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主張と告白 その五

――信仰問題心霊問題を中心として――

浅野和三郎

出口直子の自動書記の長所

 

(一)

 われ人ともに冷静な批判的態度を回復した今日においてその欠点を拾って行けば出口直子の筆先きには全くイヤな点は斟少せんしょうでありませぬが、それにしても最初うして私があの筆先に動かされたか、又世間の人達も罵声ばせい笑声しょうせいあびせるにも係らず、つ全然これを無視する気にもなれず、彼女が死してすでに八年の今日に至るまで頭の奥からそれを忘れ去るに至らないのは何故なぜであるか。其所そこには何等かの潜在的威力とったようなものが、その中に含有されて居るのではあるまいか。私はしばし胸に手を置いてその点に就いて凝乎ぢっと考えて見ることがありますが、これは独り私丈わたしだけにとどまらず公平にして思慮ある大方の識者においても恐らく御同様のことがお在りではないかと存じます。概念的もしくは感情的にあれは気に入ったとか、しゃくさわるとか言ってのけるはんでもありませぬが、現在の私は今更いまさら前年の愚を繰返して無責任な真似まねを致したくありませぬ。で、その点に関してあくまで率直に卑見ひけん開陳かいちんして改めて大方識者の御叱おしかり正に預かりいと存じます。

 ず直子の筆先を一貫して顕著なる特色を為すものは

 飽まで真面目で真剣味に富んで居ること

ではないかと存じます。言う所の内容価値は別問題と致しまして、少くとも一生懸命一心不乱千たび百たび繰り返して倦色けんしょくなく世の為め国の為めにつきつめた警告を与え教誨きょうかいを垂れようとする誠意熱情の閃きはたしかに買ってやらねばならぬ点だと思います。恐らくこの特質は出口直子自身の持前もちまえの性格であったと同時に、彼女に憑依せる霊魂の性格でもあったのでしょう、何所どこまで行ってもいささかの弛みもたるみも見せません。千万人といえどもわれ行かん――その慨がすべてに溢れて居ります。時によるとその色彩が余りに濃厚に過ぎて執拗、頑固、おどかしらしい嫌がないでもない位です。兎に角う真剣に出られては誰しも多少心を動さぬ訳には参りませぬ。丹波の山奥に呱々ここの声を挙げたる大本教がその正邪善悪は別として一時世間の視聴をそばだてしめた原動力は半ば以上直子の筆先の底力に在ったものと観るのがけだし正鵠を得たに近いでありましょう。事物の表面を浅く観察する人達は王仁三郎氏のペテン術策で大本教が拡がったように言い触らしますが、恐らくそれは間違って居りましょう。猿芝居は一寸観客をうならせますが到底持続性のある感激を与える威力はありません。多寡の知れた田舎役者のペテン計劃けいかく――そんなものに引ッかかるのは何か事あれかしと思う好事者流か外に目標のない行詰者流かに限ります。大本教が、一時あれ丈の真面目な信徒を集め得たのは主として出口直子の筆先の真剣味の力であります。


出口直子の自働書記

の欠点(3)

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出口直子の自動書記

の長所(2)


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第一号」

著者: 浅野和三郎

発行: 1924(大正14)年1月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 入力:いさお      2007年2月23日

※ 公開:新かな版     2007年3月8日


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