品川行者の物品引寄実験記

二 二月中の予備実験

 たしか一月下旬のことでした。品川氏とある事業で多年関係の深い丸茂という人が私の事務所に訪れ、先年の刀剣引寄の約束を履行する意思はないかとのことでした。私から言えばはなはだ希望するところでありますからいつでも実行したい旨を答えて置きました。越えて数日品川氏の上京を期とし、私は品川氏を新宿の寓居に訪問し、例の村上入道と称する霊魂の神懸りを請い、あくまで念を押しますと二月二十一日午後二時より四時の間に右の刀剣を引出してやるとの返答で、ただその際気にかかる一の条件は、大物の物品引寄に大烈風は禁物であるということでした。

 私自身は最近十余年の間にこの種の神懸りを取扱うことすくなくとも数千人に上り、そして霊魂の言葉と称するものが極めて信頼すべからざることを充分承知して居ります。品川氏の神懸においてもいろいろの名前を名告って出る霊魂が沢山ありますが、私はただの一つもそれを信用しません。村上入道それ自身さえもはたしてその自称するところに相違ないかどうかは頗る疑問であります。――今回の実験の目的は先方のきると主張するところを少しも否定せず言わば極度にこちらのふところをゆるめて好きな真似まねをさせその結果を見て真偽を決定しようというつもりで取掛ったのであります。私の手元には品川氏の憑依霊が何物であるかを霊的に透視して注意を与えてくれた者が昨年来両三名あります。私はわざとそれ等を握りつぶしました。霊能をしらべるのに霊能を以てすることは参考にはなるが学問上の価値に欠しい。私はあくまですべてを理性常識の判断で決定しようと決心したのであります。

 が、いよいよ二月二十一日に実験を施行することにきまりますと私は多大の疑惑に捕えられました。品川氏の霊術が詐術でなければ結構だが、若しもそれが詐術であるなら無益の大騒ぎを演ずるだけ詰らない。詐術であるか、ないか、モ一度その前に予備実験を重ねて見よう。

 そう考えた結果が二月十二日から二月十八日にかけて行った前後五回の予備実験であります。即ち――

  一、二月十二日夜麻布牧野氏邸 お礼二枚

  二、二月十三日午前鶴見浅野邸 お礼二枚

  三、二月十三日夜上渋谷角地氏邸 お礼一枚

  四、二月十四日午前原宿長屋氏邸 お札三枚

  五、二月十八日夜角筈新町川田氏邸 お札三十九枚

 右の五回の中で、牧野氏邸と角地氏邸とに於ける実験は夜分でもあり、又立会人の数も少なく、極度に不充分な条件の下に行われましたのでほとんど参考の材料とするに足りませんでした。が、鶴見の浅野邸の実験は午前十一時半頃でしたから光線が充分で、立会人のT氏は品川氏の指端数寸の空中にたしかに二枚のお札が現出し品川氏がいささか背延びをして右手を以てそれを掴んだ実況を目撃したと確言するのであります。それが事実か幻覚か、軽々に断言することはできますまいが、多分品川氏の物品引寄……すくなくともお礼引寄丈は詐術ではあるまいという断定を下さしむる有力な資料の一つとなりました

 長屋氏邸に於ける実験も昼間である上に、立会人員は約十名の猛者ばかりですからこれも予備実験としては相当有力であります。その際他の人々は真偽いずれとも決し兼ねた模様でしたが、中で一番眼力の優れている筈のN工学士がたしかに一枚のお札が右手に握れる笏の尖端より急速力ですべりつつ品川氏の左手に入ったのを目撃したと言うのであります。私としてはこれを品川氏の物品引寄術の有力なる肯定材料の中に数えぬ訳にはまいりませんでした。

 が、予備実験中もっとも有力と見做みなされ ねならぬものは、最後のもの、即ち二月十八日の川田氏邸の実験でした。当夜は本会の有力なる会員約三十名許が集まり、その中には学者も居れば実業家も居り、陸海軍の将校も居れば操觚者そうこしゃも居りました。科学画報の主幹岡部理学士なども見受けました。お札は午後八時半から九時半頃にかけて前後四回に総計三十九枚引寄せられました。即ち第一回目が八枚、第二回目が同じく八枚、第三回目が十二枚、第四回目が十一枚で、毎回の間隔が約十九分乃至二十分位でした。第一回目の時には事あまりに迅速で何が何やら判り兼ねましたが、第二回目には受取る時にお札が指端にぶつかり、パラパラと畳の上に散乱したので余程明瞭の度を加えました。が、一番鮮かであったのは第三回目で、品川氏は普通の覚醒状態で人々と一緒に火鉢に手をかざして巻煙草を吹かして居ましたが、そのまま急に神懸状態になりて起き上りざま電燈の真下できれいに重ねた十二枚のお礼を甚だ手際てぎわよく掌中に受取ったのであります。その状況を二三尺乃至四五尺の距離で目撃したものに取りては何所どこにも疑念を挿むの余地を発見し得ませんでした。肉眼は元来遅鈍なものでありますから、それが絶対に巧妙な詐術でないとは言い得ないかも知れません。しかしあたまからこれを詐術と断定することもすこぶる考え物であります。二月二十一日並に二十八日の成績から考えて品川氏の大物引寄には信用を置き兼ねる点が万々ありますが、お札引寄までも全部否定してよいかどうかは大なる疑問であります。お札を引寄せ得るから鏡だの、仏像だの、刀剣だのをも引寄せることがきるだろうと推定することは早計ですが、刀剣其他そのほかを引寄せ得なかったからお札も矢張り引寄せ得ないだろうと推定することもまた早計であります。

 これを要するに心霊実験は目下のところ一度一度の成績に就きて真偽の判定を下すことが必要と認められます器械的実験のように前回の成績によりて次回の成績を推定しようとすると大錯誤に陥ることを免れないようでありますここに心霊実験の困難が存在します


一 実験に至る径路

目  次

三 二月二十一日の実験


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