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幽霊の穿めたる蝋製の手袋

コナン・ドイル


――サイエンテフィック・アメリカン誌より――

……(前略)私は貴誌に対して挑戦する気はありませんでした。私は酷評家の多数、例えばブラック氏の如き人々が、その取扱う所の題目につきて全然無智識なるを遺憾いかんとしたのでした。しかし貴誌がこの問題を取扱わんとするのは私のはなはだ歓迎する所で、全力を尽して御援助致しましょう。

 が、ここに銘記せねばならぬ二三の点があります[#行末]。御せッかいと思召めさるるかは知れませぬが左にこれを列記致します。私は三十六年に亘わたる自己の実験と、経験に富める多くの同僚の著書及び談話からこの言を為すものであります。

(一)貴誌は極めて危険な仕事を敢行しました。多額の懸賞金は国内のあらゆる悪漢の人気をそそりますが、これに反して善良なる霊媒は超世間的で金銭などに引き寄せられはしませぬ。若し貴誌が心霊運動の主唱者達の個人的援助及び裏書を得るならば、霊媒者達は斯学のめ並に自己の名誉のめに奮起するでしょう。しからずんば彼等は貴誌を忌避するでしょう。何とすれば、所謂いわゆる『試験』なるものは屡々しばしば念入りの陥穽かんせいたるを免れぬからです。私共は目下もっかかの写真霊媒ホープにかかる所謂いわゆる詐術さじゅつ曝露ばくろ事件の解決に当りつつあります。私共の調査する所によれば詐術の責任はうたがいもなく試験者にかかり、霊媒に何等の責任はありませぬ。かかる事件は正直なる霊媒をして大変警戒せしめます。無論貴誌の試験者が心霊運動の巨頭であるならば、霊媒は歓んで全力を尽すでしょう。

(二)貴誌が賞金として提供した金額を貴誌代表者の出張費(米国各地、ロンドン、グラスゴー、パリー等への)として使用したなら一層有益と思います。実際それ丈の労を執った上でなければ貴誌は報告を発表する訳には行きますまい、貴誌は私共が有すると同様である丈の経験を有たねばなりませぬ。

(三)成否の秘訣ひけつは一切人次第です。規則としては不明の点がありますが、大体において述ぶれば、受信者と発信者との調子が合うことが肝要で、振動の和諧わかいが好結果を得るめの必要条件です――即ち同情、親切、礼儀等が無ければ駄目です。かならずしも精神的一致までとは申しません。猫が鼠を狙うような監視的態度では、到底立派な心霊現象には接し得ません。

(四)る場合には単なる同情丈で不足です。もっと深いる物を必要とする場合があります。私はすくなくとも、一人の有名な心霊学者を熟知して居ます。この人が居ればあらゆる心霊現象は全然中止してしまうのです。かかる場合は決して稀有けうではありません。ドーも独断的、攻撃的典型の人にこの禁厭きんえん現象が伴うようです。このしゅの人から往々審査家が現われます。かるがゆえしも貴誌が真理を求むるならば、是非とも、穏和で叮嚀ていねいで、そして同情に富んだ人を代表者の中に有することが必要です。

(五)但しいかに正直で同情心に富んで居たとて若し彼が二三の正直な心霊学者を相談相手として疑惑を解き、又説明を受くるにあらざる限り、飛んだ誤謬ごびゅうに陥らぬとも限りませぬ。ここに一の実例を挙げます。私はる時心霊智識の絶無なる一人の記者をロバァーツ・ジョンソン夫人の交霊会に伴いました。この人は霊言のできる有名な霊媒です。いよいよ言葉くちが切れ出した時に記者はその声の中に霊媒自身の音声が混入せるを認め、大騒ぎを始め右の心霊会とを滅茶滅茶にしてしまいました。その記者というのば、ティルスン・ヤング君であります。この騒動は全然同人の無智識から起って居ます。経験ある心霊学者なら、霊言の初期においては、屡々しばしば霊媒自身の音声が混入することを百も承知して居ります。少し忍耐して発展を待てば、やがて音声は漸々ぜんぜん変化し、幾人かの異なる声が同時に声きこえ出し、同様にその内容も霊媒の智識以上のものとなります。

(六)これに関連して私は心霊現象を攻究する人が是非とも斯学の権威ある著書を精読さるる事を推薦します。例えばクルックス氏の諸著、クローフォード氏の『サイキック・ストラクチュース』(Psychic Structures)、シュレンク・ノッツィング氏の『マテリアリゼーションズ』(Materializations)、チャールス・トウィーデル氏の『ヒューマン・サアヴアィヴアル』(Human Survival)等であります。彼は自称魔法使いや心霊家でなく、むしろ手腕より忍耐ある公平無私の事務家である事が適当と思います。

(七)若し右に述ぶるが如き人物ですれば、私は自分の力の及ぶ限り最良の心霊現象を御覧に入れる事に致します。但し彼は、全権ある審査員としてよりも私の紹介する来訪者という方が好結果を得られると思います。さもないと霊媒は兎角神経過敏となり、変調不規律に陥ります。

 私は貴誌の成功を祈りますが、最後の結果に対しては何等の幻想を有しませぬ。一八六九年の『ロンドン・ダィアレクティカル・ソサィティ』会員の数は約八十名許で、皆公平無私の人々でした。この会の委員会の物理的現象に対する報告は、衆口一致良好でした。これが今より五十年前の出来事であります。一八九〇年代に巴里パリで催した局外者の会でもまた同様でした。(ベルグソンもその一人でした)当時に比ぶれば今日は僻見へきけんの分量が減少して居りますが、まだまだすこぶる強烈であります。何か余程よほど優れたる新生面を開拓し得るにあらざれば、到底世人を承服せしむる事は不可能と存じます。

 私の見解によれば、この問題はかの幽霊ののこしたパラフィンの手袋によりてのみ解決し得るものと思われます。これはリシエ教授とゲレー博士とによりて作られたもので、一旦物質化せる幽霊の手が、型を残した後に分解したからこの型が崩壊せずに居ますのです。人間の手であったらく時にパラフィンは直ちに壊れます。私も巴里パリその手を目撃しました。公平無私の人に対してはそれ丈で最後の断案を与えるに足りると愚考します。

 最後に私は大金の懸賞の不可をここに繰り返します。それは二様に悪く働きます。何となればそれは悪霊媒を引きつけ、善霊媒を駆逐するのみならず、また審査員をして絶対公平を失せしむる誤があるからです。『これを承認すれば自分の使用者はこれこれの金額を失うのだ』と思えば自然気が引けます……。

底本: 雑誌 「心霊界第一巻第一号」 

発行: 1923(大正13)年2月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

※ 入力:いさお      2006年5月28日

※ 公開:新かな版     2006年6月11日


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