心霊図書館雑誌総合案内> 「心霊界・第一巻

発刊の辞

主筆 浅野和三郎


 本誌の前身たる『心霊研究』は、諸般の霊的現象又は心霊作用に就きて批判討究を遂げんがめの純学術的報告機関でありましたが、本誌はこの目的を継承続行すると同時に、更に進んで広く門戸を開放し宗教、政治、そのほか百般の人生問題、思想問題につきて十二分に抱負を吐露し、又意見を交換して出来る限り活社会との接触を切実にせんとするものであります。即ち本誌は『心霊研究』の単なる改題と言わんより、むしろその化身であり、変形であります。

 かえりみれば『心霊科学研究会』が初めて帝都において組織されましたのは大正十二年三月二十三日の事で、爾来じらい心霊現象の調査実験に、又心霊資料の蒐聚しゅうしゅう整理に、次第次第に歩武を進め遂に七月に入りてその機関として兎も角も雑誌『心霊研究』を刊行することになりました。爾来じらい号を重ぬること三回、かたわら参考資料として『心霊叢書』の刊行にも着手し、有形無形にほぼ確乎たる基礎を築き、面目を整うるに近きました。若し何事もなく其侭そのままに進行して居たならば今頃は相当纏まりたる実蹟を挙げて居たことと信ぜられます。

 幸か不幸か運命はわれわれの事業が一本調子に進行する事を許しませんでした。九月一日帝都に勃発せる大震火災は物質的にも精神的にも本会に対しすこぶる重大なる影響を与えました。同時にかの大変災を境界として日本国そのものが急輯きゅうてん直下的に大変動を遂げ、事前と事後とを比較すればほとんど別世界に居住するのではないかと思わしむるものがあるのであります。この内外の情勢の変化が相合してここに本誌の改造をもたらしました。

 今や帝都復興の声は上下に瀰漫びまんし、夜を日にいでバラックが建設せられ、自動車や電車はしきりに東西に飛び廻って居りますが、しかし各人の心胸の奥に深きさびしみ、何となき不安が潜んで居ることは争う事のきぬ事実であります。例えば耽溺たんできの後に襲い来る一種の悲哀、楽しき夢の覚めたる時に免れぬ一種の果敢なさのようなもので、はっきりした自覚はないにしても、しかし嘘でも幻でもありません。焼跡の帝都に出入往来するものがしきりにバーの酒にしたらんとしたり、遊戯や演戯の刺戟に走らんとしたりするのを見ても、いかにその心の奥にがらんとした空隙が生じて居るかが判ります。

 この悲哀、この寂漠せきばくの感は一部分は物質上の損失より来って居ることは確かであります。貴賤きせん貧富ひんぷかかわらず、かの災厄に罹ったもので多少の痛手を負わぬはなく、幾年幾十年にわたりて拮据きっきょ蓄積蒐聚しゅうしゅうされたる財産が一朝にして烏有うゆうに帰してしまったのでありますから、いかにあきらめようとしてもあきらめがつかぬ者があるのは推量に余ります。私をはじめ本会同人の多数も決してその選には漏れませんでした。しかながらかの災厄が与えたる精神的打撃に至りましては、物質的損害に比して遥に痛烈ではあるまいかと私は考えるのであります。

 われわれは従来黄金や器械の力が無上の価値を有するものであることを教えられて居りました。ヤレ文明が天然を征服するだの、ヤレ黄金さえあれば世の中は安心だの、ヤレ文化的に衣食住を改造するだのという事のみを耳にし、要するに人間の力に優る何物をも認めぬように仕向けられて居りました。所が九月一日の大変災はこれが一場の空夢であったことをもっとも露骨にもっとも痛切に証明しました。天譴てんけんだの、神罰だのという悲鳴がず各方面から挙げられたのを見ても、いかに在来の唯物的人生観の上に大変換が加えられんとしつつあるかの兆候は歴々として認め得ることと考えます。

 悲しい哉五十年来唯物的個人主義で薫陶くんとうされ来った日本国民は其所そこでバッタリ行き詰まらざるを得ません。旧人生観の不備欠陥だけはどうやら判りかけたが、さていかに健全なる新人生観を築くべきかを知りません。宇宙に意志があるか無いか? 有神論が正しいか無神論が正しいか? 運命なるものは盲目か、それとも何所かに運命の鍵を握るものがあるか? 人間に霊魂が有るか無いか? 若し有りとすれば死後その霊魂はドーなるか? 又霊魂界と現象界との間に交渉連絡があるか無いか?――何を叩いて見ても、何所からも碌な答が一つも出てまいりません。これでは帝都市民をはじめ、一般世人が心の奥に言い知れぬ不安と悲哀で寂漠せきばくとを感ぜざるを得ない筈であります。

 微力ながらわが心霊科学研究会は此等これらの諸問題に向って研究のメスを進め、精細透徹せる純科学的解決を下さんがめに組織されたのでありますが、創立当時にありてはよくよくの人でなければ真面目にこれを迎うるものなく、ややもすれば閑人ひまじん閑事業かんじぎょう位に見做みなしたがる傾向がありました。これを一変したのはかの大変災でした。爾来じらいここに数ヶ月、その数ヶ月は意挙いあが気驕きおごれる平時の数年間において心霊科学研究会が遂げ得るよりも恐らく多大の方向転換を一般人心の上に行わしめました。私どもが今日言わば研究室の裡から飛び出して、直ちに活社会に乗り出さんと決心しましたのは主としてこれがめであります。

 さすがに世の識者先覚は日本国民の内面の苦悶や不安の存在に着眼したものと見えまして、講演に説教に近来しきりに精神復興の声を挙げつつあります。これは誠に結構なことには相違ありませぬが、私はひそかにその効果の有無を疑うものであります。日本国民の求むる所は単なる徳目の羅列や内容のない激励や慰撫いぶの如き、そんな上滑りの末梢的事項でありません。宇宙の真相、人生の目的、又は今後の覚悟等に関する深い深い宗教的又は心霊的の根本問題の解決なのであります。わが心霊科学研究会の事業、又本誌の刊行が幾分たりともこの切実なる現代人の要求を充たし得るや否や――その存在の意義は全然今後の実蹟の上にかかる事を痛感せずには居れませぬ。いささか所思を披瀝ひれきして発刊の辞と致します。


底本: 雑誌 「心霊界第一巻第一号」 

発行: 1923(大正13)年2月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2006年5月28日

※ 公開:新かな版     2006年6月11日


心霊図書館: 連絡先