心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第二巻

心霊問答

□ 憑霊現象

乙。十一月号でしたかね、あなたが憑霊現象を本誌に書き立てるように発表されたのは……。本当にそれを御実行ですか?

甲。むろんボツボツ実行にかかりたいと思っています。

乙。まだと早すぎはしませんか? うッかりすると又誤解のもとですよ。いかに時代遅れの日本の思想界でもモー辻褄の合わない唯物説を真向まつこうに振りかざすものはそろそろ品切れになりましたが、しかし憑霊現象を認めるまでにはまだ距離があり過ぎはせぬかと思います。今日日本の学者、思想家などの間で一ばん流行はやるのは宇宙の大霊説――物心一如の唯一本体を唱道する位のところでしょう。唯一本体説もはなはだ結構ですがそれは人間の推理の最後の帰着点であって、哲学的には大切な問題ですが、人生の実際問題には少々かけ離れ過ぎて居ます。宇宙の大霊から一足とびに現象の物質世界へ直通汽車を架設しようというのは余りに考が空疎に過ぎます。丁度ロンドンへ旅行せんとする人が、自分の目的地はロンドンであるということを知っている丈で、途中の山、川、海、陸等について一切無知識であるのと同様であります。それでは実際の旅行はできはしません。よしきたところで随分途中で魔誤魔誤まごまごするに相違ありません。在来の宗教などというものはこの途中の道案内のつもりで出現したのでしょうが、随分ゴマカシの多い案内書で、却って旅客を邪路に迷い込ませるような危険も伴っていました。例えば香港辺へ引張り出して置いて、これが目的地のロンドンでございなどと、飛んでもない嘘を教えるような趣がありました。人生の旅客こそいい災難で、お蔭さまで世界の人類は所謂いわゆる人生の帰趨きすうに迷い、随分血眼になって見当外れの行動ばかり取って来ました。この種の案内書に向って不信認を唱え出したのが頭脳の緻密な科学者達で、約一世紀がかりで見事に旧信仰を根柢こんていからひっくりかえしました。――ひッくりかえしたのはいいが、しかしそれに取って代るべき正確な道案内書が容易に現われないのは世界の人類に取りて容易ならぬ損害でした。その結果は世界人類の盲目的争闘となりました。同一目的地に向って仲よく手を引き合って人生の旅をつづけるべき筈の人間が途中で大喧嘩をおッぱじめ、前進どころか、却って後戻りをやらかすような醜態を演じました。五年に跨るかの世界大戦などというものが生れたのはその結果であります。――これではならぬと気がついて人生の最後の目的地に向って進むべき正確な道案内書を作製しようと惨澹たる苦心を重ねることになったのが所謂いわゆる心霊研究者であります。不正確な旧宗教も駄目だ。さりとて無目標の物質主義もまた駄目だ。現象の世界の奥にはたして心霊の世界があるか、無いか。若しあるならその組織と規則とははたしてんなものか。――んな事を着実に、綿密に、一々科学的の実験実証と論理的の推理推論とによりて追窮を始めて行ったのであります。残念ながらこの方面の研究は欧米の人士の方がわれわれよりも遥かに先手を取りました。日本人が物質科学の輸入に血眼になっている最近数十年間に、欧米の一流どころの学者思想家のある者は早くもこの方面の研究に着手し、最後にかの大戦を境界として一大飛躍を遂げ、今日では押しも押されもせぬ立派な心霊科学を築き上げ、物質科学と両々相倚あいより相扶あいたすけ合うところまで進歩しました。むろんまだ未完成の個所は残っていますが宇宙人生の道案内書としてそろそろ恥かしからぬものになり、立派に前時代の宗教の道案内書に取って代ることができるようになりました。――が、それは欧米の学界、思想界のことであります。日本国ではロシア人の心霊的興行などを見て不思議だなァと感心する位のところで、一番気のきいたところで、前申すとおり途中ヌキの宇宙大霊説などを臆面もなく振りかざす先生が多数を占めます。そんな時代にあなたがイキナリ憑霊説などをかつぎ出したところではたしてれほどの理解者を得ましょう? 第一憑霊などというと人ぎきがるいです。万物の霊長たる人間に地縛の亡霊だの動物の悪霊だのがくッついてわざわいをする……。そんな事を素破抜いた日には誰だって厭になってしまいます。内証は苦しくても外面うわべで綺羅を飾りたいのが当世の人情です。人三化七……。事によると人一化九位が通り相場である現代に憑霊説は到底持てはやされる見込はありませんよ。モすこし時節を待って発表されたらいかがです?

甲。イヤあなたの御説にはたしかに一応御尤ごもっともな点があります。私も今から十年許前に憑霊説を唱えたので四方八方から総攻撃を受け、ほとんど再びつことのできないほどの打撃を受けました。ですから憑霊説の不人望であることは私の方が皆様よりもあるいは一層よく承知して居るかも知れません。それでありながら私がここに又も憑霊説を持ち出そうとするには其所そこに相当な理由があるつもりです。これでも数年間調査に調査を重ね、考慮に考慮を積み、静かに利害得失をも打算した上での仕事なのであります。一たい心霊問題と云ってもその目標はあきらかに二つに分れます。一は純学術的研究、換言すれば研究のめの研究であります。二は心霊研究が社会人生に対する価値の問題であります。どちらに行きましても互に相倚あいより、相助あいたすけて進まねばなりませんが、しか其所そこに重きを置く所の着眼点に自然相違を生じてまいります。純学術的見地からすれば憑霊現象は多くの心霊現象中の只一つに過ぎません。これのみを特に取り立てて大声疾呼しっこする必要はありません。ところが人生に対する価値問題から考察すれば憑霊現象は一切の心霊現象中の中堅であると愚考されます。私の頭脳あたまは常に後者の方に向います。人並ひとなみに実験もやり、調査もやりますが、そのつづきとして常にそれが人生に及ぼす価値、影響という方面を考えずに居られません。そこで是非とも憑霊説を学問的に確立して置かねばならぬ必要を生じて来たのです。

乙。御尤ごもっともなふしもありますね。が、一たい憑霊現象が社会人生に対して有する価値というのはんな点でしょう?

甲。軽々に断案を下すことは危険ですが、私の見るところによればその価値はほとんど絶対、すくなくとも絶大と言ってよいかと思われます。換言すれば憑霊現象の理論を確立せずに深く人生問題を論することは全然不可能だというのです。丁度動力問題をヌキにして器械学を完成することが不可能であるのと同様です。極端に申上げると人間の生命その物も一の憑霊現象であると言っても良い位です。その他は推して知るべきでしょう……。

乙。そう仰ッしゃればあるいはそうかも知れませんナ。しかし普通憑霊現象といえば神がかりとか、発狂とか言ったような変態現象を指すように存じますが……。

甲。無論それはそうです。われわれの研究対象としてはそんな所から出発せねばなりますまい。現在世の中には従来のヤリ方で手に負えぬイヤらしい現象が山ほどあります。肉体の病気のみでも大変です。諸種の精神病、遺伝病、ヒステリィ、癲癇、そのほか不治の諸症………。そんなものは立派なお医者さんも手を焼いて居るそうです。道徳上の犯罪に至っては一層猛烈で、現代社会は正に一大病院の観があります。んな時代に百の耆婆扁鵲ぎばへんじゃくが現われても千の孔子様が出て来ても容易に社会人生の改善は覚束ないと思われます。何故なぜかというにんなアクどい時代にはもッと深刻な根本療法を講ずる必要があるからです。根本療法というのは心霊療法より外にありません。即ち裡面において精神並に肉体を害傷しつつある所の毒物――肉眼や器械ではつかまらないのでい気になってイタズラをして居るところの厄介物を処理して行くのでありますが、それをやるとドーしても心霊学上いわゆる憑霊現象という形になって現われて来るのですから、憑霊現象ヌキで社会人生の諸問題はとても根本的に解決し得ないことになるのです。実は私もできることなら成るべくこの厄介な問題に触れずに進みたいと思って、この数年来自重して居たのですが、こちらで愚図ぐず愚図ぐずしている中に欧米の心霊学者の方からドシドシこの方面の開拓を始めて来たので私も黙っては居られなくなりました。

乙。欧米ではんな人達が憑霊現象の研究者ですか?

甲。沢山ありますよ。真面目に心霊現象の研究を試みて居るもので最後に憑霊現象に突き当らないものはただの一人もありません。――が、その中で、医者として深刻な研究を逡げたのは米国のウィックランド博士です。その夫人が憑霊現象の研究をるのに誂向きの霊媒なので、前後三十年にわたりて驚くべき実験を重ね、最近世界の学界に向って実に貴重な報告をしています。私はそれを一読した時にほとほと感心してしまいました。『私の味方がここにも出来た』――私は覚えずそう叫びました。私は不取敢とりあえずウィックランド博士の実験録の中から有益ためになるものを選んで本邦の識者に紹介しようかと考えています。

乙。その御方針には私も賛成です。日本では何をやるにも西洋種で口火を切る方が通りが宜いです……。

甲。イヤ全く……。


開かれぬ扉?

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霊媒の自覚


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第十一号

発行: 1924(大正14)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年7月10日

※ 公開:新かな版    2007年10月31日


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