品川行者の物品引寄実験記

五 実験後の所感

 以上が今回の品川守道氏の物品引寄実験の概要であります。隨分最初の予想とはくい違つた結果を孕んだものであります。

 私どものかんがえに、し同氏の霊術がはたして正確なるものであるならばできる丈学術的にこれを肯定したいというのでありましたが結果から見ると結局一の迷信打破ということになってしまったようであります。

 二十一日にはお礼が一枚引出され、二十八日には観音像が一個引出されましたが、共に極度に不透明なやり方、誰が見てもはなはだ満足のできない状況の下においてそれが行われまして、折角準備した活動写真なども何の役にも立たないものになりました。これに反して身体検査の結果引出された古鏡と地蔵の霊像とはそれが詐術でないかとの疑惑を極度に強めるに充分な材料でした。予備的実験のお礼引寄が縦令たとえ正確なものであるとしても、二月二十一日並に二十八日の肝要な実験はすくなくとも詐術的臭味がはなはだ濃厚であるとわねばなりません。私どもは品川氏一人のめにこれを惜むばかりでなく、日本在来の伝統的霊術のめに大にこれを惜むものであります。

 同時に私どもは日本の心霊問題の前途がまだすこぶ遼遠りょうえんであることを痛感せぬ訳には参りません。霊術家の自覚が足りないばかりでなく、一般のこれに対する学問的自覚の極度に不充分であることも明白すぎるほど明白になりました。

『物品を引出して何の役に立つか?』一部の人士はそう考えます。『刀や鏡などを引出すよりか金貨でも引出してくれると難有ありがたい!』一部の人士にそう言います。 『こんな真似をやるのは神をオモチャにする冒涜の仕業だ!』そう憤慨する人もすくなくありません。そうかと思うと『この実験が失敗に終って俺は安心した! そんな事がきたら大変なことになる……。』そう公言してはばからざる人も数人見受けました。こんな具合では心霊実験も一の茶番化してしまわぬ訳にまいりません。

 同時に私としては他人の事よりか自分自身の不行届と不用意とをどんなにはずかしく思ったでしょう。実験場の断乎だんこたる整理さえできぬようなことで其所そこに何の研究があり、何の実験があり得ましょう。自分からえば、不明の個所があるからの実験だとしましたところで、あんな不整理なやり方では他からんと言われても全く致方がないのであります。しかし済んだことはいかにくやんでも追いつきません。このぎからはすッかりやり方を改めるつもりであります。

 しかし今回の実験で私が衷心からはなはだ愉快に感じて居る事もないではありません。外でもなくそれは真に心霊問題に甚深の理解を有しかかる実験の裡面にひそめる重要無比の学術的意義に徹底して居る幾人かの立派な共鳴者に出逢うの機会を作り得たことでありますこの一事を考える時に私は今回の苦き経験に対して厚く厚く感謝して居るものであります。(一五、三、一三)


四 二月二十八日の再実験

目  次

(完結)


心霊図書館: 連絡先