心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊と人生・第二巻

見たり聞たり

□ 谷中の墓地

 私はこの両三年来東京に出る毎に谷中の坂町に仮りの宿を求めることにして居ました。一つは宿所の都合からでもありますが、一つは私が谷中……谷中の墓地の散歩が好きだからです。二十余年前本郷で学生生活を送った際にも私は夕暮などによくここへやって来ました。黒ずんだ老杉、黙々たる無数の墓石、天をつく五重塔、キチンと取りまわしたカナメ籬、所々にツーッと立ちのぼる線香の烟、妙に静かで、物さびていて、現実界と夢幻界との中間にブラついているような、何とも言えぬ落ついた気持――こいつばかりは東京の何所をドー捜しても谷中に及ぶところは絶無なようです。

 今度二十何年ぶりかで谷中を散歩して見ても、ここに一番往時の面影が残っているようで、言うに言われぬなつかしさを感じました。幾つかの墓石や石碑にはチャンと見覚えがあります。平生はそんなものを想い出すようなことは全然ありませんが、現場へ来て実物を見た瞬間に昔しの記憶がスーッと喚起されて来る。そしてさながら旧知にでもめぐり逢ったような懐しさがこみ上げて来ます。『イヤお変りもなく……。』そんな挨拶が私の心の底に囁きます。

 石碑の表面に刻まれている姓名の大部分は私の全く知らぬものばかりで、其中そのうちの一小部分が新聞や雑誌で間接にその人となりを想像して居るに過ぎません。本当の知人であったのはよくよく少数で暁の星よりも少ない位です。ですからこれが墓であるから助かるのです。若しもこれ等の人達が皆生きていた日には大変です。

『コラコラ! 汝は何者だ? んだッて人の邸をキョロキョロ覗いて歩くのだ? 警察署に訴えるぞ!』などと剣突を喰わされないものでもありません。

 谷中の墓場で一番不似合なものの親玉は蓋し川上音次郎先生の銅像です。あんな現実味たっぷりなものがたった一つあるためにどれ丈谷中の墓地の幽趣がきずつけられているか知れません。

 

□ 巣鴨の散歩

□ 精神の感応

□ 蜜柑と相談する


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第七号

発行: 1924(大正14)年7月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年6月15日

※ 公開:新かな版     2007年8月3日


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