心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

ゴシップ

浅野憑虚

□故露国皇帝からの霊界通信

 近頃欧米人士の話題に上っている問題の一つは故露国皇帝の霊魂が現われて、しきりにアレクサンダア大公に通信を試みつつあるという一件です。人物が人物だけに、専門の心霊研究家でなくても相当興味を惹きそうな話です。

 アレクサンダア大公というのは、御承知の通り旧露国皇族現存者中最も顕貴な人で、その夫人は露帝の実妹であります。大公はかつて露国海軍を統率して飛ぶ鳥を墜すばかりの勢力を有したことがあり、越えて欧州大戦中には露国航空隊の総指揮官でありましたが、ねて心霊問題に甚深の興味をち露国革命後は仏国へのがれて来て、爾来じらいますます心霊問題に没頭するに至りました。しかも彼は単に心霊の研究者であるというばかりでなく、自分自身が霊媒能力の所有者であって、なかなか素晴らしい体験に接しつつあるようです。

生者と死者との間に交通が可能であることは絶対に確実である。』と大公はボストン、サンディ、ポスト紙の探訪記者に語って居ります。

『私は一週に二回づつ、自分の家庭で、すでに六ヶ年以上にわたりて交霊実験をつづけて居るが、その間において数百にのぼる死者の霊魂と談話を交えて居る。

『それ等の人達の霊魂から聴くところによれば、人間が地上で死ぬということは単に一の境涯から他の境涯に移る丈のことに過ぎないらしい。但し死んだからとて一気呵成に天国に行けると思うのは間違いである。兇悪な精神の所有者は死の境界を越えた後も依然として兇悪であり、同時に不愉快であり、幾多惨澹たる浄化作用、精練作用を経つつ一歩一歩に向上の途を辿るに過ぎない。死後の世界には時もなければ空間もなく、又人間の普通考えて居るような固体もないが、しかし一切の人も物も形態だけは有っている。死後の世界の居住者の大目標は完全なる精神化――霊化であり、正しき霊魂達はこれに向って不断の精進をつづける。

『兇悪な霊魂、迷える霊魂が他界に目覚めた時は非常に頭脳が混迷していて、しばしば自分の置かれている境遇の何所であるかをさえも理解し得ないらしい。従ってそれ等の連中は地上と交通することが困難である。これに反して、精神こころが透明であり、就中死ぬる前に多少死後の世界につきての理解を有っているものの霊魂は、すぐに自分の境涯の何であるかを会得する。地上へ戻って来てわれわれと通信を試みるのはその種の理解わかりのよい霊魂達である……。』

 大公の所説にはたしかに斯道の苦労人にして初めて言い得る個所があります。全部の死者と直接の通信ができるなどということは多くは素人を騙すに用ゆる職業的不正霊媒のペテンに過ぎません。大公はお斯くつづけます。

『私の実験によると此等これらの霊魂達はドウもピカピカ明るいところが嫌いである。で、私は実験を始める時には卓上ラムプの上に紫の絹布を掛けることにしている。私は時としで自分単独で座ることもあるが、時とすれば又霊媒的天分の豊かなる、一人の露国婦人と座ることもある。ちらにしても霊魂達は間もなく出現して会話を始める。その大部分は私の親しき生前の友達である中には生前からすでに立派な霊魂論者で、若し死んだら再び出現して話しをしようと私に約束して居ったものもある。

『例えば生前私と一緒に心霊問題の研究に従事したジェレー博士、数年前ワルソー附近で飛行機の墜落のめに非業の死を遂げた、かのパリの有名な心霊家などもその一人である。私達二人の中、どちらか早く死んだ方が霊界から戻って来てきっと通信をしようと、約束して居ったものだが、ジェレーが死んで数日経った時、はたして約束どおり現われて私と談話を交えた。ジェレーは自分の心霊研究が中断されたのをくやしがって、大へん不機嫌だったが、私はできる丈慰めて置いた。今日ではすっかり平静を回復し、他界あちらさかんに同一研究をつづけている。

「どういうものか私はまだ、地上で有名であった人物の霊魂とは一向逢わない。しかし二三世紀前に霊魂問題の研究に従事して居た人達はよく私の所へ出現する。その中のあるものは現世に於ける生活につきて明確な記憶を有っていると同時に、又霊界の事情にも精通して居って、実に面白い。それ等の人達からの通信は私の手元に沢山保存されている。しかし何故か只の一人もその生前の姿を物質化して私に見せてくれたものはない。』

 大公ら所へ出現する霊魂は斯く多数に上るが、しかしそれ等の中で一ばん親しく交通しているのは矢張り故ニコラス二世であるらしい。皇后もホンの近頃になりて出現することはしたが、しかし大公の言うところによれば、彼女はまだ精神が混乱して居て、自分の死んだことをはッきり諒解してはいないらしい。

『私のところへ出現した霊魂の中ではたしかザアルが先頭第一だったと思う。』と大公は説明をつづけます。『ザアルは元来精神的な人物だった。従って殺害されて他界に入った瞬間に、さては自分は殺されたのだナ、と早速気がついたということでる。生きていた時分の記憶なども実に確かなものである。

『私はザアルに向って、彼並に家族の虐殺された当時の状況を訊いて見たが大体コルチヤツク将軍の任命した調査委員、ソコロフの報告が間違っていないようである。私は間接に取次ぎをするよりも、ザアル自身の身上話を紹介することにしよう。』――

ザアル自身の物語

 私達一同は一九一八年七月十六日の夜、エカテリネンブルグのイパティフ家に睡って居た。すると監獄長のユーロヴスキィが入って来て私達を呼び起した。

 彼は私に向って言った、チエコ、スロヴアクの軍隊が町に近づきつつある。事によると砲火を交えることになるかも知れぬから、早く服装したくをして地下室に入るがよかろう。――親切顔をしてそういうのである。で、自分達は残らず身仕度をして、丁度真夜中頃にユーロヴスキィに誘かれて地下室の一つに入って行った。皇太子は病気だったので私が抱いて行った。室へ着いてからわれわれは椅子だの、褥だのの上に座った。当時私達は少しも危険が身に迫りつつあることに気がつかなかった。ところが、突然ユーロヴスキィが、今度は手に手にピストルを携えた、兇猛な面魂つらだましいをした、十人のレット族を従えて直び室に入って来た。

ユーロヴスキィはポケットから一枚の書付を取り出して、それを読みはじめた。その文句は、帝政派のものが自分達を取り戻しにかかているから、ここで殺さねばならぬという意味のものである。私がおボンヤリしている中に、彼はピストルを抽き出して、私の胸にさし向けて発射した。私はよろよろと前方によろめいたが、その際多くの発火の閃きを見、又婦女達の悲鳴をきいた。その中私の精神は空に帰した。

 再び私が意識を回復した時には、私はすでに他界に来て居て、私の側には、妻も、子供等も、親友達も揃って居た。かの惨劇は単に一場の悪夢の如く思われた……。

 きくところによれば、大公がザアルと物語をした回数はすくなくとも五百回以上にのぼり、話題は地上の事にも又他界の事にも触れていて、なかなか肝要なことがあるらしいのですが、若しもそんな事を漏らした日には、第一ザアルの霊魂が立腹して二度と訪問しなくなりそうだから御免を蒙る、と言って、大公は固く口を噤んで居るようです。大公が漏らした唯一事は、ザアルの子供達の中で、たった一人だけが虐殺を免れて居るということですが、それがどの子供であるかは絶対秘密にして居ります。大公は言います。――

『若しも私が矢鱈なことを喋った日にはポルシェヴィストがすぐに詮索を始めて、その子供を殺してしまう……。』

 大公の行いつつある霊界通信法は一の自動書記というべきもので、眼に見えない手が彼自身の面前に現われて文字を綴るのだそうで、言語は皆露語を用い、ザアル自身の書いたものが沢山あるそうです。むろんその筆蹟もそッくりだといいます。

 これまで大公に向って此等これらの霊界通信の発表をすすめたものは沢山ありますが、今までの所ではことごとくそれを謝絶したそうで、そうきかされると、われわれは一層それを読んで見たいような気がせんでもありません。

□孔子の直接談話


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第五号

発行: 1926(昭和2)年5月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年6月27日

※ 公開:新かな版    2008年8月1日


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