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正に起らんとする大心霊運動

主筆 浅野和三郎


 欧州大戦後にける世界の思潮は一変又再変、近頃になりてようやく落ちつく所に落ちつかんとする模様が見える。われわれはいたずらに反動性の一時的議論や、浮調子うわちょうしな陰謀的標語などに幻惑せられて大勢の達観を誤まってはならぬ。

 欧州戦後世界の人類が真先まっさきに熱中したのは平和の唱道であった。幾千万の人命の犠牲、幾千億の軍費の消耗にはいかに先天的争闘そうとうに富める欧州人士でも相当骨身にしみる所があったらしく、衆口一致して平和来を叫び、いやしくもこれに水をすものがあれば、真向まっこうから呪詛を浴せた。従来羽振りのよかった軍人達が、往来を歩いても、電車や汽車に乗っても、いとど肩身が狭いように感じたのは実にその時分のことであった。その風潮は勿論むろん日本にも波及した。当時の新聞などを見ると、罪もとがもない軍人階級に対していかに日々冷侮嘲笑を加えつつあったかが明瞭である。

 人類に取りて戦争のいとうべく、平和の好ましきは論ずる迄もない。が、戦争といい平和といい、起るべくして来り、来るべくして来るのであって、決して偶発ということはない。其所そこにはしかるべき縁由えんゆがある。おしかな当時の平和来の叫びは単に前の戦乱に対する一時的反動としての極めて浮調子な叫び声たるにとどまり人心の真底から湧き出づる純真無垢の精神的欲求の結果ではなかったようである。論より証拠所謂いわゆる平和なるものは、協約とか、条文とか称する、繁瑣はんさ無比の外衣の下に全体を包まれて居たではないか。平和は単に外被であって肝腎の中味なかみではなかった。果せる哉、その外被は年一年と破綻の兆候を現わし、同時に平和の影は年一年と薄らぎつつある。

 さすがに警眼なる識者達はこれではならぬと気がついた。そうしてその結果としてさかんに唱道さるるに至ったのは所謂いわゆる文化主義の宣伝である。曰く文化式生活、曰く文化式住宅、曰く文化村の建設、曰く文化式食料……。西を見ても東を見ても、ほとんど文化の二字の眼にとまらぬ場所は絶無のようになった。

 文化の声が猛烈なる割合に惜むらくはその意義の内容がすこぶる不透明であった。唯物的、実利的文明に対する一の精神的、理想的憧憬を意味するようでもあり、又因襲、処儀、約束等を打破せんとする一の新らしい理解を意味するようでもあり、ぼんやりと現状にあきたらず、何か別に求むる所のものがあるらしい事は認めらるるが、文化の中心骨髄が何であるのかは判然として居るとはいい得なかった。きの平和の唱道に比すれば余程深さと熱とを有するに相違ないと認めらるるが、ドーもまだ抽象的であり、概念的であった。平和の将来は文化であると言ったところで文化の中心は何であるかということが判らなければ依然として謎が解けたとはいい得ない。その結果は依然として無数の迷える者を生ずることになった。文化とは一のハイカラな新らしがりを意味する位に安っぽく呑み込んで居るものが無数に存在するのでも思い半ばに過ぎるであろう。

 この際に当りて人生の前途に一点の光明を点するものは実に心霊の研究である。心霊研究者は、一般人士が物質科学の追窮ついきゅう汲々きゅうきゅうたる時代において、黙々として新らしい原野の開拓に当った。最初は随分雲を掴むようなやり方で、たよりない事おびただしいものであったが、現在の堂々たる物的科学が林檎の墜落という極めてつまらない事実から手がかりを得たと同様に、とうとう現在の押しも押されもせぬ心霊科学を築き上げてしまった。今日では霊魂の存在並に憑依、死後の生活の存続等は十分科学的に突きとめられたと言ってい。その必然の結果は宇宙観人生観の上に至大の影響を及ぼし引いては宗教倫理政治法律其他そのほか百般の実際問題に大影響を及ぼすこととなる。今日心霊科学の実験実証を無視して何を論断して見ても一片の空論に終るなくんば幸である。

 あくまで理性的で、多量の批判力と懐疑的精神とを蔵せる現代の学者達は随分周到の用意をもって心霊現象の審査に当り、決して軽々しく一切を容認するの態度にでなかった。が、いかに冷静氷の如き学者の頭脳でも活きたる事実と正しき推理の前には動かざるを得ない。心霊論者は学者階級に年一年と増加する一方で、多少遅れ勝ちではあるが、日本の学界も決してその選には漏れないのである。

 学者が動いてから一般社会が動くのが通則であるして見ると今年あたりを基点として世界的大心霊運動が次第に勢力を張って来るのではないかと私は観測する。十九世紀の初頭に物質科学勃興の機運に際会した人類が、約一世紀を隔てたる二十世紀の今日において心霊科学勃興の機運に際会さいかいするのはけだしし当然の宿命で、これは断じて一時の流行とか、反動とかというべき性質のものではないと思う。ドーあっても人類が一旦通過せねばならぬ階段であり、関門であると思う。今日人々が渇望しつつある平和の到来も文化の完成もこの心霊運動が普及して人間の思想感情等一切に根本的変化を与えた時に初めて実現する見込があるのでそれまでは恐らくとても目鼻がつくまいと思う

 心霊運動の勃興につれては一方に長所があると同時に無論他方において短所もある。われわれは今からその弊害の防止に警戒を怠ってはならぬと思うがそれは機会を見て別にこれを論ずるつもりである。


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第一号」 

発行: 1924(大正14)年1月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年2月2日

※ 公開:新かな版     2007年3月8日


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