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霊界通信 亡姉と語る

小松並樹


 英国のデニス・ブラッドレエ氏は『ザ・エタアナル・マスケエレエド』つづいて新刊の『トウァーヅ・ザ・スタアス』などの著書で目下の心霊研究者として押しも押されもせぬ地歩を築き上げつつあるが、此人このひと元来は霊魂論者どころか、むしその反対側に立つ人で、氏の前生涯を知る人にはどうしてんな社交的人物が心霊論者に豹変したのかすこぶ怪訝けげんに堪えないのであります。もっと此人このひとには早くから世評などには無頓着に、何時でも真理を真理として受取ろうとする侃諤かんがくの意気がほの見えて居る事は居ました。それがあるばかりに此人このひとが心霊界の新原野の開拓者たる事ができたのでしょう。

 ブラッドレエ氏は前掲の新著の第二章に『余の生涯中で何よりびッくりした出来事』として記述して居る一の実験譚がありますが、成程そう称する丈の価値があります。彼の著書の大部分は他の記事で埋められて居り、著者はそれに少なからぬ努力を費したように見えますが、実をいうとこの第二章が巻中の白眉で、心霊資料として恐らく永遠の生命を失わぬものと申してよいでしょう。左にこれを紹介することにします。

 ブ氏の友人の一人にジョセフ・ド・ウイコッフと称するロシア生れの米人が居りました。このウイコッフという人は職業は弁護士で心霊問題に深い興味をった人ですが、ブ氏は最初そんな事には一向興味を有たず、偶々たまたま友人の口からこれに関する話でも出ればむしろ懐疑的批判を加える位のものでした。

 するとある年、ブ氏は業務の必要で米国に渡りその際紐育ニューヨークから遠くもないウイコッフ氏の別荘に招待されて宿泊する事になりました。

『こんな田舎のことで何の御愛想もできない。そのうち君のめに交霊会を催して御目にかけましょうか』

『さァそれも面白いかも知れませんナ。一つ願いましょうか。』

 んな簡単な会話が二人の間に交換され、早速ジョルジ・バアリアンティンと呼ぶ日頃友の信頼せる霊媒がその別荘に招かれました。ブ氏はこの霊媒との会見の第一印象をう書いて居ます――

『見受くるところ尋常一様の米国の田舎者で、心身共にあっさりしたものだ。弁舌はすこぶ下拙へたで思うことを充分言い表わし得ない。教育も余りなく、読書も余りして居ない。う見ても詐欺師につきものの遁辞とんじ、ゴマカシ、言いぬけ、そらとぼけと言ったようなものの痕跡もない。』

 やがて交霊会が開かれたが列席者はただ四人、すなわち主人公とその甥のジョセフ・ダッシャアと霊媒とブ氏とのみでした。ブ氏は気楽にぎのようなことを書いて居ます――

『アメリカという国は目下禁酒国になって居るが、友の別荘は例外で結構な飲料が僕の渇をいやして呉れる。所が交霊会の晩に限って氷水が食卓につけられて居るではないか。僕は内心すこぶる不平であったが、今日になって見ると友には確かに先見の明があった。あの晩の話はアルコホールの酔から発した空想だ、などと言われる気づかいが全く無い……。』

 室内は例によりて薄暗くされたが、霊媒の左右の手首には光球ひかりだまの帯を捲いてあるから、その一挙一動はことごとく判ります。相互の距離はおよそ五尺内外、最初は普通の会話を交え、つづいて唱歌をやりましたが、いずれも悪声の所有者もちぬしばかり『就中なかんずくるい声の所有者もちぬしは拙者であった』とブ氏自身があっさり告白して居ります。しばらくの間何の変った現象も起らないでブ氏はうんざりし切って居る所へ最後に歌われたのが讃美歌……。ブ氏の口吻こうふんを借りると『これではとても助からないと思って居る最中、矢庭やにわに何の予告も注意もなしに奇現象が突発した』のでした。左に著者の言葉を紹介します。

 不意に起った深刻なる静寂――私はすぐにわれわれ四人のほかに第五人目の何者かが室内に出現したことを直覚しました。するとたちまち若い婦女おんなのやさしいなめらかな声が一座の静かさかを破りました。気をつけて見るとその声は私の右方約三尺の辺に聞えます。いかにも情思の充ち充ちた震を帯びた声で、私の名前を叫ぶのです。私は微塵も平常の冷静な批判的態度を失わず、落付おちつき払ってこれに答えました。

『ハイハイ、何か私に御用事がお有りですか?』

『おおわたしはあなたを愛します! わたしはあなたを愛します!』

 そういう言葉は色もなさけも充ち充ちて居てきく人の骨身ほねみみる所があります。文句は平生へいせいひッきり無しにきき慣れたもので珍らしくも何ともありませんが、ただ今きいた声には奇妙に人の血を湧かさせるような情味が籠って居るのです。

 私は想いを過去に馳せて、一体誰が私を愛してくれただろうといろいろ考えて見ましたが、ドーしてもこれと言って手掛りがありません。そこで私は尋ねました。――

『モシモシあなた様は何誰様どなたさまですか? お名前を名告なのって戴きたいので……。』

 すると言下に

『アンニィです。』という答がありました。

 この一語で私の謎はすっかり解けましたが、不可解の事実に遭遇したものにつきものの懐疑心をもって私は重ねて充分の名告なのりを請求しました。すると

『わたしはネ、あなたの姉のアンニィなの……。』

という返答。

 これで私はすッかり安心してしまいました。モー二人の会話は[#「二人の会話は」は底本では「二人の会語は」]囁きではなく、明瞭な平生の通りの音調で堂々と交換され、一言一句は室内の他のすべての人達に聴えました。四人はいずれも遠い他国の人達で、私の家庭の事情を知るべき筈もなく、私に十年前に亡くなった姉が一人居たことなどに夢想だもせぬ人達なのでした。

 著者の記す所によれば、著者とその姉のアンニィとは生前特別に仲のよい間柄であったらしく、年齢は自分よりも数歳上で、学問もあり、智能もすぐれ、就中なかんずくその会話は優雅で、上品で、一字一句に細心の注意を払い、独特の風格をそなえて居たらしい。所が、十年の沈黙の後、図らず語り出でたる姉の霊魂の語調は生前そッくりで、二人の間ならではんにも解し得ないような問題を捉えて十五分間愉快なる対話を交えたのだそうです。

 心霊現象にもいろいろありましたが、――と科学者達が惨憺さんたんたる苦心を重ねて組織的に案出せる実験よりも、不用意の間に鋭く当事者の肺腑をえぐ此種このしゅの突発現象の方が概してキキメが多いらしいです。勿論むろんかくして生みつけらるる確信は個人的のもので、門外漢には左程の威力はないでしょうが、要するに門外漢は何所まで行っても門外漢です。一人一人がヌキ差しならぬ個々の証験で翻然大悟するというのが手続は少し面倒でも一番動かぬ所らしいです。ブ氏は当夜の印象をく書いて居ます――

『われわれ両人の対話の基調をなせるものはただ歓喜の一語につきました。永遠の生命に対する感謝の念、崇高偉大なる復活の希望……。わかれる前に私は明晩もここへ来てくれませんかと姉の霊魂に申しますと、是非ぜひまいりますと答えました。われわれはお互にお就寝やすみなさいと言い、そして姉が立ち去る時に、はっきりと接吻の声がきこえました。兎に角右の活きたる事実を境界として、疑惑の雲霧は私の頭から一掃し去られ、従来不可能視せるところのものが可能であるという確信が一遍に判ってしまいました……。』


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第十一号」

著者 小松並樹

発行: 1923(大正13)年12月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を下線表記に、黒丸傍点表記をイタリック表記に置き換えました。

 

※ 入力:いさお      2007年1月29日

※ 公開:新かな版     2007年3月7日


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