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後藤道明氏と一つの土偶

(大正十四年五月二十五日午後四時大阪毎日新聞社に於ける浅野主筆の講話)

 

(一)

 昨年二月後藤道明氏が大阪へ参った際私は不思議な青年として同氏を本山社長に御紹介申上げました。んでもその時は本山さんの浜寺の別荘へ伺って閑談数刻に及び、その際本山さんから御秘蔵の書画の外に、年来採掘蒐聚しゅうしゅうされた種々の古器物をせられたように記憶します。その中の一点がすなわち本日の不可思議な小会合の研究題目となったのであります。品物は一の妙な恰好の土偶ですが、学者の研究ではその由来因縁年代等が判明しない。で、これを後藤氏の力で心霊的に解決する途はなかろうかという事が本山さんから言い出され、後藤氏は即座にその調査を請合うと同時に、製作当時の実況を写真に収めて報告すると答えられたのであります。

 本山さんからはその後しばしばこのことにつきて督促され、私どもも随分後藤氏にその速成を迫ったものですが、何かの事情で今日まで延び延びになってしまいました。その事情というのは後藤氏自身の都合ではなく、後藤氏が師事している瑞景仙――人間ではない、ある神秘境の神秘な人物の都合若くは意志で延ばされたのです。後藤さんは自分の自由意志で行動するというより、常に大体後藤氏の背後にありて操縦する所の瑞景さんの意志で行動するらしいのです。これはほとんどあらゆる霊覚者、霊媒という種類の人々に通有の現象であるように見受けられます。

 土偶の製作、並に写真の件等に就きては後刻後藤氏自身の口から発表さるる事でありましょうが、一寸きけば随分突飛きわまる話で、現代の常識では到底うなずかれぬ性質の夢物語であります。現代の学者が研究しても判らぬ事蹟を二十五歳の青年、しかも普通の意味で何等教養のないものがそれを解釈した上に千数百年前の写真をもたらして来る……到底これは眉唾物たるを失いません。莫迦を言っちゃけねえ……。今から十年も前であったら気のらい先生から横づッぱうの一つもお見舞さるる性質の事柄であります。

 が、んな突飛な事柄を格別あやしみもせず、しかも場所もあろうに社会の木鐸を以て任ずる大阪毎日新聞社の楼上で、真面目にその顛末を聴こうというのですから全く意外です。そこには唯物的文明に飽き足らなく感ずる不思議な新機運の閃きと云ったようなものの勃興を痛感せぬ訳にはまいりませぬ。日本並に世界各国に心霊研究会の起りつつある所以ゆえんもたしかにこの機運に乗じたものでありましょう。即ちただ無意味に、単に事あれかしと望んで、根も葉もない夢のような事柄を大袈裟に吹聴するのが目的であるとするには、世界各地に組織されつつある心霊研究会の性質は余りに真面目に過ぎます。英国で初めて心霊研究会が創立されたのは只今から約四十三年前の事に属しますが、会員には一流の科学者文豪等を有し、一年又一年とその基礎を堅うしつつあります。私どもが心霊科学研究会を東京で組織しましたのは僅々三年前ですが、これとてもその動機が単に物好きとか、物真似とか、出鱈目とか、そんな第二義的第三義的のものでは断じてないのであります。実際各方面に頻出する心霊現象……われわれが持ち合わせの、主として物質科学を根柢こんていとせる尺度にはかからない諸現象に眼のあたり接する以上はドーしてもそのままに放棄する訳には行かないという、止むに止まれぬ衷心の欲求から真剣勝負でその研究に着手した次第であります。関東の大震火災後私どもはしばらく大坂を中心として研究調査を進めつつありましたが、近く再び東京に根拠を移し、所謂おわゆる捲土重来けんどじゅうらい全精力を挙げてこの大問題の解決に当りたいと考えて居る次第であります。

(二)

(三)

(四)

□土偶の写真とその由来


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第二巻第七号

発行: 1924(大正14)年7月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年6月15日

※ 公開:新かな版     2007年7月29日


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