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主張と告白

その二

――信仰問題心霊問題を中心として――

浅野 和三郎

大本教の神懸現象

 私は今首をめぐらして、心静かに大正四五年の頃を振りかえり、うして自分が、父母、兄弟、朋友同僚、その他一切の苦言忠告を斥けて横須賀から綾部へ、毒にも薬にもならぬ官僚の生活からまかり間違ったら又と取かえしのつかぬ無名の宗団へ方向転換をなすべく決心するに至ったかを考えて見ますとまことまことに隔世の感と云ったようなものが胸裡に充ち充ち、自分の事でありながら何やらそれらしくもないようにも思われてなりません。そうしてこれに随伴して起ったいろいろの光景が、それからそれへと眼底に映ってまいります。

『素性不明のいかがわしい大山師のペテンにかかって居るのではないか……。』

 ある友はかたちを改め、涙を呑みつつ、そう私をいさめました。

『信仰問題も結構だが、それは業務の余暇にるのが正当ではないか。』

 他のある友は用心深い面持ちをしながら、そう私を戒めました。

『本気にる気ならるもよかろう。』

 ごく少数のもののみが、そう私を励ましました。

 疑惑と自信、躊躇ちゅうちょと覚悟、煩悶はんもんと歓喜――過渡時代に於ける多くの人々の通過するそれ等の経験を自分も通過して、約一年の後に自分はう決心しました。――

『抽象的に哲理を究めることは自分にはきない。一切の煩悩から離脱して、身をもって人を導くような徳と力とは自分にはない。ただ大本には神懸りがある。神懸りとは人間界と霊界との間に開かれたる交通連絡の途である。空論でなくて実際である。命懸けで本気に行ったなら、自分のようなものでも、あるいはこの新原野――有るか無いかさえも不明であるこの新世界の開拓がきないものでもあるまい、かれこれと風評はあるが、あの現代離れのした長髪連がまさか大江山の鬼の末孫という訳でもあるまい。就中なかんずく教祖という人は立派な人格の所有者らしい……。よしまかり間違って大本人がドーあろうとも、自分の求むる所はただ大本教で実行して居る神懸りの研究であって、大本教にける地位でもなれば権勢でもない。簡素な田舎生活を営むには当分困りもしないから、一つ思い切ってあの寒い山国に引込んで見よう……。』

 船はとうとうともづなを切って茫漠ぼうばくたる未見の大海へと乗り出したのでありますが、さて約十年後の今日、通過した跡を辿って見ると、なんという見当外れ! なん迂余曲折うよきょくせつ! 最初ににらんだ彼方の岸は、幾たびか消えては現われ、現われては又消ました。

『今度こそは間違なし……。』

 歓び勇んで驀地まっしぐらに突進して見て、さてそれが一抹の雲影であったことを発見した時の味気なさ! 人に笑われ、疑われ、又そしらるるは、ある程度これに耐え得るにしましても、自分自身の心の空虚、失望に近い危惧不安――これには実際骨を削られ、肉をそがるる思いが致したのでありました。

『それなら汝は大本教ですっかり懲りてしまったのか?』

 そう仰っしゃる方が沢山お在りのことと存じますが、私はこれに対してしかりとも否ともきっぱり申上げ得ないのを遺憾とします。少しばかりの名、金、又身体の自由――成程私は大本教に関係したばかりにこれ等を失ったことは事実であります。しかし私は大本教と関係した御蔭で、いささか心霊の作用、神人の関係等につきて自得し体験する機会を与えられ、生命のつづく限りは心霊問題、信仰問題と始終しようという最後の覚悟をドーやらきめ得るに至りました。損といえば損、得といえば得、その決定は見る人の立場立場で相違します。

『それでも大本教の神懸りなどはすこぶる幼稚で、しかも不純なものではないか?』

 そう反問さるるお方もすくなくはないように見受けられます。成程この評語はあるいは正当かも知れません。心霊問題の研究は日本においても、又西洋においてもそろそろ目下は揺籃ようらん時代を通過して各々その特色を発揮せんとしつつあります。心霊現象の見本を見て驚く時代は過ぎ去って漸く其内容価値の批判に移りつつあります科学が宗教を敵視し宗教が科学を排斥するような幼稚な時代はすですでに過去の夢と化しつつあります。大本教の神懸現象、並にその産物は、何とっても粗製濫造の嫌があります。数は多いが心霊研究史上永久に痕跡を残す丈の価値あるものは余り沢山はない。この事に就きては幾度でも章を改め、稿をつづけて、前年の私の粗雑きわまる大本紹介の不備を訂正し、謹んで罪を天下に問うと同時にいささか日本に於ける心霊研究者の参考の資に供したいと存じます。

『そうすると大本教というものは矢張やはり詰らないものであったのだね。』

 そう早合点さるる方があるかも知れませぬが、私はそれには全然賛同することがきませぬ。すべていかなる学説でも発明でもその時代を離れて評価することは正しくありません大本教もその発生の時代を考慮に入るる時に実に見上げたものであります。出口直子が初めて神懸りになって卅年さんじゅうねん後の世界の大改造を警告したのは明治二十五年であります。出口王仁三郎氏が、鎮魂帰神法を活用して、心霊作用の何物なるかを体得せしむべく努力したのは明治三十二三年頃であります。その時代の日本の思想界、学問界ははたしてんな状態に在ったでしょう! 故長南年惠ちょうなんとしえ女が非凡なる霊媒でありて、その身辺に幾多の心霊現象が続出するという単なる理由で、明治二十八年と二十九年とに二度まで投獄された一事を見てもほぼ想像に余りあります。明治大正時代の結構な点を拾えば幾らでもありますが、しかし明治から大正の初年にかけての五十年は旧時代の宗教的迷信から脱出した代りに十九世紀の浅薄にしてしかも不健全なる物質科学迷信に陥り、不知不識今日の危険思想堕落思想を 醞醸醗酵うんじょうはっこう せしめた時代であったことは争うの余地がありません。かかる極端な時代に大本教の如き極端なものが出現して何も彼も神様一点張りを呼号したのは天の配剤の妙なる所以かも知れません兎に角大本教が一般世間の大風潮と逆行して日本に於ける殆んど唯一の比較的有力なる心霊道場であったという事は何人も否定し得ざる活事実でありまして事によると他日日本に於ける心霊問題信仰問題の解決の種子がこんな所に蒔かれて居たかも知れないのであります。大本教にもたしかに欠点は沢山ありますが、単にその欠陥弊所のみを見てその一切の長所美点を無視し、感情上から非学術的、非紳士的罵詈ばりを加うるのは決して日本国民の伝統的態度ではありますまい。

 私は大本の生命というべき神懸現象並にその産物の内容価値に就きて情実ヌキの厳正なる報道を試むるに先立ち、その準備としてここに大体にわたりてその種類性質を紹介して置きたいと存じます。大本教の神懸りと申したところが、詮じつむればそう変ったものではなく、心霊作用の一のあらわれに相違ないのでありますから、成るべく本邦在来のいたずらに勿体もったい振った、空漠たる分類法を避け、世界の心霊学界で一般に採用する所の簡単平明なものに致したいと存じます。

一、自働書記

 自働書記には直接に人体を使うのと、ブランセット又はウィジャ盤の如き器械を使うのとの二種類ありますが、大本のは前者に属しそしてその代表的産物は出口直子が明治二十五年から大正七年まで二十七年間書きつづけた筆先であります。大本信者の多くはこの筆先を全部尊き神の言葉、宇宙意思の表現と見做みなし、これに反して世人の大部分はこれを単なる無学なる老婆の囈語たわごと、せいぜい潜在意識の発動位に考えるようでありましたが、双方極端と極端との鼻の突き合わせで取るに足りません。これは是非とも心霊学上の厳密周到なる批判を経て最後の断定を下すべきで率先之そっせんこれを世間に推奨紹介した私としてはことにこの件に関して大責任がある事と考えて居ります。大本信者たると否とを問わずここは是非冷静な態度を保持し、そして学問上有益なる御指教をたまわりいと存ずる次第であります。お綾部では私自身多数の人々に対して鎮魂修行をさせて居る中に、自働書記を行うものが二三十人発生しましたが、そはただ現象の標本として多少興味ある丈で、内容価値はほとんどぜろに近いものでありました。

二、霊視

 西洋の所謂いわゆるクレエルヴォィヤンスであります。それには遠方をるもの、壷そのほか密閉物の内部を透視するもの、肉眼に映ぜざる霊界の存在物、例えば幽霊などを視るもの、過去、現在、未来にわたる事物の経過変遷へんせん等を髣髴ほうふつするもの等、種々に分れます。無論その中には単なる幻覚に過ぎぬものもあり、又相当正確味を有するものもあり、内容価値からいえば玉石混淆でありますが、いずれも心霊作用の一の発露たるに相違ありません。私自身取扱った修行者中、その実例は恐らく百をもって数え得ると存じますがその中の大部分は主観的に自己の満足を買い得たにとどまり、客観的実験実証の材料に供し得るものの少なかったのは遺憾でした。

三、霊言

 自己の意思とは没交渉に、他働的に言語を発する現象であります。これは無意識状態(所謂いわゆる恍惚状態)で行うのと、又全然明瞭なる意識状態で行うのと二種類ありますが、大本部内で起った現象は主として後者に属しました。その代表的標本は矢張り出口直子の神懸りの初期のがそれであったようで、大きな声で『この方は艮之金神であるぞよ』だの、『世界には近く大立替があるぞよ』だのと喚き立てたといいます。大本修行者中にはどういうものかこの現象が矢鱈に多く、十人に一人や二人はかならず発生しました。大抵は下腹部から気胞のようなものがこみ上げて来て、声帯を動かし、舌唇を左右し、いかに本人が抑えようと試みても抵抗し切れず、調子外れの大声で呶鳴どなるべく余儀なくされるのであります。心霊現象としては確かに重宝でありますが、同時に弊害もまたすくなくないのであります。何となればその内容価値は多くはゼロで、本人の意識なりが、幻覚なり妄像なりが雑然として混入せる出鱈目に過ぎないものが多いからであります。

四、霊耳

 普通他の人には聴きとれぬ音声又はささやきなどを感識する現象で、不用意の間に起る場合が多く、従って学術的研究の対象とするにはすこぶる不向きでありました。私自身の体験としては、十人連れで台北の台湾神社に参拝して祝詞を奏上して居る中に、他の五人と共に約十分間許連続的に嚠喨りゅうりょうたるしょうの音をきいた位のものであります。

五、物品引寄

 明治四十年前後において大槻幸吉という人が、無意識の神懸り状態において、幾度も五十銭銀貨を掌中に引き寄せたというのが、大本部内に於ける物品引寄中の白眉であったでしょう。但し私自身それを実験した訳ではありません。お出口直子が神懸りの初期(明治二十五年)に坐敷牢の中で神から剣を授かったということで、その現品と称するものが大本に保存されて居ますが、これも遺憾ながら今の所で証明の方法がありません。私の其後そのごの実験で、物品引寄は確かに有り得る現象だと信じますが、大本で起った現象に対してはしばらくその真偽を保留して置きます。

六、霊縛

 鎮魂を行って居りますと、被術者は神懸り状態において突然術者(審神者)に武者振り附こうとしたり悪罵あくば呪咀じゅその語を放ったり、あるいは無二無三に逃げ出そうとしたり、始末に行けないのが発生する場合があります。そんな時に術者は所謂いわゆる霊縛を試みるのでありますが、それがよく利くと憑依霊と信ぜらるるものは動き得ません。そして被術者の肉体はあたかも縄で緊縛された状態になりますが、当人自身はごうも苦痛を感じませぬ。心霊現象としてはなはだ興味あるものと存じます。私自身霊縛を試みた実例は百回又は二百回にも上るでしょう。

七、霊夢

 霊夢は覚醒に先立つ瞬間に起り、覚醒後その記憶が明瞭に残るのを常とします。実験には全然適しませぬが、心霊事実の記録としては有力なのが沢山あります。この種の夢の研究は心霊学者の重要なる仕事の一つと存じます。

八、心霊療法

 大本は病気直しでないと標榜しますが、矢張り相応にこれを実行し、そして中には興味ある実例もないではありません。しかし気合一つで歯を抜くとか、疾を治すとか云ったような奇抜なのは絶無のようであります。

九、其他そのほかの諸現象

 以上列挙せる以外にもまだ沢山の心霊現象が起って居るように一部の信者間に信ぜられて居ります。例えば神に祈願して風雨雷霆らいてい叱陀しったしたとか、霊感で優れたる詩や文章を作り、又書画を描いたとか、東京の震火災の中から霊力で信者を救い出したとか、――それに類した難有味ありがたみたっぷりの話が、特に教主教主輔等を中心として流布されて居ますが、正確味が欠乏して居るので心霊研究の見地からは、当分これを度外視する外はないようです。

 以上で大体大本教部内に於ける神懸現象を網羅したと存じます。前にも申上げました通り、随分雑駁で幼稚でその大部分は現象の標本としての価値しかないことは疑われませぬが幾世紀にわたりてほとんど埋没し居たる霊術の揺藍地ようらんちに対して余り多くを望むことは或は無理かも知れません。兎に角私自身は大本教と接触したばかりに、一方に失敗を重ねると同時に他方において幾分心霊作用の一端をうかがい、又霊魂並に霊魂界の客観的存在を認め、併せて日本伝統の神のおしえが容易ならざる深みと強みとをって居る優れたおしえではあるまいかと痛感するの端緒を得ました。

 一般的概説はこの辺で筆を切りあげ、以下個々の重要なる事実並にその内容につきて私の知って居る限り信じて居る限りを率直に開陳かいちんしようと存じます。


一、私の執筆の趣旨と態度

目  次

出口直子の自働書記(1)


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第九号」 

発行: 1923(大正13)年10月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、 黒丸傍点表記を、下線付き強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2006年8月30日

※ 公開:新かな版     2006年10月10日


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