品川行者の物品引寄実験記

三 二月二十一日の実験

 さていよいよ二十一日の実験当日となりました。前日中吹きまくった烈風がすっかり権威を収め、うららかな好日和であったことは実験日として誠に申分がないものと認められました。かねて先方では『大烈風であると、大物の引寄には難儀である……。』ということでありましたが、その点の故障はこれですっかり除かれた訳であります。

 実験場は主婦之友社の屋上庭園、その東南の隅に二脚の大卓子を据えて実験台となし、科学画報社その他の活動写真機械が四台ほど適当の場所に据えつけられました。服装変更の場所も屋上庭園の一隅に設けられました。身体検査その他一切の審査委員としては松村理学博士、杉田医学博士代理平塚医学士、主婦之友社長石川武美氏、科学画報主幹岡部理学士、主婦之友社顧問尾立法学士の五名の方々にお願いしました。準備としてはほとんど申分がない訳であります。

 ただこの日の実験において一番遺憾いかんであったのは意外に見物人が多かったことであります。本会としては有力なる少数の立会人だけに来て戴きたいのでありましたが、いろいろの関係上その意見が徹底せず、ほとんど面白い奇術でも見物するような気分の人達がゾロゾロ飛び入り式に押しかけて来ました。私どもとしては真偽不明であるから執行する実験であります活動写真を据えたのもこれによって詐術であるかないかを判定したいばかりであります。――ところが、外界ではなかなかそうは考えてくれません。一部の人達からはあたかも対社会的の宣伝手段でもあるかの如く考えられてしまいました。これは誠に遺憾いかん千万、私どもとしては心外にえぬ点であります。しかし私どもとしてはこれによって誠に良い経験を得ました。次回からはんな不徹底なることは繰返さぬことに全力を挙げるでありましょう。

 予定の時刻は午後二時から四時迄の間ということでしたが、予定よりは少し遅れ午後二時二十分頃開会し、私がって簡単に一場の挨拶をのべて居る間に審査員諸氏の手で品川氏の服装変更が行われ、品川氏は白衣に襷掛たすきがけという扮装で間もなく設けの壇上に着席しました。

 御嶽行者のいつものやり方で、品川氏は一般席とは正反対の東面を向いて祝詞のりとを唱うること約二十分許、例によりて俄然がぜん神懸状態に入り、空中二尺許の辺でクルリと百八十度回転して西向きになりました。

『余は村上である』品川氏はやがて言葉くちを切りました。『本日の刀剣引寄は予定よりは少々時刻が遅れるぞ。――昨日の北越方面は猛烈な大雪風で、埋蔵の個所(越後の金剛寺山城址だという)から刀剣を引き出すに大困難を致した。これがめに昨日予定の如く右の刀剣を白根山まで引寄せることができず、今朝ようやく白根まで引寄せた次第である。白根山からはぎに太田の金山に引寄せるつもりであるが少々無理な仕事で眷属の天狐が大へん疲れた。しかし縦令たとえ少々遅れても本日中に引寄せるつもりであるから安心するがよい……。』

 大体そんなことを述べたのであります。

 私としては胸中一と方ならず当惑しました。白根山がドーなのか、天狐がコーなのか、そんなことは全然こちらの知ったことではない。約束どおり刀剣が引寄せられればよしそれがきなければ裡面の事情が何であろうとも心霊実験としては失敗なのであります。こんなヘマのないように十日も二十日も前から念に念を押してあるのであります。

『それほど困難な仕事であるなら、何故なぜもッと早く手まわしをして置かないのか? 隨分眼さきの見えぬ莫迦な霊魂だ……。』心の中ではそう思いましたが、もちろんそんな事は口には出しません。この場合是非とも明るいうちに刀剣を引寄せてもらいたいと強請して置くにとどめました。

 それからの品川氏は常態に復したり、神懸り状態になったり、そんなことを両三回繰り返しましたが、結局途中にたッた一枚のお札を引寄せたにとどまり、刀剣は今日中には出せないということになったのであります。

 午後六時頃品川氏は神懸状態においう述べました。―― 『約束の刀剣はすでに高尾山まで引寄せたから安心するがよい。しかし今日は暗くなったからぎの日曜まで延期する方が得策であろう。二十三日にはこれを明治神宮に引寄せ、最後に二十八日には一気に品川の手に引渡してつかわす。お当日は他にも何にか数点の物品を引き出してやる……。』

 私は今回の実験の後援者たる石川主婦之友社長、岡部科学画報主幹両氏と合議の結果、兎も角も先方の言うとおり二十八日の午後一時から再実験を執行して最後までこの霊術家の能力をつきとめることに決定し、甚だ気の毒な思いをして右の旨を来会者一同に伝達して散会を乞いました。


二 二月中の予備実験

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四 二月二十八日の再実験


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