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自健術と霊媒現象

― 最近の刮目すべき現象 ―

浅野和三郎

一、雛鳥殼を破る

 嘉悦陸軍少将(敏)の「国民自健術」の実習並に講演は昨年九月二十七日の求心倶楽部例会の席上で催されその概況が本誌昨年十一月号に報告されていることはあるいは諸君の御記憶に残っていわせぬかと存じます。

 自健術を外面から観察すると身体各部の自然運動であります。名称はいろいろに唱えられて居りますが、実は此種このしゅの自然運動は昔から行われて居ることで、決して嘉悦少将独自の発明でないことはここに申上ぐるまでもありません。多くの霊術家の中には偶然この運動法に逢着した喜びのあまり、直ちに「何々式霊術」などという称号を附け、さかんに自家宣伝に努めらるる方もありますが、それはいささか児戯に類します。嘉悦少将がはなはおだやかに、ただ「国民自健術」と銘打って居られる事は却って奥床しい点であります。

 すでに斯く普遍的の現象でありますから、自然運動それ自身に大した価値はありません。価値の大小は主として之を指導する人物の道徳的若くは心霊的価値如何によりて決することは丁度かの催眠術などに髣髴たるところがあります。幸に精神肉体ともに優秀な人物が指導者となりてこれを誘発すれば、なかなか目覚ましい好成績を挙げもしますが、不幸にして人格又は肉体の悪劣なものがその任に当ると飛んでもない弊害を伴います。不敏ながら私はそういう実例に何度となく打ッつかって居りますので、昨年嘉悦少将の自健術の実修を見ても、これに就きて軽々に賛否の意見を吐かず只心の底に多大の興味を蔵しつつ、その後の経過を注目して居りました。

 私が斯く興味を以て注目して居たにつきては他にも一つの重大な理由が存在しました。取りも直さずこの種の自然運動がしばしば心霊現象の先駆となることを知って居たからであります。自然運動実修者の大部分はまだ御気がつかれぬか知れませんが、実をいうとこの種の運動は「未製品の心霊現象」なのであります。催眠術、念仏、御題目、座禅、静座、鎮魂………。此等これらは多少その形式が異なり、又目的が違いますがただいずれも精神統一を講ずる点、換言すれば雑念を払い、普通意識の盪尽を図るという事においてほぼ一致点を有し、その結果はしばしばず一種の自然運動の発誘となります。

 自己の意志とは全然無関係な、この種の自然運動の原理につきては心理学者だの、医学者だのが、いろいろの説を立てますが、ドーも皆部分的の理窟を弄するにとどまり、何やら根底まで透徹せぬ憾みがあります。それもその筈で、生命の原動力たる霊魂を無視して何で生命の動きが解決し得られましょう。心霊科学の実証する所によれば自然運動の出発点は悉く霊魂の中に存在するのであります。従って、右の自然運動を継続して居りますと、霊媒的天分の所有者が最后にその能力を発揮することになるのも別に不思議はありません。霊能者なるものは多くは斯うした径路を みて発生するのであります

 現今本邦には各種各様の霊術と称するものがありますが、心霊研究者から言えばことごとく途中のシロモノで、まだ海のものとも山のものともッちつかずであります。

 「んな沢山の奇篤な準備者がある以上、いずれ些ッとは気のきいた霊能者も出るだろう。まァゆッくり見物して居ることだ……。」

 有態ありていに申すと私はそうした横着な態度でこの数年を送って来たのであります。

 幸にして私の期待は少しも裏切られず、最后において嘉悦少将の自健術の畑から霊能者が続出することになりました。丁度孵化した雛鳥が卵殼を破りて外部そとに飛び出でたように……。

二、入神者続出

三、新機運のきざ

(二・六・一八)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第八号

発行: 1926(昭和2)年8月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年10月7日

※ 公開:新かな版    2008年10月4日


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