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霊感から体得した天恵の術

――小山善太郎氏の難病治療――

恰度ちょうど日英博覧会の開催される前の事であった、黒ずんだ鉛色の空から吹きおろこがらしが真白な横浜の阜頭ふとうを掠めて、いきり立った海は胴震しては白いたてがみを乱していた、農商務省の補助を受け出品準備に忙はしい小山氏は当時強度のリウマチスに冒されながらも押して税関を訪れたのであった、夕暮近く氏は寒気を含む汐風を、全く自由の利かぬ右手に受けながら税関の門を出ると直ぐ海岸通りに出た

 鋼鉄で緊縛されるような局部の痛みがずきずきと脳天を掻き廻すようで、取敢とりあえず風当りのすくない往還へ氏は足を早めたがこの時に海を一揺りして陸へ吹まわった烈風が不用意にも氏の帽子を宙にさらった、大変だ! その一瞬無意識に伸びなかった右手がほとんど奇蹟的に危く海にさらわれんとする帽子をしっかり掴みしめた……勿論むろん氏は帽子を握ると同時に関節をへし折られるような痛みを感じると共にそのまま砂上に昏倒して前後不覚に陥ったのである。十分――二十分――浜風に包まれた波の音にやがて意識を回復した氏は夕闇の中に佇立ちょうりつして夢のような心持で痛みと共に引き抜かれたと思った右の手をつと眺めた。――撫でて見た――痛まない――動く動く――動かなかった手が動く!! 何という変な、不思議な、怪異な、でも有難ありがたい出来事であろうか……

明治三十五年農商務省の嘱託を受けて約一ヶ年間南洋に渡って赤道直下で産業視察に従い、帰朝早々貿易事業のため札幌に渡って一大事業を企画した氏はここに気候風土の激変を受けてリウマチスを得て以来約一ヶ年半青山博士を主治医として苦悩をめて来た難症がくも偶然の突発事によって拭うが如くに全治される事になったのだ

 羽化登仙の喜悦に充ちた氏は更に旅を重ねて数日後輝かしい朝雲に包まれた富士の麗姿や箱根を車窓に眺めながら東都に運ばれる事となったがふと車中で思い出したものは箱根霊験記の事であったという、更に囲碁友達である八十三歳のリウマチ患者が二階から落ちて不意の精神転換による難症治癒の実例であった

『俺も同じような出来事で奇蹟的に救われた』

氏はこれ以上喜悦の外何事も考えなかった

『真理というものはその衣服が取り去られれば取り去られるほど光明と崇美とを増すものである』

 実際氏が指一本で万病癒ゆるの確信と天恵的療法を発見するに至った動機はかかる素撲そぼくな事実に芽を切っている

『兎に角脂肪の結帯と万病は関係がありその凝固せる脂肪の溶散によって血液の循環を整えれば自然諸病は治癒するものではなかろうか?』

 微かな予覚がその当時氏の脳裏に徂徠そらいしていたのみである、ごく試験的に友人知己ちきの間に自己の案出する施療をすると不思議にも快癒した、囲碁友達である床次竹次郎氏の脳溢血の病床を尋ねてわずか二週間でれを全治せしめたり日本赤十字社々長花房子爵の挫骨神経痛を治療快癒せしめたのは全くの間のことであった、れが真理を求めて人跡絶えた武州高尾山に断食接心の惨苦を体験することとなったのはこれからズット尚後のことである。


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第四号」 

発行: 1924(大正14)年4月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年4月11日

※ 公開:新かな版     2007年5月19日


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