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心霊問答

□何もかも心の不思議な働き

甲。近頃下らない俗事に追われてサッパリ何も読みませんが、何ぞ面白い名論卓説でも見つかりませんか?

乙。さァ、格別ドーも……。イヤありますます。すてきな名論卓説があります。但しそれはあべこべの名論卓説で……。

甲。あべこべの名論卓説? ドーいう意味です?

乙。淡泊に言ってしまえば愚論邪説というつもりで……。一体現代の宗教家というものの気が知れませんね。いい気になって大きな顔をして、ウソを人に教えようというのだからやり切れない。

甲。お話が大分出し抜けですね。あなたは何をそう憤慨しておいでなさるのです?

乙。ナニ実は先達せんだって読売新聞をのぞいて見ると、間がわるく大谷光瑞の随筆見たいなものにぶッつかったのです。新聞ではいかにも敬意を表していると言った塩梅に、よく人の眼につくように、丁度ちょうど仏像でも安置する筆法で、この名僧の書き散らした短文をある頁の先頭に安置……イヤ掲載してあるのです。ああされちゃ縦令たとえ読む気がない者でもツイ眼を通してしまいます。莫迦莫迦ばかばかしい!

甲。何を書いてあったのです?

乙。ナニ例のかびの生えた十九世紀式の唯物的一元説を勿体もったいらしく書いてあったのです。それはまりういう意味です。人間の精神は肉体を離れて存在するものでない。霊魂の特殊の存在を説くものは不可思議な精神の働きを誤認しているのである。――文句はすこちがいますがつまりんな意味のことを書いてあるのです。

甲。ただそれッきりですか?

乙。それッきりです。あたかもそれが千万世を通じてかわらざる真理でもあるかの如く、格言を書く筆法で、簡単露骨に言い切ってあるのです。大谷光瑞さんと言えば人も知る当代の大学僧、その身辺には相当の帰依者を集めて居る。んな人の書くものはその影響がなかなか大きいとわなければなりません。ことに日本の学界ときては十九世紀の旧夢から覚めきれず、んな邪説――んな大々的邪説の存在を、ある程度まで許す丈の寛容性を有っているのですから尚更なおさらその影響は恐ろしいのです。思慮の足りないもの、研究の未熟なものはあるいはソーかと勘違いするものがあるかも知れない。んな異端邪説は是非嫰葉ふたばの中に苅り取ってしまうべしです。それがわれわれ心霊研究者の神聖なる任務であると存じます。――イヤ年甲斐もなく飛んだイタズラをやる坊さんがあればあったものだ!

甲。大谷さんは最近の心霊研究が何の点まで発達しているのかまだ御存じがないのでしょう……。

乙。知らないなら知ないで黙って引込んで居ればいいです。知らずに駄法螺を吹くのは無責任です。知っているくせにわざとんな囈語たわごとをならべるのなら曲学阿世です。ッちにしたってめたことぢゃない。

甲。イヤ過渡時代にはんなことはよくある現象で……。そのうちだんだん真理は世界に光被します。人間の肉体を離れて霊魂が特殊の活動を営んでいることは科学的実験によりて証明された赤裸々の事実で、何人がこれを否定しようとしたって、あたかも天に向って唾を吐くと同様単に自分の面を汚す丈の結果になります。大谷さんなども御存じがないからあんな乱暴な事を仰ッし ゃるが、元来英邁無双のほまれ高きお方だから、一度か二度実地に触れさえすればきっと翻然として昨非をさとられるに相違ない。変態心理説、潜在意識説、唯物的一元説………皆一応御尤ごもっともではあるがそれですべての心霊現象を説明しようとすると飛んだ無理コジツケが出ます。透視や自動書記現象位のところならそんなところでお茶をにごしても通用するかも知れませんが、何もも心の不思議な作用で説明はできません。卓子が霊媒と離れて空中四フィートの高さに浮揚する。――それは心の不思議な働き。正確きわまる死者からの消息――それは心の不思議な働き。いろいろの物品が立派に引き寄せられる。――それは心の不思議な働き。実験室内で死者の写真が撮れる。――それは心の不思議な働き。んでもかんでも心の不思議な働き一点張りで押しつけてしまうのははなはだ世話は焼けませんが、しかし何の説明にも手がかりにもなりませぬ。

乙。イヤいっそのこと一切の科学、一切の研究をめてしまって、すべてを心の不思議な働きだけで押し通した方がいいかも知れません。太陽が東から出でて西に入る。――それは心の不思議な働き。林檎が樹の枝から地上に墜ちる。――それは心の不思議な働き。飛行機が空を飛ぶ。――それは心の不思議な働き。婦女の胎内から赤児が生れる。――それは心の不思議な働き。ラジオが聴える。――それは心の不思議な働き。光瑞さんが読売新聞に随筆を書く。――それは心の不思議な働き。冗談ぢゃない。野蛮人に汽船を見せると、艪もなければ帆もない船がドーして動くのかと不思議がるそうですが大谷光瑞氏の論法は正にその式ですね。物質的肉体を一の機械と見て他に非物質的動力を認める霊魂説と、肉体を訳の分らぬ不思議な作用の本体と考える唯物論と、ちらが進歩して居るかは、恐らく具眼の士の観過せぬところでありましょう。モーかれこれ議論の余地は絶対に無いと思います。

甲。ところが、なかなかそうも行かないのが実世間の常態です。人間は理性ばかりに生きるものでなく、しばらくは先入的因習に生き、又意地と我慢とに生きますからナ……。あと十年の辛抱がりましょうよ。

乙。ソーでしょうか。――イヤ世の中というものはなかなか面倒臭いものですね……。


箒式では駄目

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職業宗教家の末路


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第九号

発行: 1924(大正14)年9月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年7月05日

※ 公開:新かな版     2007年8月29日


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