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守護の天使

著者不明


私の守護の天使マイ・ガアディアン・エルゼル』と題せる一文が本年二月発行の米国心霊協会雑誌に載せてあります。筆者は米国東部の某市に住む知名の法律家らしいです。筆者のいわゆる守護の天使なるものははたして何者か? かれに憑依せる一の霊魂か? それとも単なる潜在観念の発動か? それは読む人の判断力、又霊的現象に対する予備知識の多少によりて多大の径庭けいていがあることと存じます。紹介者たる自分もこれに関しては機の熟するまでしばらく最後の断定を下して諸君を引き摺るような真似まねはしまいと思います。そうしたところが結局つまりませんから……。

(一)

 さて――と右の法律家は述べている――私はきることなら私の守護の天使の生前の面影を皆さんにお伝えしたい。彼女は……それは私の実母なのですが、南部の名家のうまれで、とある片田舎の小都会に住み、教育は一部は家庭、一部はニュー・オルレアンスの某尼院で受けました。

 私の書斎に懸けてある少女時代の肖像を見ても判るとおり、彼女は濃緑の眼ときれいな手を有った愛嬌のある金髪婦人でした。理智はすこぶる明敏、ことに会話上手でよく人をひきつけ、若い時にはさぞ持てはやされたものでしょう。母はかつて私にんなことを言ったことがあります。――『わたしは美人ではなかったが、資産家の相続娘というのでね、大分人からチヤホヤされたものなの。』

 少女時代を過ぎてから彼女は大てい病身でしたが、なかなか思いきりがよく、絶えず面白いことを言い、言わば快活なストイックともいうべき柄でした。私は永久に彼女をその肖像にある通りの若い婦人であると考えたい。彼女の言うところによれば、彼女は死後だんだん若くなり、それとアベコベに生きている伜の私はだんだん老人になるのだそうです。

 さて私達がどうして通信を始めたかというにそれはうです。私は愚妻のエディスを連れてヨーロッパへ旧婚旅行を企てたのですが、船中の退屈しのぎにするのだと云って愚妻が何所どこかでウィジャ盤を仕入れて来ました。成るほどこいつは良い思いつきで、二三日過ぎるとソロソロウィジャ盤でも持ち出して見ようかという気分になりました。むろん私はこんなものは今までに一度も見たことさえなかったのですが、委細かまわず始めることにしました。

 ところがそれが初鼻しょっぱなから動き出し、近頃歿なくなった愚妻の友達というのがいろんな物語をやった。それが一としきり済むとつづいて物語を始めたのが私の守護神で、そのいうところによれば、この数年来今日の来るのを待ち構えていたというのです。

 しばらく過ぎると私の守護神はウィジャ盤は不便で仕方がないから自動書記にしたいという註文です。そこで、愚妻が鉛筆を握って紙にのぞむと、イヤ書く書く、紙を当てがうのが間に合わない位の速力で書き出しました。ウィジャ盤はそれっきり廃物になってしまい、何所どこかの宿屋のストーブで火葬に附せられてしまいました。自動書記は最初から大へんうまく行きましたが、しかし終日せッせと旅をした挙句に、夜が更けるまで自動書記をるのは婦女おんなの体力にはちと荷が勝ち過ぎました。

 そんな事情で私が代って自動書記を試みる段取になったのです。最初は進歩が遅々として、何回か中止しようかしらと思いましたが、そのうちだんだん呼吸がのみ込めて来ました。最初私が自分流儀に書こうとしたのが悪かったので、先方むこうの好きに鉛筆を預けて、つながりの大文字で書かせるといくらでもすらすら書く。間もなく自動書記は何等の努力なしに、しまいには指で新聞紙の上に書いたり、片手を外套のポケットに突き込んで書いたりするようになりました。そのうちこれさえも面倒臭く感ぜられて来ました。字を書く前に言葉が胸に浮ぶ……どうかすると文句全体が電光石火的に閃きますので、私と私の守護神との会話は、いかにおしゃべでも真似のできない位迅速に済みました。

(二)

(三)

(四)

(五)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第八号

発行: 1924(大正14)年8月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年6月19日

※ 公開:新かな版     2007年8月18日


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