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「心霊界・第二巻」
評壇
▲新型の科学者▼
最近の倫敦特電は、印度の科学者ブース氏が新光線を発明したと報じて居るが『その光線は不透明物に吸収せられて其物体を透視し得る物体に変化させる力をもって居る』との事である。若しこれが事実上可能のものとなった曉には、科学界に一大革命を齎すは勿論、惹いては心霊研究上に異常の光明が投げかけられる者と信ずる。
由来、神秘とか、奇蹟とか、いわれて居るものは凡て皆な、人智で説明し得られぬからだ。が、人智が進歩すればする程、それらの不可思議は漸次平凡化して了うのである。神秘の世界は人智の発逹と共に縮少せられて行くというのは即ちこれだ。ところで、人智の発逹はその大部分が科学の力に拠るものであって、茲に科学の権威と恩恵が厳存するのである。そして、心霊研究がどうしても科学的に遂行せられて行かねばならぬ理由も亦茲に在るのである。
然るに、科学自身は常に進歩の道程にある。換言すれば科学自身は未完成であって、昨日之を非としたことも今日は之を是とする。茲に科学の進歩があり、科学の面目がある。故に、科学者たるものは刻々に進展し行く一切の現象に対し敏感であり、忠実でなくてはならぬ。十年も二十年も昔の学説に囚われて了って居るようでは名は科学者でも、実は死せる科学者である。福田徳三博士が曾て某氏に語られた述懐中に『我輩を未完成の博士だと大学の老博士達は罵る。が、未完成たるを自覚し日夜に進歩を計る我輩と完成をもって自任し且つ停滞せる老博士達と果して孰れが真の学者であろうか?』と。此言や誠によし、その意気と向上心とが其人に生命を与えるのである。
そこで、真の科学者ならば、是非共心霊現象に対しても忠実に研究の歩を進めて行くのが当然である。独り心霊現象のみならず、一切の現象に対して創造的研究を進めて行かねばならぬ、然るに、現代科学者の大部分は、悲しくも死せる科学者、停滞せる老大家と成って了って居る。
幸いにも、ときどき新興気分に充ちたる創造的科学者の出現に依って科学界の惰眠が覚まされることは、単に学界の福音であるのみならず、又人類の幸福だ。時代は斯る新型の科学者の続出を翅望して止まぬ。
底本: 雑誌 「心霊界第二巻第五号」
発行: 1924(大正14)年5月1日 心霊科学研究会
※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。
※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を下線表記に、置き換えました。
※ 入力:いさお 2007年 月 日
※ 公開:新かな版 2007年5月13日
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