心霊と人生・第三巻・第十一号 「フッラム療園物語(続き)」 七 統計の困難

心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

フッラム療園物語(続き)

――ロンドン郊外の心霊療養所――

 

七 統計の困難

 フッラム療園の創立は一九二一年十一月で、爾来じらいその入院患者は総計数百名に上り、入院期間の短かいのは数日又は数週、長きは数ヶ月にわたります。入院はせずに、ちょいちょい来園して、ビィル博土の診断だけを受けてかえった人々の数は無論この計算の外であります

 中には一度も来園せず、ビィル博士の遠隔療法を受けて好成績を収めた実例もありますそれは多年結核性の脊髄に悩んで居た患者ですが、あまり遠方に住んで居るので到底療園へやって来ることができません。で、その友人が患者の頭髪少許を携えてビィル博士の意見を求めたのです。所が、ビィル博士の診断によればその患者はなかなかの重症らしく、兎も角も博士はある処方を教えてくれました。患者の母親はそれがビィル博士の処方ということは秘密にして置いて右の投薬を息子に与えました。するとその結果は至極良好で、当人が是非ぜひ右の薬をつづけて飲みたいという希望なので、数ヶ月にわたりて服薬をつづけました。その間にもビィル博士の方からは診療上の注意がちょいちょい与えられたのであります。

 数ヶ月間服薬をつづけた後で、試みに在来かかりつけの医師の診察を受けて見ると、以前は脊柱に十七ヶ所の疾患部があったのがいつの間にやらたった一ヶ所に減ってしまい、今迄のように全然床に平臥して居なくても差支さしつかえなき程度に恢復かいふくして居ました。但しんな奇効を奏したのは単に服薬のめばかりではなく、ビィル博士が霊的に患者を訪問し、患者の気のつかぬ間に適当な磁気療法を施したり何かしためのようであります。

 しかしんな実例は番外に属します。正確な統計を作製するのには専ら入園患者に就きて行うべきでありますが、それにしても矢張り困難が伴います。ここへ来る患者達は多くは普通の医師から見離された慢性のもので、大抵は既に幾通りもの処方を与えられ、又いろいろの手術なり、医薬なりを試みて居ります。ビィル博士は無論自家独特の診断を下し、そしてそのお蔭で多くの患者達はすっかり生れ代ったようになって退園するのですが、もともとビィル博士は無形の医師で、何所どこにもつかまえどころのある人ではありませんから、の点までを在来かかりつけの医師の功績とし、の点までをビィル博士の功績としてよいか、その境界がはなはだ不明なのであります。

 のみならず、時には又んな難題が起ります。ビィル博士はちょいちょい極初期の癌を発見してこれを治療せしめるのでありますが、物的医術の方ではいかにエックス線で照らして見ても癌の存在を突きとめることができません。んなのははたして、ビィル博士が癌の治療に成功したと称してよいか悪いか、頗る考えものであります。

 中には又折角ある程度快方に向っても、家事上その他の都合で途中退園すべく余儀なくせらるる患者もなります。こんなのも統計の作製にははなはだ困難ですが、患者の方から云えば、もともと統計だの、証明だのということは実はドウでも宜しい問題で、病苦が除去せられ若くは軽減さるれば彼等はそれで満足して居るのです。霊界の居住者連もまた概してそんな問題に関しては無頓着です。一番困るのはただ地上の心霊研究者丈であります。

 以下モ少し立入りて、ビィル博士の療法の特長を紹介することにします。

八 癒る患者癒らぬ患者

九 その他の長所短所


六 難病実例

目  次

八 癒る患者癒らぬ患者


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第十一号

発行: 1925(大正15)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2008年3月18日

※ 公開:新かな版    2008年3月31日


心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

心霊図書館: 連絡先