心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊界・第二巻

評壇

▲奇蹟▼

――飲めども飲めども尽きぬ酒――

 奇蹟というものは一つの非常現象である。決して一般の常道ではない。故に奇蹟が頻発すれば最早それは奇蹟ではなくなって尋常茶飯事となってしまう。高級の神霊が奇蹟を示すことを避けんとする所以ゆえんである。奇蹟を行うことが不可能なのでは決してないそんな事はむしろ児戯に類しややもすれば弊害を伴うことを熟知するからである

 人間の頭脳がう物質的に歪んで来た現代にはっとは奇蹟があっても悪くない気がせんでもない。上根の人は奇蹟なしに現象の真の溌溂たる霊気の実在することを悟り得ようが、中根下根の凡人にはそれがきない。何かの手がかり、何かの露骨な示現があってやっと気がつく位のものである。

 霊界でもこの点につきて常に意を用いられて居る模様がありありと見える。そして熱誠をもって求むるものには常に何等かの示現を惜まないようである。求めよ、しからば与えられん――悟りの秘伝は確かにここにある。奇蹟に接し得るも得ざるも本人の熱誠次第である。奇蹟は熱誠なる人士のみの亨受し得る特権である。一山百文式に安売りされる性質のものでは断じてない。

 吾人は瑞景仙の奇蹟が常にこの筆法で現われるのを痛感する。瑞景仙と後藤道明子との因縁関係につきては現在では説明の限りでない。しかながら道明子を通じて現する非常現象の到底否定し難き事実であることはこれに接したる関係者同人のことごとく承認する所である。それが誠意をもって接する比較的少数の同人のみに与えらるる特権であるというがめにその奇蹟の価値は毫末ごうまつも減殺されない。その特権を与えられざる千万人が口をきわめて何と言おうが、真面目まじめなる人の心の奥に牢乎ろうことして植えられたる無形の信念を一分一厘動かす力はない。

 近頃道明子を中心として期待会なるものが東京で組織され、松村博士がその会長となって居る。右の発会式が去る二月十一日紀元節に根岸倶楽部において執行されたが、幸い好天気で同人の参会もなかなか盛んであったらしい。所が俄然として一の奇蹟がこの集会の席に出現したのである。幹事の一人藤井氏から本会へ通信の一節を左に掲げる。――

『……例によりて瑞景閣より発会式場へ三種の酒を賜わりました。すなわち日本酒一瓶、古葡萄ぶどう酒一瓶、新葡萄ぶどう酒一瓶とであります。容器は白磁の如き支那式のもので容量約二合位、不相変あいかわらず瑞景閣の文字を印刷したる特製のレッテルを貼布し、それに紅、白のリボンを懸けてなかなか雅趣を呈して居ります。

 で、右のお酒を参会者一同に御馳走したのですが、各自に台附コップ一ぱいづつ都合三杯、日本酒の方は下戸の人もありましたが葡萄ぶどう酒はかならず二杯づつ召しあがりました。ですから会集者の半分に至らずして酒は欠乏する筈で世話役一同しきりに気を揉みましたがつげども飲めども酒はドウシテも尽きません一巡注ぎおわった上で更に二度目の御馳走に与ったものが幾人もありましたそれでもお尽きず紀念きねんとして少量づつ残してあります

 風味の絶佳なることは例によりてこの世のものとも覚えず日本酒の鑑賞家として名うての岡田氏の如きは舌鼓を打って感歎されて居りました(下略)。』

 実験室に於ける科学的実験を主張する者に取りてはこれははなはだ物足りぬ心霊現象たるべきは疑を容れない。直ちに取ってもって学問研究の資料とするにはたしかに不十分である。が、モ一つ奥の仕事――選ばれたる少数者の心の糧信念の資料とするには甚だ有意義なる教示たるを失わぬと思う


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第四号」 

発行: 1924(大正14)年4月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年4月11日

※ 公開:新かな版     2007年 月 日


心霊図書館: 連絡先