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心霊座談会記事(第五回)

――大正十四年十月十一日午後一時より――

――牛込区弁天町志村氏邸において――

 九月中にも本会の座談会は東京市内で前後四回ほど開かれましたが、一般に御報告するほどの事でもありませんでした。十月に入って初めて開かれたものが今回の志村氏邸の座談会であります。今回は秋山命澄氏の読心術実験もありまして近来になき有意義な会合でありましたからその概況を報告することに致します。当日の出席者は私(淺野)の外に志村保一氏、同夫人、同令嬢、令息、都築充親氏、安孫子貞次郎氏、渋谷博通氏、佐々木俊一氏、大山穿石氏、藤井大星氏、小板忠重氏、岩佐潤太郎氏、岩田四郎氏、岡村千曳氏、木下亀城氏、吉岡礼一氏、吉池慶正氏、猪木字二氏、小牧操子氏、並に秋山命澄氏等約二十名に上りました。

 午後三時頃迄は各自の間にいろいろ心霊談がはずみました。中にも安孫子氏のごときは日本に於ける心霊研究者中の先覚者でありまして、欧米の心霊書を博く渉猟し、就中かの有名なる『評論之評論レヴュー・オブ・レヴュース』主筆ステッド氏などには滞英中に何回も親炙しんしゃしてその研究の実際にも触れられた方ですから、いろいろ突込んだ質問等も発せられました。又木下氏も大変御熱心な方で、最近私の事務所をおとずれ、熱心に会見を求められましたので、私から本日の会合を報告し、臨時に御出席を願ったような次第であります。

 午後三時頃から私が皆さんに向って一場の実験談を試みました。主として『憑霊現象』を中心とし、私が過去十年間、遭遇せる事実談を申上げ、心霊研究としてこれから劈頭へきとう第一に立証確立せねばならぬ大問題は憑霊現象の事実であらねばならぬことを約二時間に亙りて申上げました。無論さしたる腹案もあった訳ではなく、ホンの一場の座談にとどまりますが、しかし私としては今後全勢力をこの方面の解決に挙げねばならぬと痛感して居りますから、ある程度までは腹蔵なく所感を申上げました。実際私自身は本誌として何よりきに形附かたづけねばならぬ問題は

 憑霊現象の科学的証明

であらねばならぬと衷心から考えて居ります。十年以前私がこの問題を提げてちました時には四方八方から愚弄ぐろう冷罵れいばさかんに起り、余ほどの山師か変態心理者かのように攻撃されました。当時の新聞、雑誌並に著書等は立派に保存されて居りますから何よりの良い証拠物件であります。

 その時代の欧米心霊研究者もまだ思い切って憑霊事実を真向まっこうに振りかざすものが無く、心霊現象といえば大概卓子テーブル浮揚とか、幽霊写真とかでラップとか、自動書記とか、透視とかの諸現象をただ外面的に報告する丈でしたから縦令たとえ相当熱心な研究者でも憑霊事実が左程学術的に有力なものとは思いも寄りませんでした。そんな事情におかまいなしに、赤裸々に動物霊の憑依事実などを発表した私が袋叩きに逢ったのも全く無理のないことと考えられます。――時代は一変しました現在の真の心霊研究者で憑霊現象を認めないものが果して一人でも存在するでしょうか?! 日本国内で憑霊現象を否定せんとする学者が山ほどありましても最早私の味方は全世界に漲って居ります。これでは私としても最早尻込みをしてばかりは居られません。私はず事実の証左と科学的の理論とを以て反対論者と闘ひます。それでもお不徹底だというなら、致方いたしかたがない実験で闘ひます。私は覚悟をきめました。従って私の雑誌は今後しばらく憑霊現象で持ちきりになるかも知れませんが、その点は神聖なる学問のめに幾重にも御辛抱くださることを前以まえもってて会員読者諸君にお願い致して置きます。

 午後五時私の座談が一とず終りますと、早速秋山さんにお願いして読心術の実験をして戴くことになりました[#行末]。

 秋山さんは至極謙遜な態度で起ってう言われました。――

『私は今日はただ浅野さんのお話を伺いに上ったのでございますが、皆様の御希望もだし難く、私の自得せる読心術の実験を行い、その後でいいさかその理論をお話し致したいと存じます。私としては読心術を全然科学の範囲内に引きもどし、若くは科学の領域を其所そこまで押し進め、全然奇蹟とか不思議とかいう分子を除きたいのが本願であります。御希望とあらばどんなお方でも二日ばかりあれば練習ができます。決してある特殊の人にのみ限った特殊の霊術ではございません。しかし世間には下らぬ技術……霊術でも何でもないものを勿体をつけて伝授料をまきあげて居るものが沢山ございます。私はそれと一緒にされるのがイヤですから此方こちらから進んでお教えするとか、又は興行するとかいうことは絶対に致しません。しかし御希望とあれば、歓んでどなたにでも公開いたします。……』

 実験の先頭は安孫子氏によりて行われました。安孫子氏はひそかに、

柱にかけてある縞のネクタイを志村夫人の右の肩にかけてください。』

と思念し、念のめに潜かにそれを紙片に書いて直ちにポケットに納めました。

 秋山氏は安孫子氏の片手を握りて立ちあがり、半恍惚状態に入りましたが、たちまその室の釘に懸けてある二本のネクタイの中縞の方を取りはずし、しばらく坐客の間を嗅ぐようにるき廻りましたが、二三分の後に室の末端に坐を占めた志村夫人の許に近づき、その左肩から右肩に跨りて右のネクタイを懸けました。

『ちょっと違ったが見事なものだ! ゼーゲル以上だ……。』

 そんな批評がしきりに坐客の間から起りました。

 第二回の実験には私が

『床間の前の仏像を藤井氏の膝に置くこと。』

と手帳に書き、例によりて私の右手を秋山氏に握らせましたが、これも約三分間許で見事成功。

 第三回の実験は志村氏が承り、

書棚の上のダルマ像を吉池氏に渡せ。』

というのでしたが、書棚の額とダルマとの思想の混線で、秋山氏は額を取りて、これをダルマと交換しました。

 第四回は吉池氏が承り、

お菓子皿の中の最中もなかを一個取りて志村のお嬢さんに上げてください。』

というのでしたが、これは一番成績が宜しく、約一分間で成功しました。

 前後四回の実験で、ざッと満点が二回、九十五点が一回、六十点が一回という成績でした。

『思想には一の流れがあります。』秋山さんはいと無造作に説明されました。

『こちらが無心になりて自分の我を棄てて先方の思想の流れに乗る工夫さえつけばこんな事は誰でもできます。手品ではないから所謂品明し式に、即座に伝える訳にはまいりませんが、少し練習を積めばどなたにもれます。んなことはほとんど心霊作用とは言われません……。』

 その理論は首肯されるにしても、されないにしても、その実地の手腕が誠に鮮かで、いささかの詐術の痕跡もないには一同感歎の声を放たずには居られませんでした。

 秋山氏はお引きつづいて、医者の所謂いわゆる不随筋を随意に使う実験――手の脈搏を勝手に止めたり、両耳を勝手に動かしたりする実験をもきわめて無造作に、しかし極めて鮮かに行われました。

 散会したのは午後七時頃でした。

(淺野)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第十一号

発行: 1924(大正14)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年7月13日

※ 公開:新かな版    2007年10月25日


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