心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第四巻

新年を迎う

□近来の日本は精神的にも物質的にも随分希望の薄い歳月を送りつつあった。政治界は御覧の通り、とても眼をあけては見て居られない。経済界は耳のつぶれるほど不振の悲鳴に充ち亘る。思想界の行詰ゆきづまりは叢書の濫溌が露骨にこれを証拠立てる。人心のいかにすさんでいるかは不真面な短評や自暴自棄式の言説が新聞雑誌を埋めているのでもよく判る。

□今にして思えば大正十二年の大震火災は矢張り現状転換の大烽火であったではあるまいか。安政二年の江戸の大地震で当時の日本が精神的にも物質的にも安定を失いかけたと同様に、どうも四年前の大震火災以後の日本は何やら急激にグラつき出して来たようだ。

□安政時代の日本の急務は実質的に外国の勢力の存在に目覚めることであった。安政三年蕃書取調所の建設がまじめに審議せられたので判る。大正時代の日本の急務は何物に向って目覚めればよいか? 普選実施か? 政本合同か? 政治の倫理化か? 金解禁か? 日銀利下か? 綱紀粛正か? いずれも結構であるが、遺憾ながら根本問題に触れていない。

□吾等をして忌憚なく言わしむれば、現日本の急務は着実精緻なる心霊科学の門戸から進んで神霊世界の存在に目覚め、実質的に日本人の心身を改造することであらねばならぬと思う。国民の大部分がこんなだらしのない根性、こんな不健康な身体をブラさげているようなことで何がきようか? 国家社会を組織するところの単位の改造を度外視する計画で何が成就しようか?!

□さもあらばあれ、大声は常に俚耳に入り難く、警世の叫びはかならず群小の嗤笑ししょうを買うものと古今その相場がきまっている。縁なき衆生は度し難し、とは千古の金言、聴かぬものには無理に聴かせず、笑うものには勝手に笑わして置いて、気のついたところから着々その堅実なる施設を開始することが何より急務ではあるまいか。

□日本の霊界も、それが時節とは言いながら、よくもここまで思い切って鳴りをしづめて韜晦とうかいされて居たものだ。明治大正を通じて、気のきいた心霊実験さえもがほとんど一つも許して貰えない。従って日本国の物質かぶれは一体うだ! 神仏はただの飾りもの、霊魂はただの幻影、兎も角も一番に金が欲しい、命が欲しい、生きている間に思い存分贅沢がして見たい……。イヤ全く無理のないところもある。

□が、日本の霊界はこの間ただ安閑として無為無能にあたら歳月を送られて居たのでないことは、いやしくも心霊問題に真剣に思を潜めたもののことごとく知るところである。まことの人にはその天分に応じて貴重なる体験を与え、指教を垂れ、又ありとあらゆる苦労艱難を忍ばせて、他日活動の素地を築いて置いてある。

□かかる時代に直面しつつあるわれ等の責任はまことに重い。われ等は決して気をゆるめて名利の奴隷となりて奔走してはならない。われ等は決して実力の伴わざる宣伝などに浮身をやっしてはならない。われ等は決して固陋尊大の弊に陥ってはならない。われ等は決して前途の光明を見失って悲観するようなことがあってはならない。われ等は決して焦燥短慮、一時の功を急いではならない。

□着実なる研究、金鉄の覚悟、又心身改造、抜苦与楽の優秀な力徳の発揮――これが遺憾なく備わることによってここに初めてわれ等の仕事の大基礎が出来上る。万事は人数の多寡ではなくして実質の如何である。心霊に目覚めたまことの人格者がただ十人現われて協力する丈でもモーその国は滅びない。百人集まれば一国を動かし、千人集まれば世界を動かすに足りる。

ここにわれ等に取りてはなはだ多望なる大正十六年を迎うるに際していささか所信を披瀝ひれきして、前途を祝福する(憑虚)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第四巻第一号

発行: 1926(昭和2)年1月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年4月25日

※ 公開:新かな版    2008年5月6日


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