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国難来の声

主筆 浅野和三郎

 数ヶ月以前までは『思想善導』だの、『精神作興さっこう』だのという長袖者流ちょうしゅうしゃりゅうの歓びそうな標語が、しきりに吾人の耳朶じだを打ちましたが、咋今になっては『国難来』の叫び声がもっとも優勢で、の新聞紙にもの雑誌にも間断なくそれが散見します。ともすれば街頭の電柱だの、公会堂の立看板だのにもこの物騒なる三文字が麗々しく掲げられて居ります。世間の空気も随分物騒になりつつありとわねばなりますまい。

 が、現に来りつつあるという国難が何であるかと云うとその内容性質は甚だはッきりとして居ない。有形的なのか、はた無形的なのか。経済上の破綻なのか、それとも軍事上の葛藤なのか。対内的問題なのか、将た対外的関係なのか。あるいは又いろいろの危険な要素が幾つも幾つもごッちゃになって日本国民の頭上に襲来すべきおそれがあるというのか。ドーも誰一人として明快なる指示を与えてくれるものがありません。譬えばここに一人の医師が患者の肉体を診察して、これははなはだ重態だとのみ言ったきりで重態の重態たる所以ゆえん――換言すれば病源が何所にあるかをはッきり指示せぬがごときものであります。随分心細い次第であるとうべきでありましょう。

 国難の内容が不分明であることの必然の結果として之に対する方策も無論一向纒ったものがありません成程なるほど既成政党に愛想をつかしたものは新党樹立の必要を叫びもしましょう。宗界の堕落を痛感せるものは新信仰の勃興を説きもしましょう。その他各自の専門専門で時弊に対していろいろの注文、いろいろの警告を発する論客が相当多数に存在せぬではありません。私の観る所にして誤らずんば何れも皆多少姑息的応急的臭味を帯びたる対症療法式のもので真に現日本の大禍根――現代の識者論客をしておぼろげながら国難来を痛感するに至らしめたる根源の大欠陥に向って直面的の痛撃を加えたものは絶無ではないかと存じます

 一体差別世界の事々物々には常に因縁因果の関係が伴うことは今更いまさら申上ぐる迄もない事で、日本国が今日の状態に立ち到ったに就いては其所そこに何等かの大原因が存在せねばなりませぬ。決して偶然にんな八方塞りの状態がめぐり来る筈はありませぬ。しからばその大原因とは何か――多くの識者は恐らくこれに気のつかぬ筈はないに相違ない。気はついて居るが、ただその影響の及ぶ所が広く深く、うッかりこれを唱えた日には大変な大事おおごとになるので、しばらくかえりみて他を言って居るものと考えられます。今日の情勢を誘致せる大原因をそッと裏面に隠蔽して置いて末端の修正でお茶を濁そうとする所にまだまだ真剣味がとぼしい現代論客のペテンが窺われます。何時になったら世渡上手の大正ッ児が本音を吐くことになるか、私は興味をもっ其時期そのじきの到来を待つものであります。

 それは兎に角われわれは縦令たとえ馬鹿正直と叱られても、融通がきかぬと笑われても、そんなことには頓着とんちゃくなく日本をして今日の状態に立ち到らしめた所の大原因を卒直に言明することが必要だと信じて居るものであります。 明治大正を通じて濶歩かっぽせる唯物的利己主義――これが今日の大国難の誘致されたる最大源因げんいんであります。私は右に明治大正を通じてと申しましたが、くわしくいうと明治時代にはまだまだ旧日本の遺物たる精神主義の痕跡が相当に残って居り、ことにかしこくも明治大帝のような偉大荘厳な御方がお控えになり、生きたる規範を天下の万衆にお示しになられたりしましたので、澎湃ほうはいたる物質万能の魔力もある程度まで喰いとめられて居りました。従って国難はあっても、今日のような慢性的、痼疾こしつ的の手のつけられぬ大国難とまでは発育し切れずに居りました。唯物的利己主義が十二分の威力を発揮するに至りましたのはけだし最近十年以来で、今が正にその黄金時代とでも申して宜しいかと存じます。

 既に唯物的利己主義が明治大正の日本国の基調であり、政治でも、法律でも、教育でも、社会道徳でもことごとくその土台の上に築かれて居るのですから、それから生ずる所の千百の弊害から脱出しようとするには、何と言っても土台から変えて行かねばなりますまい。 すなわ ず唯物主義の悪夢から覚め従って 其上そのうえ に築かれたる一切の制度方針等を根本からかえて しま うのであります。それがきぬ間は日本国は現在のようなるしい、悩ましい、絶望的境涯に喘ぎつづけるものと覚悟せねばならぬかと存じます。明治大正の識者は口にこそ日本建国の精神にもとずくだの、日本国体の精華を発揮するだの、真信仰の樹立は目下の急務だのとはなはだ殊勝なことを言わぬではありませぬが、心と行為とがこれに伴わず、依然たる唯物主義、利己主義の忠僕をもって任じ、姑息なる手段法令の上で一時を糊塗せんとのみ努力しますからとても駄目です。そして現時のような複雑至極、危険千万な大国難の前には茫然自失、手も足も出ないことになるのです。ああ現時の空漠たる国難来の叫び――私は日本の今後の成行に対して甚深の注意を払うものであります。


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第十号」

著者: 浅野和三郎

発行: 1923(大正13)年11月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2007年1月17日

※ 公開:新かな版     2007年2月9日


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