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評壇

▲人が人を裁くことの困難▼

 近来市井の出来事中で世人の注意を惹いたものの一つは本年三月十二日大審院にける片山貞雄、吉田寅吉両氏の判決言渡いいわたしであった。事件の内容は大体左の通りである。――

 大正十二年十一月卅日さんじゅうにち午前三時頃、大阪府下千里山村の某雑貨店に二人組の強盗が入った。功を急ぐ刑事連の活躍の結果、前記片山、吉田の両人が御無理御尤ごもっともで当該犯人であるという事になり、強窃盗家宅侵入並に業務上横領という長々しい罪名で、未決監に投ぜられ、第一審、第二審とも犯行明白という理由で貞雄は六年、寅吉は五年の懲役に処せられたが、被告等は終始一貫身に覚えがないと言い通し、大審院の審判を仰ぐに至った。しかるに事件発生後約一年を経た昨年十二月に至り二人の真犯人がひょっこり現われたので、前記二人の無罪は明白となり、強窃盗の点は全く誤審であったから吉田に対しては速かに無罪を言い渡され、即刻釈放して欲しいという検事の論告で、判官連も一議にも及ばす、その冤罪を認め、直に吉田には無罪を、又片山に対しては業務上横領のみの犯罪を認めて懲役一年の判決を言い渡した。

 裁判は天皇の名において行う所の神聖なる仕事であるから陛下の赤子たる臣民がこれに服従するは当然である。片山氏は別として前記吉田氏が全然跡形もなき冤罪と知りながら涙を呑んで鉄窓裡に一年三ヶ月間服役したのは正当である。無論その心情と境遇とには同情すべき点が大にある。彼自身は事件の当日重患で寝て居た。同人の実父政吉は昨年三月懊悩おうのうの末憤死した。つづいて同人の娘久美(二才)は五月十六日に、又若き妻鈴江(二十三才)はその月の二十一日にいずれも不帰の客となった。人生の悲惨事、およそこれより大なるはない。しかしながら矢追検事が被告を呼んで言いきかせた通り、運命と思って諦めそうして今まで通り真面目に働かねばならないそれは忠良なる陛下の赤子としての覚悟又人間としての責務である吉田氏が確乎たる信念を以てこの難局を首尾克く切り抜けられることを吾人は切望して止まない平坦なる路ならば何人でも歩める人生の難路を美事に突破する所に其人の真価が発揮される

 吉田氏の立場はすべてを運命と諦めて天をも人をも怨みないのでよいが、しからば裁判官の立場はドウすればよいかと考えた時に吾人は幾多の深刻なる疑問に逢着する。人を裁く裁判官の責務は誠に重い。天皇の名に於て陛下の赤子を裁判するのが職務である必然の結果として誤審も亦天皇の名に於て誤審することになる。警察官の見当外れは止むを得ずとしても、第一審が誤審、第二審が矢張り誤審、大審院でようやく喰いとめたにしても、それはたまたま真犯人が自白したという偶発事実の賜であると考えた時につくづく人が人を裁くことの至難と現行法不備の一面とが痛感されるではないか。『誤審をするのも亦運命と諦めるより外はない……』――もしそんなことを考えるものがありとせば、それは断じて忠良なる陛下の臣民ではない。

 この際改善の途は、他のいずれの場合に於けると同様に、たしかに二筋ある。一つは外面からの改善換言すれば制度の改善で、陪審法実施とか、国家賠償法の制定とか、それぞれ執るべき方法はすくなくないであろう。しかしそれ等を講ずることは吾人の任務でないから、斯道の専門家の研究に任せるより外はない。

 他の一つの途は内面からの改善換言すれば人を裁く用意の改善であってこれは主として精神問題特に心霊上の問題に属する

 人間の脳力には限りがある。人智の限りを尽したからと云って、それで充分という訳には行かない。裁判官といえども決して其選には漏れないことは此事件がよくそれを証拠立てて居る。又心霊科学の研究の結果、既に物質世界の奥に心霊世界の存在が明確に立証された以上、証拠物件を単に物質的物件にのみ限ることの不充分なることも承認するが正当である。吾人はフランスに於けるが如く、心霊作用を直ちに犯罪捜査其他そのほかに応用せよとは主張しない。現在の心霊科学の研究はまだ安心してこれを主張し得る迄には至らないと思う。しかながら裁判官がその神聖なる任務を遂行するに当りては考慮の少くとも一半を心霊問題に注ぎ万が一にも誤審などの生ぜぬ用意を平生から充分に蓄うべきであると思う生きている人を物質的に裁いて誤なしと思うのはたしかに不健全なる唯物主義浸潤の余毒である


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第五号」 

発行: 1924(大正14)年5月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を下線付きイタリックに、黒丸傍点表記を強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年 月 日

※ 公開:新かな版     2007年5月7日


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