心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

罪の海

――サンダア・シングの伝道生活の一挿話――

小松 並樹

 素足すあしにざくりざくりと踏む砂は火のように焼けて、頭部あたま真天辺まてっぺんから直射する太陽はさながら灼熱せる鉄の円盤かと疑われた。

 空には一片の雲もなく、地には一樹の蔭もない。

 見渡すかぎり、光と、熱と、砂の海とのはたしてもない連続つづき、その単調を破るものとしては、ただ前方十里近くもあろうかと思わるるあたりに、砂原の起伏の上に、あるかなきかに、チョンボリと影絵のように浮びいづる、遠い村落の薄い輪廓だけであった。

 サンダア・シングは右の村落に向って、今しもこの小砂漠を横切りつつあるのだった。

 彼の肉体は酷熱のめに多大の苦痛を感じた。しかし道の宣布のめに燃ゆる心の熱はかれの肉体の苦痛を掃ふに充分であった。彼は一歩一歩重い足を運びながらう思った。――

『多くの人に歓迎さられ、自己の真価以上に賞讃せらるるところの世界は自分の任地ではない。そこには主のために負う十字架の光栄がない。しかし人跡稀な地方、往来の危険が多くの勇気ある人達の進入をもはばむ僻地――それこそ神が特に自分のめに秘め置かれた任地でなくて何であろう。それで自分は、今度わざと世界の秘密国たる西蔵チベットを選んで伝道を試みることにした。「西蔵チベットという国には世界開闢以来只の一人もまだ神の福音を伝えたものがない」――そう思うときに、自分の心の底には何ともいえぬ歓びの泉が湧く……。きけば彼地には仏教の変形である、迷信的なラマ教が唯一つの宗教として勢力を張り、その祭司であるラマ僧が、政治的権威をも握っているということだ。そこにはいずれ迫害と困難とが自分を待っているに相違ない。宜しい。神が自分をお傍に召されるなら自分は歓んでお傍に行く。若し又神が自分に現世に留まれと命ぜらるるなら、自分はその通りにして、生命のあらん限り神の道をひろめる。――兎も角も自分は日のある内に早くこの砂漠を横切って、向うの村落まで辿りつかう。自分はうして一歩づつ闇の西蔵チベットへ近づきつつあるのだと思うと実にたのしい……。実にうれしい……。』

 

 サンダア・シングが入神状態において、初めてキリストの姿を観、キリストの声をきいたのは一九○四年(明治三十七年)十二月十八日のことだった。彼が純然たる印度インド名門の子弟として、伝統的信仰の空気の裡に生育された身にもかかわらず、奮然として家を棄て、身をすてて、一意キリスト教伝道のめに殉せんと決心ずるに至ったのは実にその尊き体験を得た瞬間から始まったことで、時に彼はやっと十六歳の青年に過ぎなかった。それからの彼の生活は精進と、伝道と、入神とのつづきで、その間に彼の信仰は弥が上に堅さを加え、又その経験は日を追いて豊かさを増した。

 一九一一年からその翌年にかけて、彼はガルワール、ネパール、クル、プンジャッブ、その他の場所に伝道した。が、彼の全身全霊をささげてやって見ようと思った目的の地は西蔵チベットを措いて他になかった。彼はついに意を決して、一九一二年の盛夏七月の半ば、単身北方の高地をさして、奥へ奥へと、歩をすすめることになった。

 今日の砂漠の横断は、今回の目覚ましい伝道の旅の第三日目のことであった。

 サンダア・シングは、不図ふと眼をあげて前面を見ると、約一里ほどの砂原のあなたに、二人の旅人の姿が、さながら波に遊べる二羽のかもめのように、ポッカリと黒く浮んでいるのに気がついた。

『こんな砂漠の中でも、自分ただ一人ではない……。』と彼は考えた。『どうやらあの二人も自分と同じように、彼方に向って進み行くようだ。よしよし、これから急いで二人に追いついて、お道の話を試みよう。砂漠の中の伝道もはなはだ面白い……。』

 すぐれた画家にはすべてのものがことごとく画材であり、まことの詩人にはすべてのものがことごとく詩題となるように、サンダア・シングにはすべてのものがことごとく福音の資料であった彼の伝道眼の前には人種の差別も、貴賤賢愚のはじめも、その他の何物もないのであった。

 見る見る彼の歩調は急激に速度を加えた。砂漠の熱砂はかれの素足に蹴られて、通過したあとに一条の白い煙が低く地面を這った。

 うしておよそ三十分間ばかり経った時に、サンダア・シングは再び眼を前面にそそいで見た。予期したとおり、自分はこの間に旅人に追いついでいた。旅人と自分との距離はたった二丁ばかりに過ぎなかった。――が、不思議なことには先刻さっき二人と思った旅人がただ一人しか居ない。しかもその人は何やらぼんやり道端に佇んでいた。

『ハテな、自分は先刻たしかに二人だと思ったが……何かの見損いだったのかしら……。』

 いぶかりながらも彼は急いで右の旅人に近づいた。

 旅人はこの地方の行商人でもあるらしく、粗末な服装をした、三十二三の逞ましい男であった。

 サンダア・シングはすぐにその男に親しげに言葉をかけた。――

『お暑いことでござりますナ。あなたも向うの村までお出でなさるのですか?』

 男は一向沈み切った句調でそれに答えた。――

『そのつもりで出掛けて来たのですが、私はこれから後へ引返さなければならないことになりました……。』

『ナニ引返す……。』とサンダア・シングは軽い失望を感じながら『それは又うした理由わけですか? 何ぞお忘れものでもなすったので……。』

『そんなことではないですが……。』と旅人はますますふさいで、

『実は連れの男が急に病気にかかってコロリと死んでしまったのです……。』

 意外の言葉にサンダア・シングも驚いた。

『ナニ死んでしまった……それはお気の毒なことです。実は私も先刻まであなた方はたしかに二人連れだと思って居たのに、ここへ来て見るとあなたお一人なので、内々不審でたまらなかったところでした。一体歿なくなった方は何所に置いてあるのです?』

 男は約半丁ばかり隔った地点の黒いかたまりを指しながら言った。

『私一人で何とも致方いたしかたがありませんから、彼所にソーッと、衣服をかけて置いてあります。私達は遠方のもので、二人づれでこの地方に行商して居たものですが、近頃の不景気のめにすっかり無一文の乞食同様になりさがり、散々困り抜いて居たところへ、今又力にする連れの男に頓死されて途方に暮れてしまいます。後方うしろの村へ戻って葬式を依むのにも、一文のお布施料もない始末……。私は……私はつくづく世の中が厭になってしまいました……。』

 そう言って彼は顔を汚ない袖に埋めてシクシクと泣くのであった。

 サンダア・シングの同情はまともにこの憐れな旅人の上にそそがれた。彼は何の躊躇ちゅうちょもなく、自分のてる物質的全財産――一枚の毛布と、通行銭として貰って来た二ペンス金子かね――を旅人の前に差し出した。

『おお親しき友、これははなはだ詰らん品物で、何のお役にも立ちますまいが、現在の私にはこれより外に差しあげるものがありませんから、うか許してお収めください。外に私の力で及ぶことは、私の手足でお助けすることだけです。何ならお友達の遺骸を、後方うしろの村まで御一緒に担って行きましょうか?』

 今まで泣いて居た旅の男は、それをきくと、急に泣くのを止めて、あわてて手を振った。――

『イヤ決してそれは御無用です御無用です。そんな事をして戴いては罰が当ります。村まで行けば手伝ってくれる懇意なものが二三人居りますから、あなたはうぞきへ行ってください。この毛布とお金子だけは、お言葉に甘えて、遠慮なく頂戴して置きます……。』

 そう言って彼はさらうが如く、自分の前に並べてある二つの品物を取りあげた。

 

 かかる際に無益の説教を試みるようなサンダア・シングではなかった。彼は説教すべき場合と、説教すべからざる場合とをあきらかに知って居た。

『こんな軽微な品物でも、この貧しい同胞に分つことができたのは何より結構だった。こうした機会を作られたのも皆神の思召に相違ない……。』

 そう思って、彼は旅人に分れを告げて、独り先方の村に向って砂漠の旅をつづけた。

 やや半里ばかり進んだと思う頃、彼は不図ふと自分の背後に人の跫音あしおとをききつけたように感じた。

『ハテな、誰か又やって来るのかしら……。』

 振り返って見ると、思いも寄らず、馳せ寄るものは先刻の男だった。

 件の男は佇めるサンダア・シングのすぐ前に来て、砂の上に坐って泣き出した。――

『サドウさまサドウさま! 許してください、連れの男は真実ほんとうに死にました……。』

 サンダア・シングはこの言葉が何を意味するのか、少しも理解することができなかった。事によると悲歎のあまり、この男は発狂でもしたのではないかとも疑った。

 が、件の男がやがて涙ながらに一伍一什いちぶしじゅうを物語るところによりて、初めて前後の意外な事情があきらかになった。

 彼等二人は、格別の悪漢ではなかったが、ただ働くことが嫌いで、二人でがはるばる死んだ真似をして通行人から金品をまきあげるのを渡世として居たのだった。で、今日もその手でサンダア・シングを欺いた。ところが、二ペンスの金子と毛布とを携えて、砂の上に転がっている相手の方に近づいて、上にかけてある衣服をめくって見ると、意外にもその男は真実に絶息してしまって居た。

『あなた様はかならず聖い神の人に相違ないです。』とかの男は衷心から悔悟の涙を振りしぼりつつ叫んだ。『そんな尊いサドウとも知らないで、偽って金品を欺きった罪として、神様は私の同僚を死に至らしめました。若しも私が彼のかわりに死んだ真似まねをして居たなら、私がきっと死んで居たに相違ありません。――サドウ様うぞ私の罪を赦してください、うぞうぞ……。』

 さすがのサンダア・シングも、これをきいた時は、今更いまさらながら生命の主の、しき、無限の御力の感に強く打たれて、凝乎じっと地面に鰭伏ひれふせる、あわれなる男を見つめたのであった。

 サンダア・シングの唇はいつしかほころびて、その平易な、しかし力ある独特の説教が、砂漠の熱し切った空気に心地よき振動を与えつつあった。

『我らが罪人であると感じた時こそおのれの健全を回復した時である。感じなければ危険である。我等が水の中に居る間は水の重さを感じない。罪人もそのように、罪の中に生活している間はこれを感じない。同僚の死、それはまことに悲しい事である。しかしあなたはそれによりて初めて罪の海から脱出する機会を得た……あなたは砂漠の中で初めて生命の水を飲み得たのだ……。』

 件の男はこの時を以て翻然として悔ひ改めて神の教を受け入れることになった。

 彼はしばらくガールウォールに近き伝道所に収容されて居たが、やがて時が来て洗礼を受けたということである。

(二、四、五)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第五号

発行: 1926(昭和2)年5月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年6月27日

※ 公開:新かな版    2008年8月4日


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