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瀧川辰郎氏の霊媒現象

―紹介と批判―

 

一 最近の瀧川君

 瀧川辰郎氏が霊媒的天分の所有者であることは同君の知人の間にはかねて周知の事実であります。特に私自身は同氏の能力の最初の開拓者であり、又その後も心霊研究の同人の一人としていろいろの交渉を重ねて来ましたから、恐らくその点に就きて一番よく知悉しているものの一人かも知れません 。

 が、ツイ二三ヶ月以前までの私は、同君の霊媒能力には余り重きを置くことがきませんでした。その主なる理由は同君が霊媒としてとうとの純真なる覚悟がついて居なかっためであります。瀧川君という人は文章も書ければ事務も執れる。教師にもなれれば演説もやれる。なかなか多芸な方である。 ことにかの大景気時代において一度企業的興味を覚えているのでドーしてもその方面の未練が失せない。それではドーしても霊媒たるには不適当であります。縦令たとえ素質はどうあろうとも窮極の発達は覚束ない。事業の経営や学問の研究は徹頭徹尾打算で始終せねばならぬ。霊媒現象は打算ヌキの仕事である。この氷炭相容れざるものを一つの体で使い分けようとするのは随分無理な註文で、全然不可能ではないにしてもほとんど大成の望はないに決って居ます。せいぜい甘く行ったところでデイレツタントの上乗なるものになってしまいます。

 ところが瀧川君は去年の夏から秋にかけてある種の企業において大大的苦楚を嘗めさせられました。これは一方から云うと、誠にお気毒千万でありますが、しかし見方によりては瀧川君の最大長所を発揮する為めに必要なる一の道程であったと云っても差支ないかとも思われます。私の見る所によれば多芸多方面の人は要するに未製品であります。その特有の天分の所在地が判らずに八ッ当りをして居る最中であります。人間の天分は唯一つしかない訳です。又んな人間でも一つの長所はかならずある筈です。周囲の境遇上終生その天分を捜し当てずにマゴマゴして死んでしまう不幸な人間も沢山ありますが、人物経済上これは非常な損害であります。一本調子な人間はその点において間違がすくなくて済みますが瀧川君のごとき八方美人式才人は兎角迷い易く、しくじり易いようであります。こんな人は余程行詰りでもしなければとても自分の執らねばならぬ唯一の針路に向って直行はしないようであります。

 ところが瀧川君は最近事業の上に行詰った。同時に又愛妻の死という人生の最大悲惨事にも直面した。『試練』という言葉は近頃安価に使用され過ぎますが、瀧川君の一身上に出来せる二大事件は立派に『試練』の二字を冠して恥かしからぬ性質のものでありました。

『首尾よくこの試練に打勝って呉れればいいが……』

 友人としての私は内々そんな杞憂も懐かんではないのでした。人によりてはこの程度の災難、事によるとこれ以下の災難にも挫折する例がすくなくありません。ところが瀧川氏は周囲の難局の中から立派に復活してくれたようであります。しかも同君の復活には立派な自覚が伴って居るようであります。

『事業経営家としての私の能力は今度という今度で試験済みです。私として生きるべき唯一の道は霊媒たることであると感じます………』

 同君の口からはしみじみとんな述懐の言葉が漏れました。これは利害得失の打算からでなしに漏らされた純真の言葉と感ぜられます。私は日本国内に、一獲千金を夢みる似而非えせひ霊覚者、売名栄達を事とする活神式バケ物等の余りに多きに弱り抜いているものの一人であります。もっともすぐれたものでも兎角人間ばなれ、世間ばなれがし過ぎていて社会人生との交渉が空疎に過ぎる憾があります。日本の心霊研究が今日まで水平線以下に沈淪し勝ちであった最大原因は実にその点に存じます。この際瀧川君のような自覚せる霊媒志願者が出現するということは誠に日本国のめに慶賀すべきであります。この種の自覚者がせめて三五人出現した時に日本国は初めて第一義の精神問題に向って嘴を挿むの資格が出来ます。

二 亡妻の憑依

三 死の直後

四 白雲に乗じて


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第三巻第一号

発行: 1925(大正15)年1月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年8月6日

※ 公開:新かな版    2007年11月28日


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