心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第二巻

お門ちがい

著者不明

 (なおウィックランド氏の著作商用権は既に切れている)


 米国のウィックランド博士が自分の細君を霊媒に使って発狂者をなおした実例中にはなかなか面白いのがすくなくありません。コナン・ドイルさんなども米国へ心霊行脚に出掛けたときに同氏の実験を見て大へん感服したようです。お医者さんをはじめ、多くの科学者達は一般にまだ憑霊現象を認めようとしません――シテそれには相当同情すべき理由もありますが、しかしどうしても憑霊現象と発狂との関係を認めずにはすまぬ時節がそう遠い未来でなしにかならず到着しそうに考えられます。ウ博士の実験の中から標本として左に一つ面白いのを紹介することにします。

 F嬢はある良家の処女ですが、近頃突飛なまねをやり出し、その見事な頭髪を根元からプッリとり取ったり、家を逃げ出しそうにしたり、お医者さんから云えば正に金箔附きのキ印となりました。

 方々を持ち廻った揚句ウ博士のところへ鑑定を頼みに来ました。で、早速しらべて見ると発狂の多くの場合に見るとおり、これも一の憑依霊の仕業であるらしく認められるのでした。

 それはなりにの抜けた一人の男子の霊魂で、死後幽界で永い間昏睡状態をつづけ、ようやく意識を恢復したときには、何時いつにやらイヤに自分の頭髪が延びていることに気がついたのでした。

『オヤオヤ俺はよッぽど、長睡ながねをしたに相違ない。頭髪かみがこんなに延びてしまった……。』

 そう独語ひとりごちつつ彼は頭髪をチョン切ったのでした。彼は全然自分の死を自覚せずに居るのでした。

 例によりてウ博士は右の霊魂を自分の細君にかからせて言葉くちを切らせました。これが霊魂とウ博士との間の問答です――。

 博士。なぜあなたは頭髪を切りました?

 霊魂。なぜッて、婦女おんなじゃあるまいし一尺も二尺も頭髪を延ばして居られますかい! 厭なこってす! ――イヤ私はこれで失礼します。

 博士。失礼するッてあなたは何所どこへ行くのです。あなたは自分の家がありますかい?

 霊魂。あってもなくても私はんな所に居るのは真平まっぴらです!

 博士。一体あんたは死んでから何年におなりです?

 霊魂。私は死んでは居ませんよ。早く私をなしてください。ここでは人のからだにひどい事をするからモー懲りごりだ!

  これは病人の肉体に電気療法を加えたことを指して居るのです。

 博士。私は病人の体に電気をかけたのだが、それがあなたに感じたのですね。

 霊魂。苦しいから二度まで逃げ出しにかかったのだが、無理やりに引き戻されてしまった……。

 博士。何故なぜあなたはF嬢に頭髪を切らせたのです?

 霊魂。私は誰にも頭髪などを切らせはしませんよ! あれは私の体です。切りたくなれば切るのは当り前です。私はただ眠ったのです。そうして睡眠から覚めて見ると、ベラ棒に頭髪か延びているのでびっくりしちゃいました。戸外そとに出ると人に見られてきまりが悪いから仕方なしに自分で床屋をやらかしたのです。

 博士。そうではないでしょう。あれはあなた自身の頭髪ではありません。あなたが占領している一人の婦人の頭髪なのです。

 霊魂。違いますます! 私は自分の頭髪を切ったのです。

 博士。そうではありませんよ。あなたは一人の婦人のからだにもぐり込み、えらい迷惑をの方にかけて居るのです。よく考えて御覧なさい。あなたは男子でしょう。それだのに婦人の衣服をつけている。あなたはそれをどう説明するつもりです?

 霊魂。私は……私は男子の衣服をち合わせないので……。

 博士。それがおかしいじゃありませんか? あなたはここで眼を覚まさなければけません。何かへんなことがあなたの身に起っているのです……。

 博士が諄々じゅんじゅんとして説明を加えましたので件の幽霊もしまいにはとうとう自分が生きた一個の人間でなく、人間の体を占領している一個の幽霊に過ぎないことを自覚するに至りました。地縛の霊魂は概して薄ボンヤリしたもので時を忘れ、場所を忘れ、はなはだしいのになると自分の姓名さえ忘れます。この霊魂などもその連中の一人で、辛うじて自分の呼名だけを覚えているのでした。

 博士。兎角流浪霊の中には人間の霊衣オーラの中にまよひ込み、その体を占領して狂人じみたことをさせるのがあって困る。あなたなどもすいぶんひどい。女の体をつかまえてこれが自分の体でござい……。笑わせるじゃありませんか。すこし注意してこの体をしらべて御覧なさい! 女の体と男の体と何所どこと何所とが異っているかぐらいのことはあなたにも判るでしょう。頭髪を切っただけで女が男になれますかい! 冗談じゃない!

 幽霊。そう言われて見れば成るほどこりャ正しく女のからだに相違ないようで……。

 博士。言われて見なくたッて、それ位のことに気がつかぬようでは困るじゃありませんか! あなたにトンチンカンな真似まねをされたばかりにれほどこの婦人が迷惑をしたか知れません。そんな事をしてあなたは済まないとは思わんのですか?

 霊魂。私は永い間暗闇の中をうろつき廻っていたのですが、不図ふとむこうに光明あかりが見える。占めた! と思ってとび込んだまでで別に悪意があった訳ではないのです……。

 光明あかりに誘われて幽霊が人間の体に入るということは所謂神懸りの実験に於てしばしば彼等の口からきかされるところです。帰幽後浮ばれずにマゴマゴしている霊魂には一つとして暗黒の苦痛を訴えぬのはありません。

博士。光明あかりを慕って近づくのは同情に堪えませんが、しかし矢鱈なまねをしてくれては困ります。光明にもいろいろある。あなたに一番必要なのは自分の心の闇からのがれることです。理解力が発生すれば自然に周囲があかるくなります……。

 博士が根気よく説明してきかせて居る中に右の霊魂はだんだん記憶力を恢復して来ました。

 霊魂。そうそう私が病気になったのはたしか一九〇三年の冬でした。それからきはさッぱり判りません。

 博士。さらすると今年から丁度十九年以前になりますナ。その頃あなたは何所どこに居ました?

 霊魂。森へ行って仕事をしていました私は伐木業者です。私は何やら重いもので頭部をゴツンとやられたことを記憶します。それッきり何も覚えていません。ア、母親にきますと私の名はスターリングというのだそうです。(博士との対話中に彼の母親の霊魂がその場に出現して教えてくれたのです。)

 博士。兎に角あなたは早くこの婦人の体から離れねばけません。あなたが同居しては病気が治らない。

 霊魂。実は私のほかにも二人の霊魂が同居してますので……。

 博士。そいつァけない。自分のして居る事がるいと判ったら、あなたは他の二人の霊魂にもすすめて早速退去するようにしてください。

 霊魂。承知しました。せいぜいって見ます。イヤいろいろ難有ありがとございました。左様さようなら……。

 こんな段取りでF嬢の所謂いわゆる発狂は間もなくきれいに治ったのでした。(オッカルト・レヴュー誌より)


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第八号

発行: 1924(大正14)年8月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年6月19日

※ 公開:新かな版     2007年8月15日


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