心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

所感

浅野和三郎

△近頃日本の心霊学徒に向ってはなはだ心地よき刺戟を与えたのは朝鮮金剛山の仏仙餐松居士崔基南氏の来遊であった。本会でも三月五日午後五時から神田の学士会館で一夕の講演を依嘱した。会するもの六十余名、雪の翌日あしたの陰惨な、泥濘脚を没する、寒い晩の催しとしては、まことに予期以上の盛会であった。

△人間は各々その向うところを異にするから、かならずしも仙に限るということもなければ、又仏でなければ駄目ということもない。――が、うした純真なる動機から全身全霊をささげて、側目もふらず自己の所信に向って直往邁進する、生きた実例を見ることは誠に結構なことである。かならずしもその真似をするには及ばないが、何物かをこれに見出さないのは間違っている。

△火食を絶ちて正に十年、黙々としてただ独り体験の世界を味読ししつある崔氏の心境は淡々として水のごときものがあるらしい。氏には野心もなく、要望もなく、同時に又一点の秘密もない。嗤うものには勝手に嗤はせて置くが、若し誠意を以て道を求むるものがあれば、何の腹蔵もなくすべてを披瀝してその足らざるを恐るると云った風である。この熊度は正に推奨に値する。

△崔氏は今年六月を以て百尺竿頭更に一歩をすすめ、単身白頭山に籠りて空気生活の実地体験を積まるるということである。『首尾よくそれに成功すれば、一層突込んで自分の内面生活の真相を申上げましょう。目下はまだ修行の途中にありますから、何やらどうもお恥かしくて……。縦令たとえ又申上げたところで、只今のところ世間の方から信じていただく資格がありません』――まことによく悟りすました尊い言葉である。

△近頃日本国の上下が心霊に眼ざめかけたのは慶賀すべきである。『物質科学の研究も必要だが、心霊上の事がらも閑却してはならぬ』ということは、そろそろ社会全般の声となりつつある。が、惜い哉急に深い眠から覚醒したものの常として、少なからず戸惑の気味である。あるいは射利売名を事とする、ヤマ師的霊術者流の後を追いかけたり、あるいは神社参拝と物見遊山とを取り違いたり、丁度鹿鳴館時代に於ける欧州文明謳歌の状態に彷彿たるものがある。これも一たんは通過すべき径路かも知れないが、一時も早くこの陋態からは脱却したいものである。

△それが物質科学の研究たると、心霊上の修行たるとを問わず何より肝要なるはその出発点に於ける用意と又平生の心掛けとである。『他にロクな仕事もできないから、一つ霊術家にでもなりて世間をあ っと驚かしてやろうか……』。そんな心掛では頭から問題にならない。其所そこに研究心の閃きもなければ、慈悲博愛の心の片影もない。ただ小 ッぽけな野心と驕慢と慾望との跳躍があるばかりである。

△悲しい哉、世の中を見渡すと、すっかり見当外れの職業霊術家がまだなかなかすくなくない。口に物質文明を罵るのはいいが、自家宣伝にかけて売薬屋の真似をするのはうした ことか。口に神だの仏だのを唱えるのは結構であるが、排他、中傷、讒謗、その他醜しきアクタレを吐くのはんなものだろう。その他真剣な追窮に逢えば秘伝の蔭に隠るるもの、誤謬を指摘さるれば神界の御都合などと言いぬけるもの、誰も頼まないのに聖師などと僣するもの……。数え来れば正に百鬼夜行である、悪魔の舞踊ダンスである。

△かかるありさまでは物質論者から何と嘲笑されても全く仕方がないと思う。霊能者に対して最大の尊敬を払うべき立場に置かれている心霊研究者でも、そんな連中に向っては自然二の足を踏まざるを得ないことになる。何となれば真の心霊研究者は科学の上に立脚すると同時に、又人道的標準の上に立脚して、縦令たとえ遅くとも決して間違のない前進を期図せねばならぬからである。

△情においてはわれわれとてもろうことならこの際立派な霊能所有者が続々日本国から出てほしい。『これが日本国を仕負って立つ、斯道の代表者達でございます……。』われわれは世界に向ってそう言いたい。――が、遺憾ながら日本心霊界の現状はまだそれを許さない。私は今崔基南氏の来遊に際して感慨殊に深きものがある。

(二、三、一一)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第四号

発行: 1926(昭和2)年4月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年5月13日

※ 公開:新かな版    2008年6月19日


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