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日本固有の心霊現象(三)

――御嶽行者品川守道氏の霊術実験――

浅野 和三郎

 焼跡やけあとの大橋氏仮宅かりたくへ私達が引き上げたのは、かれこれ正午前後でした。そして午後一時四十分からここで又品川氏の神懸かみがかりが始まりました。憑神ひょうしんは例によりて村上入道なのです。

今朝こんちょうは一同大儀たいぎであった……』。例の重い調子で託宣たくせんが出はじめました。『実は霊像は九月二日に二体とも上るべき筈であったが、種々の事情で十月二日と今日の十八日に上ることになった。これより一応霊像れいぞうの由来を物語ってきかせる……。』

 私は急いで手帳を取り出して、物語りの大要を書きとめることにしましたが、村上入道の語調はポツリポツリと素朴そぼくな、ゆるやかなもので、書き取るにさして困難を感じませんでした。

北越ほくえつ春日山かすがやまよりおよそ三里の地点に金剛山という所があるが、ここは上杉謙信の出城だじろの跡で、諸種の宝物が今以いまもって埋蔵されて居る。もっとも最初埋蔵個所は春日山であったのぢゃが、今を去ること、左様三百七八十年にもなろうか、その一部を春日山から金剛山に移し、そして八門遁甲の法を敷いたのぢゃ……。村上は多年苦心に苦心を重ねて此等これら埋蔵品の所在を捜した結果、ようやくその大部分が金剛山に在ることを突きとめることができたのぢゃ……。

『さて、去る九月十九日の夜、大橋留吉に授けたる北辰妙見の尊像であるが、あれはその時まで金剛山に埋蔵されて居たのを、村上が土中より取り出してまいったのぢゃ。又十月二日、並に今朝と二度に海中から引上げたる観音かんのん薬師やくしの二霊像はさきにも言いきかした如く謙信の家来鬼兒島おにこじま肌身はだみに附けて居りたる品ぢゃ。群馬ぐんま歓喜天かんきてんの祠堂の附近には今以いまもって鬼兒島の居城のあとがある。ツマリ鬼兒島は東国の討伐に従事して居たものぢゃが江戸にまいった時、ドーあっても自分の身に右の霊像を附けて居ることがかない難き出来しゅったいして、これめ、品川の海を渡るに際して、それを海中深く投げ入れた。ほかにもまだ貴重なる一品が埋もれて居るから、それも近日取出してつかわすことに致す……。御三体の霊像を祀るのは右の一品が出てから後のことにするがよい。全部揃った上は官辺にも届け出るべきである。それは大橋の望みに任せる……。

『金剛山に再埋蔵を行うに際し、八門遁甲の法を執行せるは野見のみ權九郎ごんくろうと申したものぢゃ。金剛山にはかねて迦具槌命かくつちのみことが祀られて居り、右の野見なる者はその祠堂の別当であった。彼は死後照光霊神として同社に祀られて居る……。』

 其時そのときの託宜は大体んなものでした。右の言中貴重なる一品というのは径五六分の水晶の珠で、それは越えて十一月十三日午前中に同じく品川の海から、指輪状の金環と同時に例のタモで引き揚げられたそうで、その現品は大橋氏の手元に保管されて居ります。私は当日立合うことがきませんでしたが、同十三日午後一時大橋氏宅神前に於ける村上入道の神託の筆記がありますから、これを左に附記して置きます。――

『今朝現われたる水晶の珠は前々から申し聞かす通り、この村上が生前手懸けたる品ぢゃ、かの珠は金剛山に埋蔵されし三個の中の小さい方の一にして、鬼兒島が持ち出して海に投げ入れしものである。金環も同様村上の所持の品であった……。』

 このほかにも何回となく村上入道と称する霊魂の託宣は出ましたが、一々列記するの煩を避けて簡単にそれ等を綜合すると大体左の意味に帰着するようであります。

(一)越後直江津から約四里の地点に金剛山一名長者邸跡と称する山があって、其所そこには沢山の宝物が今以いまもって埋蔵されて居る事。(刀剣数十本、水晶の玉、仏像等)。

(二)それ等の宝物に対し、村上入道と称する霊魂が深甚なる執着を有し、是非ともこれを発掘して正式に祀って貰いたく思って居る事。

(三)村上入道は先年も品川守道氏に神懸りし、群馬県の斎藤十藏なる人をして金剛山発掘を行わしめたが、資力の欠乏と又斎藤氏の不注意とにより、僅かにその一部分を取出したにとどまり今日まで中止状態にあったが、今回大橋氏を見込んでその事業を継承させようとして居る事。

(四)右の宝物の中一部分が品川の海に埋没して居るので、取り敢えずその引揚げ方を大橋氏に命じたが、それはホンの序幕で、金剛山の大発掘が目的である事。

(五)霊力で引出すことは難事でないが、それでは人間に由来因縁を知らせることがきぬので、成るべく現場に行って出願発掘の手続を履行させたいと思って居る事。

 村上入道と名告るのはいかなる霊魂か又其述ぶる所が果して真実か又村上入道の憑れる品川氏の霊術は何の点まで信用を置けるか――此等の疑問に対する充分の解決は到底実験以外には無効であると信じましたので私は十月十八日薬師像引上げの当日から着々其方面に歩武をすすめました


四、薬師如来の霊像引上げ

目  次

 (六)


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第九号」 

発行: 1923(大正13)年10月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 入力:いさお      2006年9月25日

※ 公開:新かな版     2007年1月21日


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