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霊界とは何ぞや

浅野和三郎

(一) 三様の意義

 つらつら考うるにおよそ『霊』又は『霊界』という言葉ほど不用意に濫用される言葉はめったになかろうかと存じます。誰しもこれに対する空漠たる概念をたぬものも無いかわりに、さりとてこれに対する精到せいとうなる攻究審査を遂げたものもはなはすくない。言わば当推量の独りよがりでヤレ霊が有るの無いの、ヤレ霊界が存在するのせぬのと言って見た所で一向はじまらない話で、各自の用うる看版の用語は同一でもその内容は往々天地の違いを生じて居るのであります。実は私自身なども従来その選に漏れない一人で、下らぬ水掛論をしばしば試みたためしがあり、顧みてはなはだ汗顔の至りに堪えませぬ。でこの幼稚な状態からは御互に一時も早く脱却したいと考え、ここにこの標題をかかげて筆を執ることにもなりましたが、何にしろ御承知の通りこれは天下至難の問題であり、はたして私の微力で遺憾なくその目的を達し得るや否やは自分自身でさえはなはだ覚束なく感ずる次第であります。若し間違まちがいがあったら御遠慮なく是正を願います。

 私の見る所によれば霊界という用語の内容はこれを三大別し得るかと考えます。即ち

 (一) 宇宙が活動を起す以前の、有無善悪を超越した絶対無差別の混沌界

 (二) 現象の物質界と全然表裏の関係にある大霊界

 (三) 物質界の延長、若くは半物質界と見るべき幽冥界

 以上の三界はその根本観念において全然別個のものであり、決して混淆を許さない性質のものであるに係らず、たまたまの界も普通の現象界とかけ離れて居る所から、そのままひッくるめて十把じゅっぱ一束式にひとしく霊界と称えられて間断なく間違まちがいの種を蒔いて居るのであります。くどいようだが、われわれはこの幼稚な状態から一時も早く脱却せねばならぬと痛感いたします。

 但し以上列挙した三界の中、最初の混沌界につきては私はここに多言をついやしたくありません。有無善悪を超越した絶対境はわれわれの思索想像の到達し得る窮極の境地として貴重でありますが、業に已に動的宇宙の一細胞たる運命の下に置かれ、因果の厳律に縛られて居るわれわれ人間が、今更いまさらいかにジタバタもがいて見たところで、決してその境涯に逆転さして貰う訳にまいりません。若しもうっかりそれにあこがれでもすると厭世思想の捕虜となったり、破壊思想の奴隷となったり、植物性の無能な逸民となったりして、結局国家人生の潰滅を助成することになります。われわれが安住の楽土、理想の目標とすべきは決してこの混沌の絶対界ではなくして、相対的絶対界たる大霊界であらねばならぬと考えられますが、それは大霊界を説く時に重ねて申上げます。畢竟ひっきょう混沌界は有にもあらず、無にもあらず全然有無を超越して居る境地ですから、厳密に言えば霊界から省いてしまうのがあるいは正当かも知れません。


(二) 大霊界

(三) 幽冥界


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第四号」 

発行: 1923(大正13)年5月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2006年5月28日

※ 公開:新かな版     2006年7月26日


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