心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第二巻

心霊問答

□ 個人雑誌ということ □

乙。あなたが『心霊と人生』にわざわざ個人雑誌と銘打ったに就きてはいろいろの異見や非難があるようですね。

甲。そりャそうでしょう。何を試みたって全部の人達から賛成される筈がありません……。

乙。あなたはすぐにそんなことを言ってすまし込む悪い癖がおありですが、向後はちっとお慎みなさいませ。殷鑑遠からず、あなたの大本教時代を回顧なすったら、いわゆる思い半ばに過ぎるものがありましょう。竹槍十万本……十人生埋……愚夫愚婦を惑わす山内伊賀之助式大陰謀家……伏魔殿の最高幹部……。あなた御自身では恐らくそんな世評をきいて、『んの莫迦莫迦しい。くだらない人間にはくだらないことを勝手に言わして置け。吾輩は微力の及ぶ限り心霊問題を一生懸命研究すればいいのだ』、位に思ってせせら笑って居られたことと存じますが、その結果はどうです? 一犬嘘を吠いて万犬実を伝うとは実によく言ったものです。大正八九年頃から今日に至るまであなたの評判の悪いことと言ったら一体ドーです? もっともあなたの評判の悪い位は一向構わないとして、それがめに日本の心霊研究の進歩がどれ丈阻害されたとお思いです。霊術といえばすぐに陰謀、神懸りといえばすぐに山カン、とほとんど相場がきまっている位になっていましょう。元をただせばその責は何所にあります。あなたが余りすまし込んで心霊問題に全く理解のない新聞社の方々や警察の方々を鼻であしらったりんかしたことがたしかに有力な原因の一つになっています。解らない人々は叮嚀ていねいに説明してあげ、取違いをした人には腑に落ちるように釈明してあげさえすればあれほどまでに袋叩きに逢わず、日本の心霊研究がモちっと順調に進んだかも知れません。――しかしまァ過去のことは致し方ないとして今後は大に慎重の態度を取り、ちょっとした事でも頭から軽視せぬよう注意せんければけないと信じます。

甲。イヤドーも大変なお叱りを受けちまいましたね……。全く私は用意がはなはだ足りませんでした。今日ではこれでもせいぜい注意して居るつもりですがまだドーも一本調子なところがあってけません――しかしこの雑誌が個人雑誌と名告なのったことに就きてそんなに皆さんから異論があるでしょうか? あべこべに私は各方面の関係者から大賛成の意を表した手紙を何通もいただいてよろこんでいますよ。

乙。迂遠うえんですね、どこまでもあなたは……。それだから誤解されるのです。

甲。そうでしょうか?―― 一体どんな非難があるのです?

乙。第一の非難は本誌が心霊科学研究会という一の研究団体の発行にかかりながら、平気で個人雑誌などと銘を打つことの不都合な点です。

甲。そりャんでもないことですが……。

乙、イヤ大にんでもあります。すくなくとも論理上いかにも不都合です。会は個人でなく、個人は会でない。

甲。成る程そういえばそうらしく考えられるかも知れませんが、私の方ではソーは考えません。編輯は私一人で負担するからそれで個人雑誌。維持は会員でやっているからそれで心霊科学研究会の発行――ういう訳です。心霊科学研究会は御承知のとおり大正十二年の春若干の人々の首唱によって東京で組織されたもので、今日ではその会員が全国に跨り、海外にも多少会員が出来てまいりました。私自身は創立者の一人であり、評議委員会から推されて引きつづき常務委員として会務を処理していますが、その間には大震火災に遇ったり、一時大阪方面に引越して辛うじて雑誌の刊行やら心霊実験やらをつづけたり、これでも微力の及ぶ限り本会の経営発展に努力しているつもりです。今日ではボツボツ具眼の先覚者が現われてまいり、又見るべき心霊現象が続出しかけましたので、会として真の確乎たる基礎が成立するに近づきましたが、それにつけても今が何より肝腎かなめの時であります。ワッショイワッショイ矢鱈に詰めかけられた日には折角燃えかけた大切の火種が踏みにじられてしまいます。心霊科学研究会としては最早宣伝の時期でなく、穏健着実な実行実施の時期であると信じられます。宣伝をやったり、同時に研究を行ったりはきません。そこで私としては今回東京へ復帰したのを機とし、皆様の御賛成を得てできる丈会務を引緊め、雑誌のごときも少々無理ですが私一人で執筆することにしたのであります。無論これは基礎工事を施す間の臨時の仕事です。本会創立の大目標たる実験部、編輯部、図書部、養成部、調査部等の各機関が整頓された暁には、某々の個人雑誌などというものは自然に消滅します。私としてはその時節が一時も早く到来するのを一日千秋の思いで待っているものであります。――イヤ心霊科学研究会の常務委員なんて、飛んでもない仕事を引受けさせられたものですよ。金はなし、人はなし、そうかと云って一旦引受けた以上、まかり間違って潰しでもしては皆様に申訳はなし、全く生命がけの仕事です。

乙。あなたとすれば全くそうでしょう。しかし世間の口というものはうるさいもので、会が微力な間はまだそれほどでもありますまいが、心霊科学研究会が押しも押されもせぬ天下の心霊学会と認められるような暁には恐らく大変です。横暴を極むる浅野某……。きッとそんなことを言われますよ、あの大本教時代のように……。

甲。大丈夫ですよ。私はそれまでには仙界へでも遁れてしまっていますから……。アハハハハハハ。

乙。例の張良范蠡はんえんの筆法ですかね。――それはそうと個人雑誌ということに対してはまだ他にも有力な非難があります。

甲。まだあるのですか! そいつァ驚きましたね。ドーいう非難です?

乙。心霊研究は民衆と共にあるべきものである。心霊研究を個人的に独占せんとするのはあきらかに時代錯誤だ……。

甲。米の買占と個人雑誌とを同様に見た論法ですね。人間の頭脳もひねくるとなかなか面白い説が湧いて出るものですね。ドーです、あなたも一つ心霊研究の買占をやりませんか……。

乙。こいつばかりは御免ですな。米や石油なら金銭さえあれば買占がきますが、霊界の取引は金銭ではドーもうまく行きませんからナ。もっとも金銭で取引のきる霊媒もないではないでしょうが、それは宣伝用にでも使用する程度の、っちかといえば内容の貧弱な、そして品質からいえば余り上品でないものに限ります。真の深味のある心霊研究を遂げようとするのには、人格だの、誠意だの、力量だのという無形の資本を多量に要しますので、私などはそんな面倒な仕事に関係するのは真平まっぴら御免です。
甲。全くですよ。天下に何が割のわるい仕事があると云って、物質と縁の極めて遠い霊界との取引ほど割のわるいものがありャしません。心霊研究を独占せんとするのが不都合どころか、そんな殊勝しゅしょうな心掛のものが一人でも余計に出現してくださればわれわれはんなに心強く、どんなに双手を挙げて歓迎するか知れはしません。

乙。事によるとこの非難の真の意味は心霊研究を独占することがるいということでなくして、心霊科学研究会を独占するのがるいという意味かも知れませんナ……。

甲。成るほどそうかも知れませんね。イヤ多分そうでしょう。若しそうだとすれば心霊科学研究会の前途は大に有望ですね。私としては祝杯でも挙げたくなる……。

乙。何故なぜです、それは?

甲。だッてそうぢゃありませんか。従来はんな不人望な、こんな一文にもならない会は、熨斗のしを附けて進呈すると云ったところで誰も手を振って逃げまわったものです。ところがこの会に向って秋波を送る人が一人でも現われかけたというのは恐らく天下の機運が心霊研究に向って転換し始めた兆候に相違ないです。従来痩我慢やせがまんでこの会の番犬をつとめた私としても鼻が高い訳です。んなお目度めでたい話はありません。この種の非難が四方八方から雲霞うんかごと蜂起ほうきするようになればモーシメたものです。私は安心して誰か一ばん優れた適材に後をお譲りして山へでも何所へでも入りましょう……。

乙。あなたは二た言目にはすぐにそんなことを言いますが、まだなかなかそうお安く問屋で卸しませんよ。飛ぶ鳥は後を濁さずということがあります。立派に目鼻をつけた上でなければなかなか無罪放免にはなれません。皆さんがうして苦言を呈せられるのも恐らく皆あなたのめを思ってのことです。成るべくそれを善意に解釈して、御自分の短所を補うよう、夢にもひややかしたり罵ったりせぬように心懸けてください。モー一つの非難は個人雑誌が兎角一家言の観をなすのがるいというのですが、これなどは確かに服膺ふくようすべき事柄と思います。

甲。イヤ全く御意見の通りです。整理とか、統一とかいう点から考えれば個人雑誌に限りますが、うッかりするとその弊害は独断、管見、偏りよがり、自画自賛……。はなはだ狭い歪んだものになり勝ちな点であります。いやしくも一つの研究会をお預りしている以上、行き当りばッたり、その日の風向き次第でドーでもなるような無定見な真似は絶対にきませんが、中心の根本方針をきずつけぬ限り、私はできる丈広く大方の意見と学者の研究とをとり入れ、いよいよという場合でなければ、矢鱈に自己の主張を吐いて他を引き磨るようなことをせぬことに覚悟をきめて居ります。くれぐれも個人雑誌ということを狭義に解釈されては困るのです。私の個人雑誌という意味は決して自分一個の意見のみを吐くということでも、又他人の筆に成ったものをことごとく排斥するということでも何でもない。ただ誌上に載せる一切の文字には私が一旦かならず眼をとおし、必要あれば私見をも加え、あくまで編輯上の責任を一人で引き受けて、この雑誌を統一ある有機体にしたいというにあるのです。他にお心づきの点があったらいくらでも御注意を願います……。
乙。申上げますとも! あなたという人間は手放しにして置くと兎角良い気になって済まし込む悪い癖がありますから……。


職業宗教家の末路

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開かれぬ扉?


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第十号

発行: 1924(大正14)年10月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 入力:いさお      2007年7月10日

※ 公開:新かな版    2007年9月5日


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