心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第三巻

◇ らっきょうの皮

△不安――現代にこの空気がすこぶる濃厚に漲って居ることは疑われない。何がその原因であるかということまでは何人にもはッきり判らないようだが何となく人心の奥に落付きがないことは確かである。上手に気休めを言ってくれるものは沢山あってもそれを本気に受取る者は一日又一日と減りつつある。学者の断言も、宗教家の説法も、愛国者の計劃けいかくも又霊覚者の予言も誰も余り当てにしなくなっている。これは日本国でしかるのみでなく、欧米においても同様であるらしい。

△幽玄微妙にして捕えることのできぬ不安――一の不吉なる予感と言ったようなものはしばしば個人の場合にもある。そしてしばらく不安の幾日かを過した後で、それが心霊の世界の奥深い所から発した一の警告であることが判ったというようなことは決して尠くない。恐らくこれは国家としても、民族としても、さては人類全体としても同一であろう。イヤ同一であらねばならぬ。

△人の心の組織はらっきょうに似ている。外皮を剥くとその下に一枚の皮がある。その一枚を剥くと又その下にも皮がある。剥いても剥いても容易に剥き切れない。心霊の研究というものはつまりらっきょうの内面に向って一皮づつ剥く仕事である。辻褄の合わない迷信の皮、先入的僻見の皮、利害や好悪の方向の皮などがすッかり挘り取られたところへ達してもまだまだ何枚も剥くべき皮が残る。衣食住その他の慾望を有っている人間には恐らく全部剥き切れはしまいと思うが、兎に角その方向に進んで行くのが心霊科学の本領である。

△現代人類の間にみなぎるる不安の念がらっきょうの皮の何枚目から発しているか? 其所そこまで皮を剥いて行くことは蓋し心霊科学者のもっとも切実なる仕事の一つであろう。それができずにこの不安の空気の一掃さるる望みは絶対にないと思う。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第二号

発行: 1925(大正15)年2月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年12月7日

※ 公開:新かな版    2007年12月9日


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