心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第二巻

心霊問答

▲開かれぬ扉?

甲。開かれぬ扉とは全く面白いですな、ドーモ……。

乙。開かれぬ扉? 何ですか、それは……。何にか泥捧困らせの金庫でも発明されたんですか?

甲。ソーじゃありませんよ。あなたはまだこれを御覧にならないのですか? なかなか評判ですよ……。

乙。婦人公論じゃありませんか、それは……。

甲。この表紙の下部したのところを御覧なさい。

乙。エーと秋季特別号――『開かれぬ扉号』――ナァーンだ! 近頃ほかの婦人雑誌でもよくっているような不思議現象の蒐集号ですね。ちっとは良い材料が集まっていますか?

甲。私もちょいちょい拾い読みをした丈ですから批評などは想いもよりませんが、しかしその内容と標題とがうもピッタリ当てはまっているのは恐らく沢山にないと思いますね。――開かれぬ扉、とは実にうまい名前をくッつけたものだ。

乙。僕はむしろいよいよ開かれた扉、とでもしたほうが面白いと思いますが……。

甲。そうはいけませんよ。扉が開かれぬからそれで開かれぬ扉号なのです。近頃どの雑誌でもよくる特殊の問題を指定して諸大家の意見を蒐集することが流行で、まことに結構なくわだてでありますが、しかしこの婦人公論の『開かれぬ扉号』に蒐集された諸大家の心霊問題に対する御意見ほど矛盾不統一を極めたためしは、雑誌界開闢以来恐らく絶無ではないでしょうか。ある寄稿者はきものそのほかの諸心霊現象はすべて迷信で、『現代の精神病学や、変態心理学の研究の結果、それが決して神怪的なものでないことがあきらかにせられて居る』などと飛んだところで精神病学や変態心理学の提灯を持って居る。

乙。こいつァ驚いた! 若しその人の言っているところが事実ならさしづめ神秘の扉は精神病学と変態心理学との鍵ですッかり開かれた訳になりますが、そんな嘘を平気で言う人はと精神に異状があるのではないでしょうか?

甲。これこれ滅多なことを言ってはなりません。自分の関与している学問に熱心になりすぎると、誰しもツイんな極端な我田引水をやりたくなるのが人情です。われわれはその誤れる意見には賛成すべき限りでありませんが、自分の志すところに熱心なところは多少買ってやるべきであります。おこの寄稿者なども、決して全部の心霊現象を否定しているわけではないらしく、なかなか綿密に古今東西の記録類を調査して居られるが、ただ非常に用心深い方と見え何一つとして最後の肯定を下すところに達していない。他日こんな人が自分自身で何等かの確実な体験に接する機会があったら一躍して心霊事実の肯定者となるかも知れない。何事にかけても百聞は一見にかずでありますが、心霊現象において特にその感があります。畳の上の水練式に、単なる書類の調査位で心霊問題を取扱おうとしたってそりャ無理です。とても判りっこはありません。彼様ああでもなし、斯様こうでもなし、すべったとか、転んだとか、何方どっちつかずの中ブラリンで終りになってしまいます。其処そこへ行くと体験家には強いところがあります。現にこの開かれぬ扉号の中にも載せてある山中峰太郎という方の『私の千里眼』という記事などは実に力強いもので、あれには私も衷心から感心しました。事実を知らない人の小理窟と、事実に直面した人の告白との間にはうも生命の躍動が相違するものかとつくづく感歎されます。『開かれぬ扉号』の他の一切の記事が取るに足らぬ駄文字ばかりだったとしても、その中に山中氏の一文を収めたことで充分の意義があると思います。

乙。ドーも大へんな讃め様じゃありませんか? 何所どこえらがソー結構なのです?

甲。何所どこと云って、ずその自他を詐らざる純真そのもののような態度が何より難有ありがたい。地位とか、学問とか、名前とかに捕われているものの言葉には、あるいはそれが有意識でないかも知れぬが、何やらいやしい不純分子がまじって来る。ある心のささやきをわざと隠したり、又はそれをわざと歪ませたりする小細工が見える。はなはだしいところになると自分では何の確信も知識もなしに堂々と法螺を吹いたり何かする。ところが山中氏には――すくなくともの一篇にはそんなイヤ味が味塵もない。素直にありのままに自己の体験と所感とをさらけ出してある。

乙。ソーですかね。私も一度あの方の書いたもので『われなんじを救う』とか何とか題した書物を読んだことがございます。ヤソ教と親鸞教とをごっちゃにしてしきりに他力の功徳を謳歌してあったように記憶していますが、何やら奥歯に物のはさまった、独りよがりの薄暗い影が立ちこめて充分の満足は得られませんでした。『自分はここまで悟り得た。君達もついて来たまえ。』――悟るまでの手つづきは少しも白状しないで、矢鱈にんなことを言っているような趣が見えていました。それ以来僕はもーこの人の書いたものは読まなくても良いと、感じて居ました。ところが今あなたの仰っしゃるところを見ると、山中さんもドーやら黒幕をめくって正面の舞台にのり出したように見えますね。一体んなことが書いてあるのです? ちょっと読ませてくださいませんか。

甲。拾い読みをして要領を得ようと思えばの辺がいいでしょう。

乙。エート、『工兵科の生徒が掘った塹壕の底に、夜更けになると寝室を抜出してひそかにはいった。地下の闇に囲まれて、あらゆる意識を殺そうとした……』――イヤ矢張っていたんだね。ソーならなければならない筈だ……。

甲。そのきをモー少し御読みなさい。

乙。『けれどもいわゆる雑念の執拗なもつれが、それを絶ち断らうとするだけねばりついて離れなかった。これが端的に苦しかった。と共に、苦しさに衝かれてなおも雑念を殺すべく一心に闘った。毎夜これを繰返している、その時々に、ふとしたはずみに、現存する意識が、すがすがしく不意に透き徹り、異常な勾うような快感を覚えることがあった。陶酔――恍惚という種類のものではなく、はっきりと爽かな、澄み切っている快感だった。が、そこにはだそう感受する自己があった。……これをも殺し尽すことが、およそ一ヶ月程の間、私に不可能だった。「無」を認識する「有」が離れなかった。』――フムこいつァよく書けている。文字の上の遊戯でなくして、たしかに生きた体験の記録だ。

甲。ついでにモーすこし読んで御覧なさい。

乙。『四月二十二日の夜だった。遂に、自我を殺そうとする最後の自我が殺された。「無」も無き「無」に殺された。その時私はあぐらを組んで砂利の上に坐っていた。――一切が無くなった、と意識する自分も無く――幾秒か幾分か幾時間か過ぎた。――測り知られぬ深さの垂直の杭、その暗闇たる底の方から一の真黒な球塊が、極く静かに、それ自身で緩かに上ってくる。これが絶後に生れた最初の感覚だった。――その真黒な球塊が自分だった。そして静かに緩かに速度を加えて上ってくる。これが第二の感覚だった。――だんだんに早く滑かに、と感じた時、その自分が忽然と地上に出た。途端に私は現前する。――あぐらを組んで砂利の上に坐っている自分を見た。一切のものが皆悟っていた、ありのままが絶対だった。人生とは? こうしているのがの目的だった。自己とは? この自己が即ち自己だった。余りにも平凡な解決に、私は悦びの声をあげた。独りで笑いに笑った。』――成るほどこいつァ正直な告白だ。先生これ丈の経験をっていながら、それを隠して置いて『われなんじを救う』式の抽象的概念を並べたり何かするからけない。しかしこれは独り山中さんを責めるべきではない。自分だけ悟った顔をしてここまでお出でをきめたがるのが、一般に東洋式、就中仏教かぶれのした連中のるい癖と考えられますが、いかがなものでしょう?

甲。ソーかも知れませんね。兎に角知っている癖に知らん顔をして済まし込むのと、知らない癖に知ったかりをして学究くさい顔をするのとは共に感心することがきません。心霊研究ということはつまり人間生活の根本義に対するソーした虚偽の態度を根本的に覆して、正直な、真面目まじめな、視野の拡大した、明るい人生を地上に実現せんとする痛切な欲求のあらわれであります。現在心霊研究が主として変態的な特殊の心霊現象を取扱うのはむしろ扉を開くめの手段であって、決して最終の目的でないのであります。一旦扉が開けてしまえばもッともッと人生の活きた、大きな道を奥深く突ッ込んで行かねばなりません。そうなってからは心霊研究も初めて本当に面白くなって来ますが、今のところでは詐術であるだの、ないだのというところで低空飛行を行って居なければならない……。

乙。何にしろ開かれぬ扉号の時代ですからね。こんな時代には扉を開く役目よりも扉をめる役目の方がむしろ気がきいているかも知れませんね。

甲。全くですよ……。

 


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憑霊現象


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第十一号

発行: 1924(大正14)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年7月10日

※ 公開:新かな版    2007年9月5日


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