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神様いながら神様引張らる(その一) 

――吉光稲荷の霊験と松月主人夫妻――

一記者

 お薬師やくしさんのお札が降って来た……お稲荷いなりさんのたまいただいた……夫婦の者にお稲荷さんが憑依のりうつって物を言う……難病が次から次へと治って行く――こうったら世間の人は、ははーん迷信めいしんじゃと言下ひとくちに笑うだろう、イヤ、心霊研究家の人達の中にもまた同じ意見の方も沢山あろう。迷信か迷信でないか、理窟りくつをこねるのは記者わたくしの任務ではない。私は実際見たことを、事実聞いたことを、忠実に、正直に、わかやすく書けばいのだ。理窟りくつは皆さんで御勝手にお附け下さい……。

『どうです、御苦労ごくろうですが、一つ出かけて見ては……?』

 浅野主幹から、ニコニコと満面に微笑えみたたえながら、一言こうわれたた記者は、猫ににらまれた鼠のようにかしこまり、惚れた女から始めて秋眼いろめをつかわれた時のように無性むしゃうに喜んで、『じゃあ、行って見ましょう』と、早速戸外へ飛び出してしまった。 浅野主幹に一眼ひとめ白眼にらまれたらやり切れない、人をするあの眼の光、それはトテモ素的だ……。

 電車の中で、主斡の眼の研究に独り夢中むちうになって居たお蔭に、さあ大変なことをした、自分の行先を忘れてしまった。何でもいろは小路の松月とう料理屋とだけは思い出せた。確かに、ノートにき込んで置いたと、ポケットを探したが、ばつの悪い時はわるいことが続くものだ。そのノートも忘れてしまって居る。ままよ、思い出せぬことか、と考え込んで見たら、出た、出た千日前、千日前の松月、松月。

 千日前で下車して、松月を探せど探せど見つからない。トド、交番へ飛込んで査公に恐る恐る伺いを立てる。『アーンそれあ君、新世界と君は間違いとる!』と一喝をくらってギャフン……。今日は何とう悪日だ? 出直そうと、自暴気味やけぎみになっても見たが、このまま帰社かえっては、主幹の眼が光る。やっつけろ! と、気を取直して新世界ヘ!

 

▼案に相違の主人公▲

 新世界の通天閣の前を左へ一丁ばかり行くと、一品御料理松月と大きな看板が眼についた。この家だなと横口から入って案内あんないう。ドーセ小料理屋の主人公だ、い加減な人物だろうと高をくくって座敷に通る。

『やァ、ようこそいらっして下すった、さあ、どうぞ……』

 力強くて、愛嬌のある声。一礼して対坐するに渋い八反はったん内着うちぎ込んだ主人公、年は五十前後、髪は短かく、血色は艶々と何処かに凛とした感がある。しかも、物腰に何ともえぬ優しみと慎しみが微見ほのみえる。幡随院の長兵衛と法然上人と本多日生師をつきまぜて三つで割ったような感じのある人。部屋には、桃山御陵と、摂政宮殿下御二方様の御写真が、恭々しく掲げられてあるのも、主人公の精神を遺憾いかんなく物語る。

 来意らいいを告げて、神秘極まる直話を求めると、主人公は――姓名をって置くことを忘れたが、主人公は梶山洪甫さんとう――ニコやかに笑いながら

『へえ、お容易やすいことで、事実じじつありのままにお話し致しましょう。私は御覧の通り無学な者で、つまらぬ仕事をして居る者ですから、理窟りくつは存じません。が、事実は事実です。事実の前には、何ものも頭を下げねばなりますまい。私は、その事実をつかまえたのです。つまり、私は私自身の体験によって、かたい信念を持つに至ったのであります』

と、凛然として物語の口を切り始められた。梶山さんは、自分は無学でつまらぬ仕事をして居ると自から卑下ひげして話し出されたが、その性格の確固として、意志の力の強い、そして常識の発達して居ることは、初対面の記者には直ぐ感知せられた。従って、その体験談は一糸乱れず、常識の埓外らちがいを一歩も跳ね出して居ない。かも体験そのものは驚くき神秘的霊顕である。この点が心霊研究上においこの話の価値を層一層増すのである。

▼妻の真心と七年間の祈願▲

 話は大正八年四月二十七日から始まる。この日の前後一週間を通じて、梶山さんの体験が起って来たのである。

 性来、梶山さんは仁侠とかん癖とで、一角ひとかどかわり者であった。のため、種々の失敗と苦痛とが、梶山さんの身辺しんぺんを常に取囲んだ。この夫の性癖をなおそうと、梶山さんの奥さんはけなげにも一身を捧げるに至った。奥さんは、七年間とう長い年月を毎月二度か三度は必ず、伏見の稲荷様へ願をかけに出かけて行った。梶山さんは、当時の追懐にふけりながら、妻の真心をしんから感謝して、われた。

『私が神様のお守護を戴くようになったのも、皆さいの真心からです。妻は、私の性癖をなおそうと七年間とうものを、が降っても雨が降っても忙がしい商売の余暇ひまをぬすんでお山へお詣りに出かけて行ったものです。当時、勿論むろん私は、神様や仏様やを左程有難さほどありがたいいとも、御利益ごりやくがあろうとも思わず、さいの信仰に就いては妻の考通かんがえどおりに勝手にさせて置けばよいのだと打捨てて置いたのです。ところが、忘れもせぬ、大正八年四月二十一日から、妻の身体からだに変なことが起って来たのです。』

 奥さんには、二十一日からお稲荷さんがおさがりになって来た。奥さんは、異様いよう身振みぶりをし始め、種々いろいろ様々さまざまみょうなことを口走くちばしり出した。そこで稲荷下いなりさげの行者達が、同家に入りかわり、立ちかわり出入することになった。梶山さんは、それを見て『何だ、家内かないは一種の神経作用しんけいさようであんなことをやって居るんだ』と、独り冷笑的れいしょうてきに横から見やるのであった。しかし、幾多の行者達からは、神様のおさがりだと説明せられ、『貴下あなたでも、合掌がっしょうしてしばらく坐って御覧なさい、屹度きっと神様がおさがりになります』と話された。そこで、念のためにと、梶山さんも時偶ときた合掌がっしょうして坐って見た。がしかし、矢張り何の異変もない。

▼初発の神懸と謡曲▲

 ところが、二十七日の午後、梶山さんは合掌して坐って居ると、突然後頭部の骨がポキンと音がして三度みたび張子の虎のようにガクリガクリと前後に動いた。妙だなと思ったが、それっ切り何事も起らない。拙らないことだと考えつつも、二十八日に、又坐を組んでみると、今度は手が上の方へ振り上った。そして、その日もそれでお仕舞となった。二十九日には、奥さんにおさがりになった神さんから、明日は神様の総寄せをするとの予告があった。

 神様の総寄せって、一体何の事だろう? と変に考えながらも、梶山さんは三十日の晩もまた坐を組んだ。しかし、何の異変も起らない。夜はいたずらにけて、一時を過ぎ、二時を打ち、二時二十五分と云う時に――梶山さんは、その時、時計をはっきり見たら、二時二十五分であったと云う――突然梶山さんのこめかみが急速度に動き出したかと思うもあらばこそ下腹の底から非常に力強い声がこみ上げて来て自分の知りもせぬ謡曲を謡い始めたその声は音吐朗々おんとろうろうその曲は至妙しみょう至神ししん、誠に意外の珍事が起ったのである。そのあいだ、約三十分、謡曲は三番ばかりがうたわれたのである。

▼半狂乱の一週間▲

 それから一週間は続いて、梶山さんには、驚くき霊顕が現われて来た。即ち、愈々いよいよ神様が梶山さんの身体に憑依のりうつって来られて、腹の底から大きな声で御託宣が出て来るのである。心霊現象として見る時は、一種の自働霊言(Automatic Spiritual Speaking)である。そしてその神様は、う告げられた。

『自分は吉光稲荷である。元は道通どうつうの神であったが、この新世界の土地に奉祭せられてからは、この土地に来て居る。しかし、大正三年の火災以来他の土地に移って居る。此度このたび、再びこの土地に帰って来る。そもそも汝の肉体に憑依のりうつる所縁は汝にも覚えもあろうが、大正三年の火災に社殿焼失のみぎり、わが神体をこの家に人々が預けた折り、汝はこれを丁重に迎えて立派に奉仕してくれた。その功徳により、此度このたび汝の身体を借りて再びこの土地に現われたのである。』

 この一週間は、流石の梶山さんも半狂乱の態と化してしまい、珍劇、喜劇、失敗、騒動の挿話エピソードを作って居られて、中には仲々興味深いものもあるが、きに面白い話が堆高うずたかくたまって居るから、残念ながらそれらは端折はしょつきへ話を進めて行く。

 兎も角もこの一週間が神懸りの初発の正念場であり、又試練時代である。この時代はいずれの霊覚者も皆一様に経過するもので、この時が最も危険時期たる事は、心霊研究家の等しく認むる所である。

▼半信半疑の半年▲

 斯く一週間は半狂気の状態に陥り、神託を絶対無二のものとして盲信した梶山さんも、種々の失敗でふと気を転ずると共に、元の冷静さに復帰したのである。しかしその頃は以前のように、神を全然疑うとか否定するとかう態度ではなく、半信半疑の状態になり、神様を全然否定するのでもなく、とって全然信用するとうのでもなく、一切を常識に訴えて行動するようになって来た。と共に、梶山さんの心身は元の梶山さんとなって来て、腹の底からは神のカの字も出て来なくなった。しかし、ここに一つ変ったことは、梶山さんの日常生活に現われて来た。それは、その吉光稲荷の社祠へ毎朝お詣りに行くとうことである。

 吉光稲荷社は、梶山さんの宅から二三丁離れた処にある一小祠であるが、当時余程すたれて居たそうだ。梶山さんは、その時から何と云う事もなくほとんど意味もなく、毎朝そのやしろにお詣りして、周囲の雑草を抜き、お庭をはき、朽木を取片づけるのを日課として居たのである。

 月日はくして半歳を流れた。と、半年後のある朝――大正九年五月一日に、再び驚くき霊顕が梶山さんの身の上に起って来た。愈々いよいよ梶山さんは霊能の人となり、吉光稲荷様の守護を確実に受ける人となって来たのである。これから、梶山さんは、神力に依って難病者を全治し始めて行くのである。


(続く)


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第十一号」

無記名記事につき著者不明

発行: 1923(大正13)年12月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年2月3日

※ 公開:新かな版     2007年2月3日


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