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予言

△予定とか予算とかいうと何となく事務的に聴え、予報というといくらか学究くさい響きを伝え、予期というと多少の信頼を起さしめるが、これに反して予言というといずくともなく出鱈目式眉唾式の匂いがする。この出鱈目式眉唾式が普通霊覚の属性になっているから恐れ入る。

△しかしながら静かに考えて見ると人間の努力の大半は予言の可能を目標として進んでいるらしい。酸素一と水素二とを加えればその結果としてかならず水を得る。――これは化学者の予言である。チブスの黴菌ばいきんの附着した食餌を摂ればその結果としてしばしばチブス患者になる。これは医学者の予言である。んな予言を何人なんびともとがめるものがない。他なし正確味に富んでいるからである。

△つまり予言そのものの本来の性質が決してるい訳ではなく、その予言の正確味の大小有無が問題となるに過ぎない。霊覚者の予言が不信用であるのはそれが不正確であるめで、若しも百発百中決して誤らざる予言であるならば、大々的の尊敬を博することになるかも知れない。イヤ古来の記録等を見てもたしかにそんな趣が見える。

△予言などは決して為すべきものでない。――これはたしかに実行上の好指針である。縦令たとえそれが正確な予言であるにしてもそれが正確であることを予知する事が現状においはなはだ困難である。結局屋上屋を架することになる。

△正しい予言が今後永久に出る見込がないということははなはだ乱暴過ぎる予言であるが、現在世間に流布されつつある予言に一つも信頼するに足るものなしということは正当と認めざるを得ない。何となればそれ等が一つ一つにはずれつつあることは既知の事実だからである。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第三号

発行: 1925(大正15)年3月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年12月18日

※ 公開:新かな版    2007年12月24日


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