心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

ゴシップ

憑虚

天狗さんのお弟子

 新舞鶴の宮沢理学士からの報告。

 中舞鶴町に船木延と呼ぶ、当年九十二歳の老翁が居る。年齢としのせいで耳が非常に遠く言語もやや不明瞭、談話を交えるのはあまり誂い向きにできていないが、しかしその経歴には大へん面白いところがあるので、これ位の不便を忍ぶだけの値打ねうちがあるようです。何となればこの人は天狗にさら われた閲歴を有っているからで……。

 老翁の郷里は山口県の萩で、士分の家に生れたといいます。天狗にさらはれたのは翁が八歳の時分で、それから十歳になるまで、足掛三年比叡山の奥の、とある一洞穴の中に住まって修行したというのですから、なかなかすみには置けない経歴でありますが、当時の日本ではんな経歴はあまりもてなかったようで、漁船が難破しためにアメリカへ行けた中濱万次郎翁などは当時の人達から大にもてはやされましたが、天狗界へ行った船木某などと言っても誰も記憶して居てくれません。今日でもんな話をすると一般人からは眉唾物扱いを受けるおそれがなきにしもあらずであります。

 さて翁は山で剣術、柔道その他いろいろの事を習ったそうで、現にその際師匠の天狗から授かったという柔道の奥儀書をって居るとの事です。宮沢理学士はそれを見せてもらったが、普通の本屋で発行した、ただの書物に過ぎないそうで、んな点が兎角世人から難癖をつけられる所ろでありましょう。何故なぜそんなものを天狗さんが大事そうに翁に授けたのかははなはだ判断に苦しむ次第で、シャレとしても余り面白いシャレではありません。しかし翁の武術家としての実際の技倆は決して尋常一様のものでなく、就中剣術にかけては、すてきな名人で、今でも四五人の大の男が掛ってもびくともしない腕前であるとは大したものです。

 翁はポツリポツリと当年の思い出語りを宮沢さんにしたそうです。――

「自分は山では小僧小僧と呼び棄てにされ、よく一丁余もある谷間に水汲みにやられた……。師匠(天狗)の食物はただ水を飲んで大気を吸うだけであった。自分には、小僧、岩の上に出て見ろ! などと言われる。行って見ると、岩の上に一個の鏡餅が載せてあったりする。その餅が十日分位の自分の食料になる。その外にはカヤのなどをべ、あとは水を飲む丈であった……。山で寝るのは洞穴の中で、木の葉にもぐって臥せるのである。その洞穴は現在いまでもある……。師匠の顔は黒く衣服としては木の葉を綴ってみののようにしたものを着用し、山に居る間はしきりに書物を調べていた……。足掛三年山に居る間に、自分の将来につきても注意された。汝は四十歳になると僧侶になるのだ――そんなことも言われたが、はたしてその通りになった……」

 翁の生家では、てっきり翁が死んだものとあきらめ、行方不明になった当日を命日として供養を営んで居たそうですが、三周忌に当る日に親戚が集まりているところへ、突然帰宅することになったのだそうで、一同非常にびっくりしたといいますが、それはさもあるべき筈で、若しこれでびっくりしなかったらそれこそ不思議です。その際翁自身もドーして帰宅したのか、まるきり自覚はなかったといいます。

 翁が中舞鶴に移住したのは今から二十余年前で、現に日蓮宗妙顕寺派に属する某寺の僧侶であります。その間翁は何回もこの地を立ち去ろうとしたが、どういうわけかそんな場合には病気にさせられ、うしても立ち去り得ないということです。

 翁の守護神……。斯の種の人物は守護神というものがかならず附いているものですが、翁のは龍神であって、寺の奥の谷間に棲んでいる長さ三間位の蛇体だということです。翁はこの守護神を仏壇の横に祀り、毎日礼拝しているとの事ですが、守護神は何事につけてもよく翁を護り、霊聴式に必要なる囁きを与えてくれるので、何事を判断してもめッたに誤らないといいます。

 近頃は舞鶴、宮津、遠きは京都辺のものまでが翁の許に訪れて判断をきき病気が治ったり、運がよくなったりするものが大分沢山あるとの事です。現に関東震火災前に東京に行こうとして翁に止められ、御蔭で生命いのちが助かったと言って感泣しているものもあるとの話であります。

鮮かな物品引寄

天狗界


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第八号

発行: 1926(昭和2)年8月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年9月30日

※ 公開:新かな版    2008年10月14日


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