心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

宗教と科学

――心霊科学と宗教との一考察――

一 人間として進むべき途

 人生は到底不可解である、不可知であると言い切って、極端な懐疑に陥るのは早計だと考えられるが、何も彼も判り切った、又は悟り切ったと言ったような顔をして、人をつかまえて直ちに説法――しかもその大部分は先人の受売うけうりと自己の憶断とから成立せるゴマカシの説法を試みることもすこぶる片腹痛く感じられます。ここまでは実験で行ける。ここまでは体験ができる。これからきは正しい推理で進もう。最後に、若しもき得べくんば確乎かっこ不動の信念を築き上げよう。――うした態度が何と言っても人間として一ばん温健な態度のようでありますここに科学が生れ又宗教が生れます。科学と宗教とは敵同志であるように勘違いして居るものがある方面には今でも相当沢山ありますがこのかんがえは一時も早く撤廃して貰わねばなりますまい。科学と宗教とはその受持がちがい、むし相倚あいよ相扶あいたすけて人生の帰趨きすう目的をあきらかにする性質のものであります。科学がなければよろづの基礎工事たる調査が行届いて居なければその上に建てらるべき信仰がぐらつきます信仰がなければ熱と望みと光とがなければ人生は人造の花のように興味索然たる死物と化します

 今更いまさら申上げるまでもなく、真先まっさきに人生指導の大役を引き受けたものは宗教であります。しかし在来の宗教はそのいずれもが皆ある偉大なる一人物の限られたる主観の上に主として建てられて居たので、一ばん優れたものでも多少の歪みと臭みとから脱却し得ず、次第に人類に充分の満足を与え得なくなりました。在来の宗教が満足を与えなくなった時に擡頭だいとうしたのが科学であります。科学は宗教とはまるで別途のヤリ方で、観測実験等を主として一切の事物をしらべ出したのであります。最初はもっぱら動植物だとか、金属だとか、人体だとか言ったような、手近い辺から研究を開始したので、一時科学と言えば物質科学の代名詞であるかの如く考えられた時代もありましたが、人間の方でそろそろ手がまわりかけると同時に精神方面の難問題にも手を染めるようになりました。現在では当然科学は物質科学と精神科学とに別々に考えねばなりませぬ。心霊科学なども無論後者の部類に編入されるのであります。この事に就きては他日筆を改めて論じましょう。

 宗教と科学――何と言ってもこの二つは人類の発達史上の活動の両親玉であります。哲学だの、文芸だのもなかなか大切なものに相違ありますまいが、前二者にくらべるといくらか人生の根本問題に触れ具合が薄弱で、間接であります。科学と宗教とがあっての哲学であり、文芸であって、哲学と文芸とがあっての科学であり、宗教であるとはどうしても考えられないのであります。

二 科学の目的手段

三 科学の到達する範囲

四 科学の限界

五 心霊科学の性質

六 宗教への通路


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第三号

発行: 1925(大正15)年3月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、黒丸傍点表記を、下線付強調表記に置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年12月18日

※ 公開:新かな版    2007年12月25日


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