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心霊講座 -1- 

心霊研究と既成宗教

浅野和三郎講演

一、心霊研究の目標

 人生最終の目標が安心立命に在ることは言を待たないが、その安心立命に達すべき径路は各人各様であると思います。すでに各人性質が違い、体格が違い、四囲の境遇が違って居る以上、一列平等、鋳型にめたようにすべてを取扱い難きことは明瞭であらねばなりますまい。極端な例を引けば南洋辺の土人と牛津オックスフォード剣橋ケンブリッジあたりの学者を並べて考えて見ればすぐ判ります。前者は椰子やしの実でも豊富にてがって置けばそれで大満足大安心を得らるるでありましょうが、後者は霊魂の実体を把握し、霊界の探検を試み、神様と直接談判でもせねばなかなかこれで安心という訳には行きそうもない。その間には実に天地雲泥の相違があります。それほど極端な所でなくても各人相互の間に相当に懸隔があるのは事実であります。

 大なる安心立命を得るめには各人確乎不動の信仰の上に立つことが理想でありますがそんな人は千万人中に一人も六ヶ敷むずかしさればとって何等かの安心立命の手がかりの絶無なものもまた千万人中に一人もないかと思われます。その証拠には世界の人類が滅多に自殺もせず、何とかしてその日その日を送りつつあるので判ります。唯物的黄金万能の崇拝者だって、矢張そういう一の信仰に生きて居ると見做みなさねばなりません。すなわちそれ等の人は安心立命の目標を黄金に置いて居る訳なのです。但しそれはすこぶる不安定な手がかりですから、イザという場合に信仰がグラつき易い。単に『死』という一の問題に直面した場合にも多くは狼狽して悲鳴を挙げます。

 人間に安心立命を与えるべき特殊の抱負をもって出現したのがそれぞれの宗教であります求むるものがあるから与えるものが現われたので歴史的に観れば世界中の沢山の既成宗教の出現にはことごとく出現の意義がありとせねばなりませぬしかながら人類は不断の進化を遂げつつあり、就中なかんずく理智的に観た時に今日の人類は千年以前二千年以前の人類とは大変な相違があります。宗教の窮極きゅうきょくの目的には時代によりて格別の相違がないとしてもこれに導くべき手段方法径路等は一日も固定を許しません。十九世紀には十九世紀の模様を描き、又二十世紀には二十世紀の模様を描くにあらずんば到底宗教本来の目的を達し得る見込はないとわねばなりませぬ。既成宗教に関与する人々の多くは此点このてんの工夫努力に関してすこぶる倦怠疎慢そまんそしりを免れないと存じます。目的は至極結構だが要するに工夫が足りない。十八九世紀の理智時代を通過し来れる二十世紀の人類を導くに、依然たる古伝の旧信条をもってせんとする傾があるのは少々虫が良過ぎる、無精過ぎる……。

 心霊科学は決して既成宗教の敵ではありません反対に既成宗教の最も忠良なる味方であります心霊科学の根本の目標はいずれの点から見ても別に既成宗教の目標と相違点を発見しませぬただその執る所の手段方法が違う丈です。すべての問題を科学的に取扱い、一々実験実証によりて最後まで突きとめ、間違ったところは間違ったと発表し、正しい点は正しいと承認し、結局既成宗教の再審査再整理をほどこして二十世紀の現代人を首肯しゅこうせしむる方法をもっできる丈確乎不動の信念を樹植せんとするのであります。臭いものにふた式のナマクラなヤリ方を癈止はいしし、徹底的に信仰と真理、宗教と科学又は哲学との融合統一を図らんとするのであります。従って心霊研究には宗派の異同もなければ学閥や政党の混入も許さない。いかなる事柄でも情実ヌキで正しいものを正しいと認めるまでの事であります。若し強いて心霊研究の当面の敵はいずれにあるかといえば唯物主義であると言ってよいと思います。


心霊講座 -1-

 

二、既成宗教の不備の点


底本: 雑誌 「心霊界第二巻第一号」

著者:浅野 和三郎

発行: 1923(大正13)年12月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年2月08日

※ 公開:新かな版     2007年3月29日


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