心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊界・第二巻

世界三聖の人格観

浅野正恭

 世界の三聖とは、普通言われて居る通りに孔子、釈迦、耶蘇イエスを指していう。今の聖者達に対する観察を凡人の私が試みようとするのだから、最初は内心躊躇ちゅうちょせざるを得なかった。が、よくよく考うると、そんな遠慮は不必要であることを覚るに至った。というのは、此等これら聖者達は、古今東西幾億幾千億とも数知れぬ人類の目標となって、今日まで二千の歳月を経過し来ったので、の占むるところの地歩は、わば金城鉄壁のごときものである。の金城鉄壁に向って、一個の凡俗がげつける人格観なる球が、どれ丈の印痕を与え得るかという懸念は要らぬことであると思われたからである。そこで、金城鉄壁がどうなるかということは恐らく問題でなく、げる球がどうであったかというのが問題となるのであろう。換言すれば、この人格観なる一文は、聖者達をりて自己の人格を、あべこべに曝露するものとなるのである。若し私のげつけた球が、誤まって金城鉄壁を傷つけるに至ったとしても、それは決して私の罪とはならぬであろうから、私は安心して筆を執り得る次第である。

 人格観なるものを試みようとするには、ず第一に、その基礎的条件となるべきものを決めなくてはならない。この基礎的条件を決定する要素は、肉体と精神との二つを出でないことは明白である。時代の影響とか、環境の如何いかんとかいうごときことは、の千古の聖者達を考うる場合、何等考慮を要するものとはなり得ない。

 人格構成の一要素たる肉体をず考うるに、の肉体なるものは、幾んど全く内的精神の反映と見るべきであろうと思う。の卑近な例として、観相にって、人の運命や心理状態の如何いかんが、大体察知し得らるる事実に見た丈でも、しかることが首肯されるであろう。はたしてそうであるならば、人格の観察なるものは、その精神如何という点だけを考覈こうかくして差支さしつかえなきものとなって来る。私はなおの点を少しくあきらかにし得ると思うから、次に人間の生い立にさかのぼって、一片の考察を遂げて見たい。

 人間の生い立ちなるものは、私の考うるところでは、必然と偶然とがゴッチャになって現われたものとしか思われない。およそ人間の生なるものは、勿論むろん陰陽細胞の結合分裂から始まるもので、れは必然の結果であるに相違ない。が、の結合の場合、例えば私というものは、何千万か何億か数知れぬ細胞のうちの一つが、唯一の機会に逢遇ほうぐうしたに過ぎなかったのであるから、これを神の意思とか指図とかに帰することは当らなくて、むしろホンの偶然の出来事に帰する方が正当であろう。すなわち父母の必然的偶然の生をけたものが、私というものになったのである。しかし一旦私というものになってからは、前の必然的偶然が最早もはや決定的となって、若し宿命なるものを肯定するならば、の宿命なるものは、の決定的となったときから始まらねばならないと思う。それは兎に角として、の決定的となったところの私なるものは、最早や他の何物でもなき一箇独立した生であって、ここに私が生として受取ったところの総てが、私の所得というものになるのである。の所得を私達は徳と呼んで居る。そしてこの徳なるものは肉体であると共に精神であるところの霊肉一致であるから、肉に視るも霊を察するも、その徳が評価し得らるることになるのである。但しこの徳なるものは、時と共に成長発達を遂ぐるもので、あるい涵養かんようもされ、あるい毀損きそんされないとも限られないものである。が、その範囲程度は、各人決してる限界を出ることは出来得ない。三歳児の魂百歳までなる諺は、の理を示して余程意味が深いものだと思う。

 そこで私は人格構成の主要素をなすところの、精神なるものを考察し得る順序となった。精神なる語は、私は心の働きの抽象的本体ともいうべきものと解釈するから、心なるものを考察すれば、それが取りも直さず精神の考察ということになる。そこで心なるものは、人体の脳髄なる機関を媒介として働くもので、の脳髄には大脳と小脳との別があり、大体において小脳は情に属する方面、大脳は智に属する方面を司掌ししょうして居る。しかるにの情と智なるものは、既に人の知る如く、幾多の種類や等級に分れるもので、怨恨えんこん憤恚ふんいの賤しきより、仁愛慈悲の尊きに至るまで等しく情の発露であり、奸譎かんけつ騙詐へんさにくむべきより、明識達智の重んずべきに致るまでまた智の種別に過ぎないというごとき有様なのである。

 智と情とはこのく千差万別であり、そしての相互の性質は全然相違するものであるのだが、各個人の場合において、の智と情とは相互に親和し、一種の協調を遂げたものとなって居る。――親和協調することなきは狂人である――の協調したものは智でもなく、又情でもなく、そして智と情とを併有するところの意なるものとなるの意の具体化が力となり、働きとなる。力も働きも肉体が当るところの現われであるところから、あるいは勇などと呼ばれることもある。しかしての意なるものの中に含まるるところの智と情との客観的分量は、各人必ずしも等しくはない。それ故に、おなじくこれを意というも、あるいは情において優るものがあると同時に、智において優れるものがある。いずれかの一方が圧倒的に勝つ場合は、あるいは冷酷鉄のごとき人ともなり、あるいは又情熱身をくがごとき人ともなる。その相互が過不及なき程度に協調されたとき、私はここに始めて円満なる人格が形成さるるのであるというものである。

 以上で人格観察に要する基礎的条件を、私は一と通り考察具備し得るに至ったから、三人の聖者達に対して私の観察を進め得る順序となった。ただし私の目標が此く聖者達なのであるから、千差万別あるところの智と情とを一々分析考覈こうかくするの必要がなく、情は高き道徳心たる仁、愛等に限り、智は天地の大道、宇宙の真理等、睿智霊学方面に属するものに局限して差支さしつかえなきものとなる。

 私はず第一に耶蘇イエスから始める。耶蘇イエス所謂いわゆる神懸りとなり――(私は神懸りなる語を便宜使用する。私の見るところでは、神懸りなる語のうちには潜在意識の発動、二重人格の現われ、潜在意識あるいは二重人格と外部霊魂(所謂いわゆる神)との共同働作、霊魂の憑依、外部に於ける霊魂の与うる刺激等、種々の種類があり、そして此等これらは主として小脳を機関とするもので、の現象にも幾多の別があるから、細かに論ずるときは、別に一篇の文字を成さねばならぬであろう。が私の今の目的に対しては、必ずしもの細論を要しない。そしての神懸りとなったという点については、天理教のおみき婆さんも、大本教のお直婆さんも何等ことなれるものではない)――所謂いわゆる十二使徒なるものを率い、猶太ユダヤの野を遍歴したのであった。そのあいだ耶蘇イエスの為せる仕事は道徳的説法、奇蹟的治病、天国の宣伝、警告予言というようなものであった。その中には無論天地の大道、宇宙の真理というものも含まれて居る。が、それは耶蘇イエス自身の人格的所産ではなく、単に神が耶蘇イエスを使用したというまでに過ぎない。それには、神が使用し得る程度に、心身共に精進の域に達して居たことはあきらかで、の精進された小脳が、神の機関となったのであるここ耶蘇イエスの情的高潮を看取し得る次第である。従ってその智情の協調が、甚しく一方に偏し居るのはむしろ当然で、それでは円満な人格者であったとは言い得ない。但しこれを一の霊媒と観るときは、けだし千古に独歩し得る素質と実効とを兼ね有したものとなる。

 次には釈迦に移る。釈迦はけだの宮中生活において、人間の醜陋しゅうろう方面に属する情の包囲攻撃を受けた。そこでこれを嫌忌するの念がきざすと同時に、他方においては世の無常なる理を悟り得た。そこで蹶然けつぜん大勇猛心を起し、総ての情実的羈絆きはんを絶ち、その理性の命ずるところに従って、ついに苦行林の修行を決行したのであった。その修行の結果生れたのが仏教で、仏教の説くところは多岐多方面であるが、の神髄は、真如の把握はあくという一事に帰し得ると思う。の真如を得るには、是非共ぜひとも睿智えいちの開発に待たねばならぬというので、耶蘇イエスが愛を生命とするに対し、釈迦は理を主としたという消息が窺われる。もっとも釈迦も慈悲ということを説かぬではないが、の慈悲は情感より出発するものではなく、真理に到達し得るために指導せらるべき睿智を基調とするところのものである。仏教にては、女人には悟道の機縁無きものとせられて居るのは、大体において、男子は理智をその性の基調とするに反し、女人は情感をその性の生命とすることを看破したからなのであろうと察せらる。要するに釈迦は理智を主としたもので、哲理は明らめ得たが、少なからず人間臭味から遠き傾向を有するものとなった。故に人格者として論ずるとき、れに過不及あるものとせざるを得なくなる。

 最後に孔子の番となった。孔子の理想はけだし済国安民に在る。耶蘇イエスと釈迦とは、個人的修養を主としたものであったが、孔子は治者と被治者という立場からの道を説いた。それ故に、これに数うるには、日常五倫の道を説かざるを得なかった。奇蹟的怪力乱神を語ったのでは、治者被治者として拾収し得ないものとなる恐れがあり、宇宙の高遠なる哲理を談じたのでは、人が追随し得ないものとなるうれいがある。されば韋篇いへん三たび絶つに至っても、その説くところは尋常を逸出するようなことをせなかったのであった。すなわち情理を兼ね有したもので、ここに人格者として、孔子の円満さを認めざるを得ない。

 以上私は三聖者に対し、極めて概念的考察を試みた。そこで人格なるものは、智情相偏せざるものを目標とせねばならないから、私は当然孔子を第一人者とせざるを得なかった。従って釈迦これぎ、耶蘇イエスは又その次に位すとせざるを得ない。ただし三聖者の絶対的価値なるものは、単に人格観のみを以て律し得る限りではないから、三聖者の優劣比較が、れで為し得たとする訳には行かない。この点誤解なきよう読者にくれぐれもお願する。しかしてその絶対価値なるものも、る種の標準の下に、決定し得ないこともないが、それには私の想定なるものが多量に混ずることとなるを免れない。故に題下の考察には、これを避けるのを便とするであろう。


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第六号」 

発行: 1924(大正14)年6月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年 月 日

※ 公開:新かな版     2007年7月5日


心霊図書館: 連絡先