心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

□真理の一面

△ダイヤモンドに切子をつけなかったら光は出ない。光らせるには是非とも大なり小なりの多くのめんをつけて磨き出さねばならない。真理というものも矢張りそうしたものらしい。

△真理の本体は元来無色透明、何とも名状することのできないものであろう。真如といい、神といい、仏といい、大霊といい、混沌といい、大極といい、その他何と言って見ても到底つかまらない。若し強いてこれをつかまうと思えば是非なくそれに切子を附けて磨きをかけるより外はない。しかしそうしてつかめるのは真理の全体ではなくて単に一面だけである。

△人類のそうした努力も随分久しいものだペルシアのゾロアスタは『純潔』に重きを置いた。ギリシアのオルフェウスは『美と諧調』を鼓吹した。インドの釈迦は『智慧』を磨いた。支那の孔子は『礼』を教えた。猶太のキリストは『愛と犠牲』を奨励した。いずれもダイヤモンドの一面の光であって決してその全部ではない。

△結局人類の真理追窮の目標は、その本体をつかまんとする空疎なる努力でなく、現代にもっとも痛切なる真理の一面、しかも成るべく大きな一面をつかまんとすることでなければならぬことになる。

△一般世界の人類にとりてもっとも望ましき事柄は人類愛の普及であり、宗教の統一であり、平和の確立であることはいうまでもないが、それを達成せんがめには是非とも一面の真理によりて基礎づけられることが必要である。しからばその一面は何であるか? 吾人の観る所にしてあやまらずんば、それは霊魂の不滅顕幽の交通の真理であると思う。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第六号

発行: 1925(大正15)年6月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年12月18日

※ 公開:新かな版    2008年1月31日


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