊科学研究会を作ったり、雑誌を刊行したり、又霊媒の実験を行ったりして来ましたのも、つまりはその目的の貫徹のめにいささかなりとも貢献したいと思うからでありました。そのみじめな状態は正に徳川時代の蘭学者以上で、なり諸所方々から冷侮、中傷、罵言、迫害の数々を頂戴しました。何にしろ一面においては唯物的現実主義者、他面においては迷信利用の霊術家又は宗教家から挾撃されるのですからヤリ切れません。およそ天下に割のわるい仕事と言って、これ位割のるい仕事はめったにありますまい。所謂いわゆる刀折れ矢尽きと言った状態に何回遭遇したか知れません。

 が、所謂いわゆる成敗利鈍は元より眼中になく、行けるところまで行こうと覚悟の上で着手した仕事ですから、私どもは案外平気でこの数年を送って来ました。この間に倒れかかっては又起き上り、断れかかっては又繋がりとうとう曲りなりにも今日に及んで居るというのは、何か其所そこに無形の守護、天の使命と言ったようなものがあるのではないかと考えたくなる位であります。――そうする中に昨今何やら風向きが変って来た。しかも良い方向に変って来たのであります。何となれば心霊研究所設置の議が真面目に識者間に起りかけて来ましたから……。

金銭かねさえあったら心霊研究所でも何でも出来る……。」

私達はよくそうした言葉をきかされますが、しかしこれは間違だと思います。金銭も勿論むろん必要ですが、しかし金銭丈では心霊研究所……すくなくとも名実共に兼ね備った、真の底力のある心霊研究所は出来ないと信じます。心霊研究所の出来るめにはすくなくもここに三大要素の備わることが肝要であります。

 第一の要素真面目まじめな研究者の出現であります。物品の取引関係においても信用は大切ですが、霊界との取引においては一層大切で、ほとんど信用一つが全資本と称して宜しいのであります。学識、徳性、胆力、智慧…………考えて見ると心霊研究者の資格ほど六ヶむずかしいものはありますまい。人間界の取引なら多少の融通もつきますが、この取引においては、前にも申した通り、極端に相手がるいのであります。っともゴマカシがききません。俯仰天地に恥じずと言った慨がなければほとんど駄目でありますが、自から省みて私どもは穴へ這入はいりたくなります。有為の人材の奮起を切望に堪えません。

 第二の要素 は立派な霊媒の出現であります。霊界と物質界との間には規則が違い、波長が違います。この異った二つの世界を連結するのが所謂いわゆる霊媒で、良い霊媒ヌキで碌な成績の挙るべき見込は絶対にありません。従来日本国には不完全な霊媒、魔界取引の霊媒は相当多数に存在しましたが、心霊研究所の定備品として国家社会のお役に立たせ得る優良なのがはなはだとぼしかった。私どもの何より悲観したことの一つは実にその点にありましたが、天なる哉最近に及びてボツボツ有望な霊媒が現われてまいりました。今後において恐らく続出の傾向を辿るでしょう。日本国のめに慶賀の至りであります。

 第三の要素 が即ち相当な資金の充実であります。心霊研究と営利とは目下のところなかなか両立する見込はありません。むろん心霊研究所は地上に建設さるる必要なる人間の一機関でありますから、その維持経営に細心の工夫を払い、独立自営の途を講ずべきであると信じますが、何にしろ日本開闢以来類例のなき仕事でありますから、すくなくともその出発点において後顧の患を絶ちて、ひたすら事業の完成に向って邁進するの準備を必要とします。コケおどしの伽藍はりません。錦繍を飾り、辺幅を修むることは禁物であります。しかし研究室と講堂は要ります。東西の参考書籍の蒐聚しゅうしゅうは必要です。実修に用ゆる道場もなければ駄目です。就中研究者並霊媒の養成保護は心霊研究所の生命であります。それには相当な資金の必要なるはいうまでもありませんが、近来這間の真相を諒解して余力をこの有意義なる事業に善用せんとするもののボツボツ現われんとする模様のあることは国家社会のめに慶して祝すべき限りとわねばなりません。

 不完全は常に現世の姿で、理想はいつも未来に属しますが、兎も角も「心霊研究所」の設置が日本国において単なる空想の問題でなくなりかけて来たというのははなはだ意義深き事と痛感されます。それが何時いつう具体化するかは神ならぬ身の予知し得る限りではありませんが、私どもとしてはそれが成るべく早く、成るべく美わしく実現するよう、微力をつくしたいと考えて居ります。 ―(二・九・三)―


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第十号

発行: 1926(昭和2)年10月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年10月6日

※ 公開:新かな版    2008年11月19日


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