心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

再臨のキリスト?

――霊智学徒のかつぐ二十八歳の青年――

□日本にも再臨のキリスト新世界の救済主を名告なのるものが某所に現われましたが、その人格が劣等で野卑、同時にその手に成るところの霊的作物なるものが分量が沢山だという丈で、俗悪の気と矛盾の個所に富み過ぎているので、ホンの少数の迷信者流を除けば誰も相手にしなくなりました。

□ところがこの再臨のキリスト思想は余ほど深く人心の根底にこびりついて居るものと見え、目下欧米人並に印度人間に相当多数の信者を有する霊智学徒セオソフィストの間にも真面目にこの説が唱えられて居ります。御承知の通りかのアンニィ・ベサン卜夫人は斯道の世界的宣伝家としてはなはだ有名でありますが、その予測する所によれば再臨のキリストの出現は遅くも本年の五月以前 だというから大変です

□霊智学徒は再臨のキリストを普通ただの人間とは考えません。彼は純然たる超人間なのであります。彼等の信ずるところによれば救世主というものは真理が影をひそめた、極端な 澆季ぎょうきの時代に特に霊界から地上に派遣せらるるもので、即ちマハトマの一人が人体を借りて現われ、真理の光をかがやかし、衰えたる信仰心を復活せしむるのであるというのです。

□公表されたところによると、今度出現する救済主? は白髪雪をあざむく老翁でもなければ、又難行苦行の数を積んだ老行者でもなく、本年取ってやっと二十八歳の婆羅門バラモン僧で、東洋流の教育を受けたと同時に、又牛津オックスフォード大学を卒業して、西洋の学問にも通じて居るそうであります。写真によれば彼はキチンとした服装のハイカラ姿の若者で、何等超自然的神秘的色彩には包まれて居りません。その名はクリシナムルテ ィ  Krishinamurti. と云って、現在はヒマラヤ山中の某所に棲み、しきりに沈思瞑想に耽って最後の準備を整えて居るといいます。

□いよいよマハトマが彼の肉体に宿り終って一人の立派な再臨のキリストが出来上ると、彼はその隠棲から出掛けて全世界に向ってその霊的使命を伝えはじめるのだそうで今回もまた十二人の徒弟を率いるのだといいますからバイブルの中の耶蘇イエスの物語がそっくり地上に繰り返される訳であります。但し彼が第二のユダに裏切られて十字架上の露と消えるかドーかはまだ発表されて居りません。

□兎に角霊智学徒がこの千載一遇――イヤ二千載一遇の大事件に対して力瘤を入れて居ることは非常なもので、今から十五年も前に印度で『東方の星スタア・オブ・ゼ・イースト』と称する教団を組織したのも、その最大の理由はつまりこの大教主の口から漏るる深遠博大な福音を立派に消化し得るようにすべての霊智学徒を教育せんめでありました。今ではその教団の会員は十万人以上に上り、世界の各地で十九の雑誌を発行して居るということであります。

おこの大教主が現われた暁には屋根の無い建物で説教する予定だそうで、世界各地で着々その準備が行われ、現に濠州シドニイ市の郊外では既にその工事に着手し、今頃はモー大体完成している筈です。南部加州においても日ならず同様の建物を起工するとの噂であります。実に素晴らしい事が始まれば始まったもので、出口王仁氏の蒙古宣伝などはこれに比べるとはなはだ顔色のないような気が致します。

□さていよいよ問題のクリシナムルティが山から出で公衆の前で再臨のキリストとして説教を始めることになったらはたしてんなものでありましょうか?――相当興味ある問題でない訳ではありませんが、しかしこれは矢張り出ない前が却って花かも知れません。むろん。彼は相当うまい説教はするでしょう。霊智学の神秘とキリスト教の人類愛と結びつけ、これに現代式の科学的事実を織り入れて教育ある善男善女に随喜の涙を流させる位の芸当は立派に有って居るでしょう。かの手腕家のベサント夫人が少年時代から彼を手塩にかけて教養し、彼も また驚くべく早熟の神童だったといいますから、そんじょそこらの出来星とは訳が違って居りましょう。

お又波羅門教徒として彼はかならず暗示に動かされ易き霊媒的天分を豊富にっているに相違ないと思いますから、多分自分でも再臨のキリストなりと自認しつれを証拠立てるにふさわしき何等かの奇蹟何等かのあかしを相当巧妙にやってのけるでしょう。さなきだに期待し切り、信じ切っている霊智学徒のことですから、多分彼等としてはこの人の靴の紐を解くことをも辞せぬでありましょう。

□が、霊智学徒にあらざる一般人士ははたしていかなる眼を以てこの再臨のキリスト? に対するでありましょうか?――大概その相場は判って居ると思います。いわゆる知識階級思想階段などというところは鼻のさきでせせら笑って、せいぜい多目に見ても一の誇大妄想狂、わるくすると大山師位に彼を考えるでしょう基督 キリスト教だの仏教徒だのに属する宗教屋さんはけだし神をけがし、仏をそこなう成上者としてこの若者を異端扱い、悪霊扱いにするでしょう。一番興味を以て彼を正 視するものは恐らく心霊研究者だろうと思いますが、彼の真価を審査して、最後に一の変態的霊媒として適当の位置に彼を納めてしまうのにはすくなくも三五年の歳月を要するでしょう。

□心霊科学は従来なり沢山の開拓者と霊能者とを出しましたが、しかし未だかつてそれ等の何人をも特別に不思議な超人間、世界を救うべく神から特に選み出された救世主であるとは見做みなしません。心霊研究に超自然の理外論は絶対にありません。いかなる現象、いかなる事実をもことごとく原因と結果とによりて永遠に縛られたる自然の理法と考え、冷静に着実に、真理の開発に向って全力を注ぐのであります。

□むろん人間界には時として異常にすぐれたる大人格者、大霊能者が生れます。が、それは決して不思議でもなければ不自然でもありません。かならずその前提としてしかるべき理由が存在するのですが、ただ現在の人智で充分にそれを探窮し兼ねる場合がすくなくないという丈です。心霊学者はキリストを尊びます、釈迦を重んじまず、親鸞を敬います。しかし彼等を一種 別誂べつあつらいの超人間的存在物とは断じて認めないのであります。

□霊智学徒は現時が世界の危期で、一大救済主が出現すべき必要があると唱えます。しかし世界が若しもかかる奇蹟的人物の出現によりて救わるるなら人類はとうの昔に救われている筈です。その種の人物は古来世界の各地に現われましたが、依然として地上は罪人つみびとで充ち充ちています。口や筆を以ての道話や教訓は恐らくモー沢山です。行為を以て、実地の亀鑑を示して、人間を率ゆる実際家が欲しい丈です。

□よしやキリストが真に地上に再現し、山上の教訓を繰り返して見たところで人類の道徳性は恐らくいくばくの進歩をも見ないでしょう。永久の価値を有する改革は底から始めて上に登るものでなければなりません上から始めて下へ降るものではほとんど何の役にも立ちますまい従ってこの目的を達するのは恐らく奇蹟的人物の出現でなくて心霊科学の健実なる普及ではないでしょうか


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第四号

発行: 1925(大正15)年5月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、 黒丸傍点表記を、斜体表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年12月18日

※ 公開:新かな版    2008年1月24日


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