‘第01篇 心霊研究之栞’ カテゴリーのアーカイブ

目次

2010/09/28

   (一) 近化心霊研究とその主張

   (二) 心霊現象の種類と霊媒

   (三) 卓子他の浮揚発声現象

   (四) 心霊写真現象

   (五) 物質化現象

   (六) 直接談話現象

   (七) 物品引寄せその他の諸現象

   (八) 超物理的諸現象

   (九) 心霊研究の参考書


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(9) 心霊研究の参考書

2010/09/27

 本書は最初にお約束したとおり、近代心霊研究の単なる道案内をつとめるのが主眼なのですから、どこまでもそのつもりで講述の筆を進めました。この一冊だけお読みになって、それで皆様の懐かれている疑問が解けないどころか、恐らく却って疑問が一層殖える位のところでしょう。又それが筆者の希うところでもあります。疑問が起るから研究心も起ろうというもので、何より可けないのが、鼻元思案の知ったかぶりであります。『そんな莫迦なことがあるものか?』――現代人の大多数はそう言った安価な自己欺瞞で不徹底なその日暮らしをして居ます。本書が幾分でもこの精神的鎖国主義を打破するの役目を果し得ればまことに結構であります。

 乃で、皆様が若し一層進んで御研究をなさろうと思わば、是非もっと完全な書物に就きてお査べくださることを希望します。で、皆さまの御便宜の為めに左に適当と思わるる参考書を御紹介いたして置きます。――

 先ず日本物を紹介しますが、大震火災の為めに絶版となりたるもの多く、ソー沢山揃っていないのが誠に残念です。

心霊講座」 浅野和三郎著 (嵩山房 三円五十銭)

  (平易通俗にごく最近に至るまでの研究の結果を講述紹介したもの)

「死後の世界」 浅野和三郎訳(嵩山房 二円五十銭)

  (剣橋大学の講師ワアド学士の霊的体験の記録で近代類書中出色のもの)

「死とその神秘」 大沼十太郎訳(アルス 二円五十銭)

  (仏のフラマリオンの著、有力な心霊事実が満載されている)

「透視と其実例」 中尾良知著(大阪大石堂 一円八十銭)

  (著者自身の霊視能力活用の記録)

「霊魂不滅観」 下村孝太郎著(警醒社 二円)

  (宗教、哲学、科学の各方面から霊魂不滅を力説したもの)

ジュリアの音信」 吉田作弥訳(警醒社 一円五十銭)

  (有名なステッドの自動書記の産物)

「近代心霊学」 平田元吉著(京都人文書院二円三十銭)

  (頗る忠実に発達の径路を書いてある)

岩間山人と三尺坊」 浅野和三郎編(嵩山房 八十銭)

  (日本に於ける二大心霊事実の記録)

「幽冥界研究資料」 友清 歓真編(天行居)

  (孝安物語その他日本固有の霊的事実の蒐聚)

次ぎに西洋物の粋を抜きて御紹介します。これは又余り沢山なので選択に骨が折れます。

概論的のものでは――

The Facts of Psychic Science and Philosophy. By Campbell Holms. (Kegan Paul)

  (類書中で最も完全、一種のエンサイクロピデイアです)

Man’s Survival After Death. By Rev. C. Tweedale  (Grant Richards)

  (甚だ正直な記録で、バイブルとの連絡を講じている)

On the Threshold of the Unseen. By Sir W.Barrett (kegan Paul)

  (物理学の大家としての精緻なる研究)

まだ幾らでもありますが、この辺でとどめましょう。次ぎに部分的特殊的の研究では――

Photographing the Invisible. By J. Coates (Fowler.)

  (心霊写真に就きての標準本)

The Reality of Psychic Phenomena. By W. J. Crawford (Watkins)

Psychic Structures. By W. J. Crawford.(Watkins)

Experiments in Psychic Science. By W. J. Crawford (Watkins)

  (右三書何れも卓子浮揚の内面装置の研究として不朽のもの)

Materialization and Clairvoyancer.  (Fisber Unwin) By Dr. G. Geley

  (物質化現象に関する忠実な学者の研究、挿絵沢山)

Towards the Stars. By Dennis Bradley (Werner Laurie)

The Wisdom of the Gods. By Dennis Bradley (Do)

  (右二書直接談話現象の精細な記録)

Thirty Years Among the Dead. By Dr. Wickland (National Psychological Institute.)

  (憑霊現象の記録)

Man Visible and Invisible. By C. W. Leadbeater  (Theosophical Publishing House.)

  (霊視能力による人体裏面の研究、挿絵沢山)

The Projection of the Astral Body. By Mulden and Carrington (Ridar.)

  (幽体の霊的調査)

Spirit World and Spirit Life. By F. R. (Cosmos Pub. Co.)

  (自動書記の産物、幽界の規則の詳しき調査である)

しばらくこの辺で切り上げましょう。次ぎに霊界通信中の出色のもの数種を挙ぐれば

Gone West. By J. S. M. Ward (Rider)

A Subultern in Spirit-Land. By J. S. M. Ward. (Rider)

  (右二書共に主として自動書記の産物、前者は「死後の世界」の原本)

Letters from a Living Dead Man By Elsa Barker. (Rider)

  (自動書記の通信で、他界生活が或る程度髣髴される)

Spirit Teachings. By William Stainton Moses (London Spiritualist. Alliance)

  (近代心霊界に於ける是も権威ある自動書記の産物)

From Four who are Dead. By Mrs. Dawson Scott (Arrowsmith)

  (ステッド其他三人の死者からの有名な通信)

Is This Wilson ? By Mrs. Dawson Scott (Dutton, New York)

  (大統領ウイルソンの霊魂からの通信)

After Death. By W. T. Stead (Stead Pub. Honse)

  (いわゆるジュリアの通信)

Psychic Messages from Oscar Wilde. By Travers Smith. (Werner Laurie)

  (ワイルドの死後の通信)

次ぎに主としてスピリチュアリズムを取扱って居るものでは――

The History of Spiritualism, 2 Vols. By Conan Doyle (Cassel)

  (近代神霊主義の発達史、通俗的に書いてある)

There is no Death. By Florence Marryat.

  (「人は死せず」の原本)

Human Personarity and its Survival of Bodily Death. By F. W. H. Myers

(Longmans)

  (斯学の歴史的権威)

Psychical Reserch, Science and Religion. By Stanley De Brath (Methuen.)

  (是も穏健直截な主張)

Death and Its Mystery, 3 vols. By C. Flammarion. (The Century.)

  (実例豊富、死前、死の瞬間、死後に区分してある)

The Survival of Man. By Sir Oliver Lodge (Methuen)

  (学界の耆宿としての用意深き論断)

Spiritualism. By J. Arthur Hill. (Cassel)

  (まとまりのよき好参考書)

Here and Hereafter. BY Leon Denis (Rider)

  (熱烈なる神霊主義の力説)

最後に心霊研究に関する雑誌二三を紹介して置きます。日本物では――

「心霊と人生」 (横浜市鶴見東寺尾心霊科学研究会、一ヶ年二円四十銭)

  (月刊雑誌、発行以来八年になる。斯学に関する本邦唯一の機関である。主筆は著者

又西洋物では――

The Two Worlds. (18, Corporation st., Manchester)

  (週刊で非常に調法です。主筆はオーテン氏、年額十志十片です)

Light. (16, Queenthberry Place, London, S. W. 7)

  (これも週刊です。主筆はガウ氏、一ヶ年二十二志)

Psyeiric Seience. (The British College, 15, Queen’s Gate, London, S. W. 7)

  (年四回発行、間断なく有力な参考資料を提供します。年額十一志)

以上不完全ではありますが、真実に心霊問題の研究に入ろうとする方々に多少の手懸りになれば幸甚であります。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

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資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(8) 超物理的諸現象

2010/09/26

 以上で物理的の諸心霊現象を一と通り講述しましたから、今度はいよいよ超物理的現象の順番になりました。実を申しますと心霊現象の中心骨髄は後者に属し宇宙人生の重要問題を解くべき価値ある資料は主としてこちちの方面に求めねばならぬのですがそれが何れも特殊能力者の主観に属する事柄である丈それ丈その品質の審査識別に大骨が折れうっかりすると一ぱい喰わされる

があります

 先ず『霊視現象』から紹介致します。これはつまり普通の肉眼に映らざる物象を視る能力で本邦の所謂透視、千里眼、天眼通などというものです。其適用の範囲は大体二方面に分れます。即ち甲は物質界の現状偵察、乙は超物質界霊界の現状偵察でありますが、不良な霊視能力者には多量の幻錯覚が混りますから油断がなりません。

 霊視能力の霊媒は何れも全然無意識にはなりません。通例相当深き入神状態には入りますが、本人の意識は奥の方に立派に保存されて居り、そして閉ぢたる眼の底に刻まるる印象を後まで記憶して居ります。

 近代日本の心霊界は概して貧弱なるを免れませんでしたが、ただ霊視能力者だけは相当豊富に現われました。故御船千鶴子、長尾郁子等はしばらく別問題としても、現に高橋貞子女史、三田光一氏、中尾良知氏等が控えて居り、それぞれ特長を発揮して居ます。現在私の手元にも二三人居りまして、私の行いつつある実地研究に多大の便宜を与えてくれつつあります。私どもが、曲りなりにも隠微不可思議なる超現象世界の事物その他を審査し得るのは実に斯うした重宝な、活きた眼鏡のあるお蔭であります。

 これは職業霊媒でも何でもないが、日露戦争時代に東郷大将の幕僚として雷名を馳せた故秋山真之中将(当時は中佐)なども一種の霊視能力者でした。秋山さんが明治三十八年五月二十四日の晩に、三日後に起るべき日本海々戦の実況を霊眼で目撃したことなどは実に驚くべき話で、当時戦報の劈頭に『天祐と神助とにより』と書いたこともまことに故ある哉と思われる次第であります。

 かく霊視能力なるものがたしかに存在するということは何等疑問の余地はありませんが、ただその内面装置はよく判りません。多分多くの場合に於てそれは霊媒の背後に隠れ、人知れず之を擁護するところの他力――守護霊の援助によるものでしょう。そして其手続は恐らく振動の原理に基くものでしょう。

 今度は『霊言現象』につきて述べます。古来本邦では堅苦しくいうと天言通、ずッとくだけて口寄せなどと称して居たもので、つまり霊媒が入神状態に入り、その人格が変ると同時に、その発声機関が他の人格によりて司配される現象であります。この現象の起る場合には普通に霊媒が恍惚又は半恍惚の入神状態に陥るところから、欧米ではそうした霊媒を入神話者
Trance speaker. などと呼んでいます。

 霊言現象にはその働きに二た通りの種類があります。即ち――

 (甲) 霊媒固有の守護霊が表面に立ちて発言する場合。

 (乙) 霊媒の守護霊は裏面に退き、他の霊魂が霊媒の肉体を使って発言する場合。

 例えていうと前者は私用電話の如く、後者は共同電話のような趣があり、どちらも有用であります。ただこの際最も警戒すべきは嘘八百のイタズラ霊又は霊媒自身の潜在観念に右の電話口を占領されないことで、日本にも又外国にもそうした結果、とんでもない失策を演じたことがあります。

 さて霊言現象を表面的に観察すると、外来の霊魂が宛かも一時的に霊媒の肉体を占領するかの如く考えられますが、それは多くの場合に当てはまりません。霊言現象も亦他の諸心霊現象と同じく、主として波動の伝達であるらしく見えます。即ち或る霊魂が遠方からその思念を放送すると、その念波が霊媒によりて受け取られ、そして霊媒はこれを自分の言語に飜訳して発表すると言った仕掛であります。ですから動物霊が人語を語ったり、外国人が日本語を語ったりしても一向不思議ではないのです。何となれば先方から放送されるものはただ思想だけであるから……。従って霊言現象に於て最も因難を感ずるのは固有名詞の伝達です。それは多くの固有名詞が単なる符牒で、何等の意味――思想が含まれて居ないからであります。

 霊言現象の霊媒は世界中にどれ丈存在するか知れぬほど沢山ですが、優秀なのは不相変少数です。何と言っても現時代に於て霊言の名霊媒は英国のレナルド夫人のようで、どれ丈多くの死者が之を媒介として確実性にとめる通信を送ったか知れません。私も一九二八年の秋に一度女史を実験しましたが、実に美事だと思いました。それというのもつまり女史の人格が高潔であり、従って女史の背後にありて百方周旋する守護霊のフィダがいかにも愛すべき性格の所有者であるからであります。下卑な人格の霊媒に到底碌な霊言現象の起る筈はありません。

 次ぎに『自動書記現象』につきて一言します。自動書記にもいろいろの種類があります。即ち(一)ウィジャ盤を使用するもの、(二)プランセットを使用するもの、(三)直接霊媒の手を使用するもの、等であります。何れの方法を執ることも随意ですが、日本式の文字を書くには最後の方法が最も適当でしょう。

 自動書記では霊媒は普通入神状態に入らず、ただ心を鎮めて受身になって居ればよい。するとだんだん慣れて来るにつれ、自己の顕在意識とは全然別個の意識が加わりて手を動かし、その間に霊媒は他人と談話を交えても、又は読書をして居ても差支なき程度に上達するものであります。兎に角あらゆる心霊現象中で一番軽便なので、欧米にはこの自動書記霊媒が非常に沢山居り、時として素晴らしい傑作を出します。

 近代の自動書記の霊媒として先ず挙ぐべきは英国の故スティントン・モーゼスでしょう。その産物は『スピリット、ティチングズ』その他に纏められて居ります。故ダブルュー・ティ・ステッドも自動書記霊媒として『死後』と題せる通信を発表しました。その他デスペランス夫人、トラヴァース・スミス夫人、ヴェール・オウエンウイングフィールドワアド、北米のカーラン夫人等到底枚挙に遑なしです。最近にはドウソン・スコット女史の自動書記能力が特に傑出して居り、文豪のステッド、大統領のウイルソン等から甚だ立派な通信を受取って居ます。すでに書物になっていますから、何卒皆様が直接それ等を繙読さるる事を切望します。又ボストンの名霊媒クランドン夫人に支那人の霊魂と称するものが憑って来て、論語の文句を書いたような奇抜な現象もあります。

 自動書記の内容装置の説明も不相変困難です。左に仏のアラン・カルデックのこれに関する研究を紹介します。――

『霊魂は決して霊媒の頭脳からその思想を借りはせぬが、ただ自己の思想を表現するに必要なる材料を霊媒から借りることは事実である。従って霊媒の提供する材料が豊富であればあるほど通信が容易である。若し霊魂が霊媒の知らない国語を使用しようと思えば、その際利用し得るものはA、B、C等丈であるから、丁度書取でもするように一字一字綴らせねばならない。若し又霊媒が無学者である場合には、利用すべき文字さえもないのであるから、その際には児童に手習をさせるように、霊媒の手全体を使役する必要が起る。これは実に至難の業であるが、しかし不可能ではない。但しいうまでもなく、そうした通信は通例不完全で霊魂の思う壷にはまらない……。』


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

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資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(7) 物品引寄其他の諸現象

2010/09/25

 所謂物理的心霊現象のいかなるものであるかは以上列記したところで一と通りお判りと考えますので、其他の諸現象は一括して簡単に申上げることにしましょう。

 先ず『物品引寄現象』から片づけましょう。西洋の心霊家は之をアッポルツ現象 The Phenomenon of Apports.
と呼びます。つまり大小の物体が壁、扉、その他の障害物を事ともせず、一地点から他の地点に引寄せらるる現象を指します。日本にもこれは案外普通に起る現象で、明治年間には長南年惠女の如き世界的大霊媒がありました。現在では岡崎市の内田專亮氏などがその一人で、氏は無意識の入神状態に於て小粒の石を掌中に引寄せることが上手です。私も同氏を十数回実験し、数個のきれいな石を貰いました。それから例の龜井三郎氏――この人も時々物品引寄を行ります。昭和五年一月二十八日大阪心斎橋通りの服部時計店の講堂で実験を行った際、楽器、玩具類の活動、腕時計抜取り、赤光線下の洗面器浮揚等が起った後で最後に頗る美事な物品引寄現象が起りました。当時の私の報告記事から右に関する部分を抄出します。――

 ………当夜の実験の大眼目は首尾よく済んだ。若し状況が許せば守護霊の物質化――即ち幽霊出現現象を行ってほしいと私も思い、又列席者の希望でもあったが、敲音を合図として問答の結果それは不可能という事が判った。で、私は徐ろに実験の終結を守護霊に迫った。数分間微弱なる鈴の運動等が起った後、室内は全く鎮静に帰した。乃で私はポケットの懐中電灯を取り出して点灯した。

 丁度その瞬間である。守護霊は昏睡中の龜井氏の口を使って、例の皺枯れた、とぎれとぎれの声で『洗面器……洗面器の中……』と言った。私はすぐに眼を卓上の洗面器に移すと、意外にもいつの間にやら一株の
万年青
が鉢のまま洗面器の水の中に引寄せられてあった。つまり何等の予告なしで、物品引寄が行われたのであった。先刻赤光線下で洗面器が上昇してから最後の点灯までの時間は約二十分間で、右の引寄はこの間に行われたものであった。これには私をはじめ列席者一同アツと感歎の声を放たざるを得なかった……。(「心霊と人生」第七巻三月号)

 因みに当夜実験室の入口の扉には固く錠をしてありました。又引寄せられた万年青の鉢植は今でも保存されて居ますが、鉢の高さは二寸五分、直径四寸三分、万年青の葉数六枚、葉の長さ七寸五分、総重量二百三十二匁でした。

 欧米方面にも物品引寄現象は相当豊富で、就中北米には霊から宝石や古貨幣などを引寄せてもらったなどと言う人が相当沢山居ります。過去に於て物品引寄の霊媒として有名であったのはベーレーデスペランス夫人、ガッピィ夫人、マッグス夫人等をはじめ、その他沢山あります。現在ではワルソーの

クルスキィ、イタリイのスコット侯爵、及びオーストリアのシルベルト夫人等が特に傑出して居るようです。

 物品引寄現象としてはいささか番狂わせですが、そうした現象の中で最も驚嘆に値するのは人体引寄現象であります。この現象は前年ガッピィ夫人に起り、近くは
クルスキィ及びスコット侯爵に起りました。就中最も新らしいのはスコット侯爵の場合で、それは一昨年(一九二八年)七月二十九日の晩の出来事でした。当夜の実験は直接談話現象を行うのが眼目で、霊媒のスコット候爵を中心に、ロツシ夫妻、パッシニイ教授、ポザノ教授その他約十名ばかりの熱心な研究家達が集合したのでしたが、実験開始後間もなく、突如としてスコット侯爵の姿が室内から消失したのでした。無論実験室の何れの扉にも錠が下りて居りました。侯爵夫人はもとより列席者の心痛驚愕は言語に絶し、百方手分けをして各室はもとより、広き邸内の隅々隈々まで査べたがドウしても侯爵の影も形も見当らない。斯くすると二時間半、一同がっかりして策の施す術を知らなかったが、最後に自動書記霊媒能力者であるハック夫人が座に就いて守護霊から通信を受くるに及んで、初めてその所在が突きとめられました。スコット侯爵は実験室から約六十メートルを隔てたる穀倉裡の枯草の中で熟睡して居たのでした。侯爵が無事に実験室に連れ戻されたのは正に午前三時、その姿の消えたのが午後十一時半だったといいますから、まるまる三時間半雲がくれして居た訳です。

『固形体の物品又は人体がドウして扉や壁を通過して他へ移動する筈があるか?』――それは何人も疑惑を挿む点でありましょうが、物質を構成する分子の急激なる崩壊並に凝集ということを仮定すればさして不可思議でも何でもありません。もちろん現在の科学は人間の肉体を勝手に気化したり、固形化したりするまで進歩して居りませんが、心霊実験の結果によれば、他界の居住者――守護霊達――にはそれ位の事が能きるものと推定せざるを得ないのであります。ただの一度も斯うした実験に臨みもせずに頭から否定するが如きは許し難き学界の罪人と謂わねばなりません。

『物品引寄』の記事はこの辺で切り上げ、次ぎに『直接書記』又は『石盤書記』『直接作画』等につきてごく簡単に一言して置きましょう。

『直接書記』又は『石盤書記』というのは霊媒の手を使わず、守護霊達が直接文字を書く現象であります。卓上に紙と鉛筆を備えて室を暗くして置けば、縦令霊媒の躯を緊縛して置いても、文字が書けたり、又木框の附いた石盤を二枚重ねて縛って置き、霊媒がチョークを手に持ちて一二間の距離から書く真似をすれば其内面に文字が現われたり、その他にもまだやり方はいろいろあります。欧米で斯うした現象の作出に堪能な霊媒は非常に多数で枚挙に遑なしです。日本では例の龜井三郎氏が見事にこれをやります。

『直接作画』というのも要するに前者と同工異曲で、霊媒の手を使わずにケンバス上に立派な絵画が現われるのです。近代では北米のバングス姉妹が有名でありますが、余り普通に起る現象でもないのですから、しばらくこれにつきての詳述を差控えます。そう言った現象の内面装置はまだすっかり突きとめられませんが、大体心霊写真及び物品引寄等の換骨脱胎と考えられます。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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入力: いさお

2008年5月20日公開


(6) 直接談話現象

2010/09/24

 直接談話現象というのは、死者の霊魂の口を借りずに、直接空中から音声を発して談話を交換する現象で、英米二国に於て熾んに行われ、伊太利にも最近発生しました。まだ不慣れの霊魂が喋る時には音声が低いので、そんな場合によく拡声用の喇叭を用ゆるところから、そうした霊媒を喇叭霊媒などとも呼びます。

 直接談話の霊媒は稀に入神状態に入るのもありますが、多くは普通の覚醒状態に於て、他の立会人達と共に出現せる霊魂達と問答します。又実験中は普通暗闇にしますが、赤光線下でも起ります。ただ暗闇よりは音声が遥かに低いようです。

 直接談話の内容装置はまだ不明のところもありますが、それが一の物質化現象であることは疑われません。即ち例のエクトプラズムを以て臨時に適当なる発声機関及び喇叭を操縦する為めの運搬機関を作成するのでしょう。その必然の結果として成るべく暗闇を要します。燐光性の帯を喇叭に余計附け過ぎても霊媒の方で不便を感ずるようです。

 直接談話に対して一番向けらるる難癖はそれが一の腹話術だという事です。しかし之を打破すべきべき実験はすでに屡々繰り返され、殊に一九一八年ロンドンのウァレエス博士はスーザンナ・ハリスに対して徹底的実験を遂げました。博士はある薬品を加味せる液体を霊媒並に研究者の一人にくくませ、実験後その中に溶解せる唾液の分量を比較しました。その他霊媒の口を絆創膏で塞いだり、霊媒と霊魂とをして交話せしめたり、有りとあらゆる用意を以て実験を行ったにも係らず、依然としてこの現象は起りました。この現象の確実性は最早疑うべき余地がなくなりました。

 現在直接談話の霊媒として有名なのはリイド夫人、バリアンタインハリス夫人、クランドン夫人、ジョンソン夫人、ウッドワァース夫人等済々多士であります。私は昭和三年欧米心霊行脚を試みた際に、前記のバリアンタイン、ハリス夫人、クランドン夫人、ウッドワァース夫人其他数人に就きて実験を試みましたが、あらゆる心霊現象の中でこの直接談話から恐らく一番多大の印象を与えられたかと思います。通例立会人と何等かの縁故ある霊魂達がかわるがわる室内に現われ、各自特有の音声、特有の語調で、いろいろの国語を自由自在に操り、極度に現実味に富んで居りますから、とても詐術だとか、潜在意識だとか、腹話術だとか言って済ましている訳には行かなく感じました。現在ロンドンで知名の文士であり、又紳商であるブラッドレー氏なども前年米国の名霊媒バリアンタインを通じて、亡姉のアンニィと直接談話を試みたことによりて初めて死後に於ける個性の存続を知り、それがよほど心魂に徹したものと見え爾来極度に熱心なる心霊家となり、幾度も自費を抛ってはるばる米国からバリアンタインをドリンコートの自邸に招き、英国第一流の文士、俳優、政治家、軍人その他をして連続的に実験に立会わせました。ですからロンドンの在住者で少しく気のきいたものは大抵直接談話現象のお順染であります。

 此等の実験記事は『ウイズドム・オフ・ゼ・ゴッヅ』『トワーズ・ゼ・スタァース』の二巻となりて広く世間に流布して居ります。その中から日本人に取りて特に興味深き個所を抄出します。一九二五年三月十日夜の実験に出席したのはデンマーク公使夫人その他の歴々の外に、日本の英詩人としてロンドンで有名な駒井権之助氏が加わって居ました。ピープル紙の主筆ハンネン・スゥアッファー氏も居りました。ブ氏の報告記事には斯う書いてあります。――

 ……やがてノースクリッフ卿の霊魂が現われてスゥアッファー氏と談話を交えた。ノ卿は又駒井氏とも物語った。ノ卿は生前駒井氏と親交があり、その文学的天才に対して非常に尊敬を払っていたのである。

 と、不意に一つの声が日本語で駒井氏に話しかけた。最初は甚だ不鮮明であった。そしてその何人であるかは遂に突きとめることが能きなかったが、駒井氏の説明によれば右の声はある日本の人名と地名とを挙げ、自分は切腹した者の霊魂であると述べたそうである。駒井氏にはそれが何人であるかの大概の見当丈はついているとのことであった。

 むろんわれわれの他の何人も日本語を知っているものはなかったが、デンマーク公使夫人の証言によれば、右の霊魂の用語が日本語であることは確かであるとの事であった。次いで一つの音声が公使夫人に話しかけ、夫人はデンマーク語でそれに答えた。すると右の声は『どうかロシア語で話してください』と言い、自分は夫人の兄のオスカァである旨を告げた。二人はしばらくの間ロシア語で対話した……。

一九二五年三月十八日の晩のブ氏邸に於ける実験には一層面白い顔触れが揃いました。即ちコナン・ドイル夫妻、シェヴァリァー夫人、スゥアッファー氏、駒井権之助氏、その他でした。最初出現したのは例によりて霊媒の守護霊達で、かわるがわる座客と談話を交換しました。つづいてシェヴァリァー夫人の亡夫が現われて、夫人と長い間問答を試み、その特有の音調といい、又その問答の内容といい、到底他人に真似のできないところがありました。その次ぎにコナン・ドイルの息キングスレー(欧州大戦で戦死)が現われて地上の父母と情味たっぷりの物語りをしました。

 が、当夜の出来事中最大の劇的事件は、日本語で駒井氏に話しかけたものがあったことでした。例の光帯を附けてある喇叭が独り手に急に動き出し、最初は力が弱くて二度ばかり床上に落ちたが、最後に右の喇叭が駒井氏の顔のすぐ前に接近して『ゴンノスケ! ゴンノスケ!』と呼びかけました。最初の音量はやや不充分であったが、漸次勢力を増し、やがて『オホタニ』と名告りました。駒井氏は直ちにそれが何人の霊魂であるかを確認することができました。他にあらず大谷というのは数年前に死んだ同氏の実兄だったのです。

 幽明所を異にせる兄弟の間には日本語で対話が行われ、大谷さんは自分の子供達のことを駒井氏に依んだということです。私は一九二八年秋、ロンドン滞在中一日駒井氏を訪問し、半日ほど閑談しましたが、その際私達の間にはもちろん、右の実験に関する談話が交換されました。駒井さんはブ氏の書中に書いてあることが全部事実に相違ない旨を証言し『誠に不思議なことができるものです』と言って居ました。

 私の実験した直接談話現象の中では昭和三年十一月十七日の夜ボストンのクランドン博士邸で行ったものが特に私の心に強く印象づけられて居ります。何しろその時直接談話の二大霊媒たるクランドン夫人とバリアンタインとが一室に控え、両人協力して実験を行ったのですから、その成績の優秀なのは蓋し当然の話で、恐らく斯んな機会はめッたに二度と掴めないかも知れません。当時の私の手帳から要点を抄出します。――

 十七日午後八時三十分一同実験室に入りて着席、クランドン夫人は正面の小卓子を前にして坐り、その左側にはバリアンタインそれから浅野、ロージャース博士(ハアヴァート、スミス大学の心理学教授)キアノン判事、同夫人、ジョンソン博士、クランドン博士等の順席で卓子を囲んで坐る。列外にも数人加わる。赤灯に変るや否や守護霊のウォルタアの口笛先ず空中に起る。霊媒の口辺から約三呎乃至四呎の距離にある。つづいて『ハアロー!』とやや錆のある元気の良い、青年らしい声で呼びかける。列席者の大部分は懇意な人間に対すると全然同一気分でウォルタアと挨拶を交換する。私は初対面なので多少丁寧に『ウォルタアさん、お目にかかるのは今晩初めてですが、雑誌や書物の上であなたの事はよく存じて居ます。私の為めに実験に応じてくだすって誠に有難う存じます……』『イヤ、アサノさん、よくお出掛けくださいました。今晩は日本人の霊魂も数人ここに現われることになっています……。』まるで生きたアメリカの青年と問答するのと少しも変らない。ウォルタアが斯く活動している間にいつしか霊媒のクランドン夫人は深き入神状態に入り軽き鼾がきこえる。バリアンタインは平常の通り談笑自在、その中バリアンタインの守護霊達もすてきに大きな声で室中から呶鳴り出す。『日本人の霊魂達が近づきつつあります』などという。

 要するに守護霊達は直接談話で自由自在に列席者達と問答し、実験に関する注意を与えたり時には冗談なども言うのであります。殊にウォルタアの霊魂は機智縦横と言った形で、ちょいちょい警句を吐いてわれわれを笑わせた。

 日本人の霊魂が喇叭を通じて話しかけたのは他のいろいろの実験が済んでからで、多分九時半頃でもあったろう。卓子の傍に床上に置いてあったアルミの喇叭がいつしか独り手に空中に舞い上り、先ず軽く私の肩に二三回触れた。これは私に対する挨拶なのである。私は早速日本語で『何誰ですか?』と質問すると、最初は喇叭を通じて発せらるる返答がいかにも低声で且つ不明瞭であったが、しかし数回問い返した結果『ワタクシ……オサナミです……オホサカ……(この辺不明)アリガトウ……サヨナラ……』という言葉丈けは立派にききとれた。つまり大阪の故長南雄吉氏の霊魂が私に向って試みた霊界通信であることに疑惑の余地はないが、前記の数語の外他の日本語がよくききとれなかったのは残念であった……。

 因みに右の長南雄吉という人は大阪の実業家で茶臼山の附近に住んで居ました。その実姉の長南年惠という人が近代日本が生める最もすぐれた霊媒だったものですから、私は大正十二年の春わざわざ同氏を茶臼山の閑居に訪ねて其経歴をきいたことがあります。その後両三年にして長南氏は鬼籍に入り、再び地上で面会の機会がなかったのでした。同氏の霊魂がわざわざボストンの空に現われたのは私が海外でしきりに年惠女の霊媒能力を紹介したことに対する感謝の意味だったと推察されます。

 翌十八日の晩には、私は更に直接談話現象その物に対する最も厳正なる実験を行いました。即ち空中に聞ゆる声音が、全然霊媒の発声機関を使用せざる、独立的存在であることの試験であります。立会人は十七日の晩と同様でした。手帳から抜萃します。――

 ……クランドン夫人は例の口枷を附ける。それはガラス製のもので、ゴム管でU状試験管に連絡し、少しでも発声すれば直ちに試験管の液体に影響する巧妙なる装置である。実験に先立ち余及びロージャース博士が再三右の口枷を試みたが、到底試験管の液体に影響せずに発声し得ぬことを確めた。間もなくウォルタアの声が空中に起る。余が日本語で『一、二、三』と唱えると、ウォルタアの声が『イチ、ニ、サン』と唱え、順次『四、五、六』『七、八、九』等を試みる。夫人の口には立派に口枷が附いているに係らず、ウォルタアの声は何の影響も受けずに平気で空中に聞える。その声音が一の独立的存在物であることがこれで徹底的に証明された訳である……。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(5) 物質化現象

2010/09/23

 今度は物理的心霊現象中最もあくどい、最も現実味に富める物質化現象に就きてのべます。物質化現象とは、之を一と口に言って了えば世俗の所謂幽霊現象であります。霊魂そのものは通例肉眼には見えないが、之を適当な方法で物質化するから初めて其姿が肉眼に映じ、甚しきは談話の交換もやり、握手もやり、又キスもやる。要するに方法宜しきを得ればわれわれ地上の人間は或る程度まで死者の霊魂と人間並みの交際ができる。幽霊が出現したからとて何もそう恐がるにも及ばない。何となれば之を学問的に言い現わせば一の物質化現象に過ぎないから……。まあそう言った理窟なのであります。

 同じく物質化と申しましても勿論濃度その他によりて種類がいくつにも分れます。一番稀薄なのが気化体で、やッと肉眼に見えるか、見えないかの程度です。写真に写る心霊像などは先ずこの部類に属しましょう。次ぎに挙くべきは部分的物質化で、つまりただ頭部とか、手首とか、足首とかが物質化する現象であります。第三が全物質化で、斯うなるとモー幽霊はさッぱり幽霊らしくなく、臨時人間と化て、生前そっくりの行動を執る訳で、近代心霊研究は確実に之を突きとめる事に成功しました。

 言う迄もなく他の一切の心霊現象と同じく、この物質化現象にありても適当な霊媒ヌキでは到底できません。何となればその霊媒が主として物質化現象に必要なる材料、エクトプラズムの供給者であるからであります。

 全物質化現象の霊媒としては沢山ありますが、クルックス博士の研究資料に供せられたフロレンス・クック嬢などは代表的の霊媒であります。クック嬢が初めてこの異常能力を発揮したのは一八七二年(明治五年)頃で、当時僅かに十五歳の小娘でした。嬢を通じて常に出現するのはケーティ・キングと称する女性の幽霊で、実験を重ねるに従い次第に人間臭くなり、立会人の列席して居る室内を平気で歩るきまわり、又その写真も沢山撮らせました。

 幽霊のケーティと霊媒のクック嬢と断然別物である証拠はいくらもありますが、殊に一八七三年十二月九日の実験に、一人の無鉄砲な男が矢庭に幽霊のケーティに獅噛み附いたので、この点の疑惑が全然一掃されました。一八七四年二月号『スピリチュアリスト』誌所載の記事を左に紹介します。――

 ケーティの幽霊は内房から出掛けて来て、われわれの居室の一番遠い地点まで進んだ。と、一人の男がだしぬけに飛び出して行ってケーティの腰部を引ッつかみ、こいつは霊媒だ霊媒だ! と叫んだ。列席の二三人が突進して右の男を制止しようとして格闘が始まった。するとケーティの姿は先ず足首が消え、つづいて両脚が無くなり、宛かも水中の海豹のような恰好をしてくぐり抜けようとする。飛びついた男は手に触るるものの全部を掴んで離すまじき勢であったが、いつの間にやら幽霊はその把握からすべり失せ、後には肉体の一部らしいものも、又衣服の断片らしいものも何一つとして残らなかった。それからすぐ内房を査べて見ると霊媒は緊縛されたまま依然として恍惚状態をつづけて居た。

マリアット女史は熱心な心霊研究者で、クック嬢の幽霊現象も非常に念入りに調査した人ですが、或る時幽霊の身体検査を行ったことがあります。非常に興味深い事であるからその記事の一部を抄録します。――

 ある暖かい晩のことであった。ケーティの腕に触れるとそれが汗ばんでいるので、私は驚いて、あなたにも矢張り人間並みの血管やら、神経やら、又分泌物やらがあるかと訊ねた。するとケーティは『ええクック嬢の有っているものなら私皆有っていますワ』と答えて、彼女の身に纒える白衣を脱いで全裸体を露出しながら『御覧なさい、私この通り立派な女ですワ』と言った。全くその通りしかもそれはすぐれて美しい婦人であった。私は念入りに彼女を査べた。尚おケーティはそのまま私を手離そうとせず、三遍合図をしたらマッチを擦って見てくれというのである。そうする中に早くも彼女は三遍コツコツと床をノックしたので、私は早速マッチを擦った。その光がずッと燃えあがるや否やケーティの姿は電光石火式に消え失せ、同時に霊媒のクック嬢はびッくりしてワッと泣きながら飛び起きた……。

 現在世界で物質化の霊媒として圧倒的名声を博しているのはポーランドのワルソーのクルスキィで、フランスの故ジェレー博士、ミシガン大学のポーロースキイ博士などが念入りに実験し、周到精細な報告を出して居ます。この霊媒を通じて出現する幽霊は種々雑多で、人間の外に、獅子、栗鼠、鳶、犬、猫等も出るとの事です。又この実験会ではしきりにパラフィンの手型を造ります。つまり出現した幽霊に依んで其手をパラフィン溶液中に突込ませ、パラフィンが固まるのを待ち、手を引き抜かせるのです。人間には到底そんな仕事はできませんが、幽霊の手首は崩壊して了うので後に完全なパラフィンの薄い手袋が残るのです。幽霊の実在を証明する為めには無上の物件であるから、非常に学界の尊重する所となって居ます。

 が、学術研究の資料とするには右に述べた大仕掛な全物質化現象よりも半物質化現象の方に却って優れた所があります。この点に於て現代世界で圧倒的名声を博して居るのはボストンのクランドン夫人(マアジャリイ)であります。私は昭和三年十一月の十七、十八日両日に亘り同夫人に就きていろいろ実験を行いましたが、其際幽霊の指紋を三個ほど作製せしめました。

 一体クランドン夫人の背後に控えて働いて居る守護霊は其亡兄ウォルタアの霊魂であります。ウォルタアは今から約二十年前汽車の衝突の為めにカナダで惨死を遂げた男で、当時は十七歳の青年でした。生時に於て科学の畑に生長した青年だけありて、心霊実験を行うに際しても専ら正確なる証拠を与えるべく全力を挙げ、その結果は種々有益なる物質的心霊現象となりました。指紋作製もそうした努力の現われの一つであります。ウォルタアが手首の物質化を行い、歯科医の用ゆる蝋にその拇指の指紋を印象する事を始めたのは一九二六年の八月以降で、現在に至るまでその数数百個に上ります。左に私の当時の実験記事を掲げます。――

 十八日午後九時から指紋の実験が始まり約十五分間で終った。私を助けて実験に立会ったのはボストンのブラウン博士であった。私は三個の蝋塊に記号を附けてポケットに納め、実験室に入った。卓上には蝋を軟げる為めの熱湯並に後で蝋を冷却せしむる為めの冷水を準備し、二個の丼を置いた。

 赤灯下でクランドン夫人が入神状態に入ると同時にウォルタアの声が空中に起り、実験に関する注意を私に与えた。私はその注意に従いポケットから蝋塊一個を出して熱湯の丼に入れた。一分間程で右の蝋が軟化するのを見計らい、ウォルタア自から、その物質化せる指先きで之を湯の中から卓上に引き上げ、ギューツと拇指を押しつけた。これが済むとウォルタアは又も自分の指先きで蝋塊を冷水の丼に入れた。やがて彼は『モー大抵固まったようだ』と言いながら自分で取り出して私に手渡してくれた。それ等の状況は赤灯の光で明瞭に認められた。物質化せる指は白かった。かくして同一作業を三回繰り返したが、最後の時には湯が少々冷め加減なので、蝋が充分軟化しなかった。『こいつは少々固いから二つ押して置く』そう言って彼はグイグイと力を籠めて二度ほど拇指を押しつけた。万事が極めて事務的で、死者の霊魂の作業というよりか、寧ろ一人の気さくな青年の作業と感じられた。この間私とブラウン博士とで霊媒の左右の手を固く把握して居たことは申すまでもない……。

 ところで此等ウォルタアの霊魂によって作製されつつある指紋が生前のウォルタアの指紋と全然同一であるという事実が立証されたのはまことに痛快事であります。ウォルタアが最後の汽車旅行に出掛けるに当り、彼は自分の剃刀で髭を剃った。その剃刀はそのまま愛児の紀念として母の手によりてサックに収められ、トランクの内に格納されて居ましたが、一九二七年五月ウォルタアの母が之を取出し専門家に依みて指紋を撮らせると、その柄にウォルタア生前の指紋が附いて居た。その生前の指紋と現在ウォルタアの霊魂が蝋の上に印する指紋とがピタリと一致して居るのであるから大変な話でこの破天荒の事実が何を物語るかは篤学者の再思三考を要する点であると思います

 日本で現在物質化現象の霊媒は龜井三郎氏丈のようです。昭和四年十二月四日午後七時大阪毎日新聞社で第二回の実験を行った時に赤色懐中電灯の光りに照らされて半身を物質化した幽霊の出現がありました。が、この方面に於ける同氏の能力はまだ未知数で、果して何れ丈の成績を今後に挙げ得るかは軽々しく予想し兼ねます。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

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資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(4) 心霊写真現象

2010/09/22

 近代心霊研究と写真術とはなかなか密接な関係を有って居ります。何となれば写真の乾板というものが人間の肉眼よりは遥かに感受性に富んでいるので、肉眼でドーにもしようの無い隠微な心霊現象がともすれば首尾よくレンズの中に収められるからであります。現に日本でも、写真術の知識応用が西洋より遥かに遅れているにも係らず、相当古くから幽霊写真だの、念写だのということが行われて居ります。

 心霊写真の元祖と言ったら北米ボストンのマムラアという人を挙ぐべきでしょう。時代は実に一八六一年(文久六年)の昔に遡ります。むろん最初はホンの不用意のもので、この人が写真を撮って見たら、たまたま死者の姿が現われて居たというまでであります。それから乗気になって専門の心霊写真師を以て任ずることになりましたが、当時一般世人からはもちろん疑惑の眼を以て迎えられ、一度は詐術の件を以て裁判沙汰にまでなったこともありました。

 一体心霊写真は若しそれが真物なら非常に面白いものであると同時に他方に於てその摸造が容易に行われ易いという弱点を有っています。二重写しをしたり、陽画を暗箱内に隠したり、その他いろいろの方法で真物以上に巧妙な偽物がいくらでも製作されます。故に真の心霊写真を獲ようとするなら、器械も乾板も自分のものを用ゆるとか、現像を自分の手で行うとか、極度に警戒を要します。

 マムラアに亜いで現われた写真霊媒は英米其他に沢山あります。ハドソン、パーク、リイヴス、ブルスネル、フーパー、ウィリイ、マアテン、ホープ、ディーン等、到底すべてを列挙する訳に参りません。詳しい事はコーツ博士の『死者の写真
ォトグラフィング、ザ、インヴィジブル』でも御参照を願います。

 私自身は昭和三年八月十九日久米博士(民之助)父子三人と一緒に英国クルューのホープ氏を尋ね、其所で実験を致しました。何と言っても現在世界で一番傑出せる心霊写真家は右のホープ氏で、其共同者たるバックストン夫人と共にクルュー市に居住して居ますので一般に『クルュー団』という名称で通って居ます。ホープ氏は元は木工だそうですが、今から二十余年前にこの不思議な能力、即ち与えられたる乾板の上に、非現実の人物(通例死者生時の姿)又は物体を現出せしむる能力を偶然にも発見したのでした。爾来彼はあらゆる種類の専門家から徹底的の試練を受け、立派に之を切抜けて来たのですから先ず折紙つきの心霊写真家と謂わねばなりますまい。年輩は凡そ六十前後で、がッしりした体格の所有者です。左に私の実験した実況を簡単に述べて見ましょう。

 先ず私達はクルューに出掛ける前にロンドンで二打の乾板を買い求め、封のまま携帯しました。クルューの停車場から私達は自動車で遠くもあらぬ彼の住居にかけつけましたが、それは二階建の頗る御粗末な建物でした。入口で私達を迎えたのはバックストン夫人で、少し遅れてホープ氏が入って来ました。挨拶もそこそこに来意を述べると、ホープ氏は極めて気軽に承諾の旨をのべ、私達の持参した乾板全部を封のまま卓上に置き、われわれ総計五人でその包みの上に手を載せました。これが彼等の所謂乾板の磁化作用と称するものであります。その時間はやっと五分間許で、その間ホープ氏は瞑目して祈祷の文句らしいものを低声で述べました。それが済むと私と久米さんの子息(平八郎氏)とが代るがわる暗室へ入って、持参の乾板二枚づつを取框にはめました。その際私達は掏替を防ぐべく鉛筆で乾板のフィルムに目印を附けて置きました。

 いよいよ撮影の段取になったが、ホープ氏のヤリ方は一向ムキ出しの無雑作きわまるもので、普通の撮影と同じく、適当に私達をして坐席を占めさせ、適当に焦点を合わせ、ギューツとゴム球を押しただけのことで、其際普通のヤリ方と異なる点はといえば、ゴム球を握ったホープ氏が軽く暗箱の外部に片手をかけ、黙祷のような動作をした位のものでした。

 撮影後私達は自分で取框を携えて再び暗室に入り、自分で薬品をぶつかけて現像を行い、少しもホープ氏には手を触れさせなかった。かくて出来上った原版を手に取りて光線にすかして見た時に、久米氏の分にも、又私のにも共に日本婦人の顔が相当鮮明に現われているのを発見した。久米氏の写真に現われた年若い婦人の顔は同氏の令嬢であり、又私のに現われた中年の婦人の顔は私の近親の人に似て居ました。

 ホープ氏の心霊写真の撮影法は右の如く簡単極まるもので少々飽気なく感ずる位ですが、その裏面の意義は頗る深長であります。之に向って詐術説の闖入すべき余地のなきは勿論、潜在観念説だの、思想伝達説だのを以てしてもドーも解釈のつかぬ所があります。ホープ氏と私達とは初対面の間柄であるから彼が二人の日本婦人に対して何等かの予備知識を有っている筈がない。又久米氏も私も共に乾板に現われた婦人を思念して居た訳でないから、われわれの思想が彼の頭脳に伝達さるる筈もない。かく煎じつめると結局霊魂説を持ち出す外に説明はつかなくなりそうです

 心霊写真に現わるるものの大部分は死者生前の姿でありますが、稀には生前そっくりの筆蹟で死者からの通信文が現われる場合であります。時には又生霊の現われる場合もないではなく、現に久米博士の令嬢の場合はそれなのでした。

 ある種の心霊写真は又レンズ無しで出来ます。これはホープ氏も稀に行い、又フーパーなども屡々試みました。日本の三田光一氏などにもそうした実験が多いようです。其所で一部の研究者の間に例の念写説が唱導されますが、これには大分無理があるようです。若しもわれわれの思念が丁度光線のように乾板のフィルムの上に作用するというなら、すべての乾板に万遍なく感光する訳です。所が、実際は決してそうでなく、包装せる一打の乾板の第三枚目とか第五枚目とか、特殊の乾板にのみ心霊像が現われ、他の乾板は無感光のまま残るのであります。念写説はこれで破れます。矢張り心霊写真の裏面には個性を有する特殊の霊魂が控えて居て適当な方法を講ずるのでありましょう。但しそれがいかなる方法であるかはまだ人間の技術、人間の科学では判って居りません。今後学界の興味ある研究題目であります。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

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資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(3) 卓子其他の浮揚発声現象

2010/09/21

 物理的心霊現象の中で最も早く世人の視聴を惹いたのは蓋し卓子浮揚現象でありましょう。これは日本の狐狗狸さんと同工異曲ですがただ仕掛が大へん大袈裟に出来て居ります。何貫目かにのぼる卓子が手ばなしでフラフラ空中に浮揚するというのですから、唯物論者の迷夢を打破するには誠に誂向きの現象であります。ただ斯うした物理的現象に附きものの弱点はそれが普通暗闇の中でなければうまく行われないことです。勿論それには学問的に立派な理由があり、例えば写真の現像に暗室を必要とするようなものですが、疑深い人達はこの点に向って極度に難癖を附けます。止むを得ず心霊学徒もその対抗策として卓子に夜光液を塗ったり、霊媒の躯を緊縛したり霊媒と手を繋ぎ合ったり、その他百方工夫をこらして疑惑を排除するに努めます。

 卓子浮揚現象の霊媒は以前から欧米に沢山輩出して居ります。近代の霊媒中稀に見る学者であり、又人格者である、スティーントン・モーゼスなどにもこの現象が起り、又多年学者達の実験材料にされた伊太利のユーサピア女史も屡々之を行いました。しかし卓子浮揚現象の霊媒として心霊学界に多大の貢献をしたのはベルフアストの、カスリィーン・ゴライヤー嬢で、一九一四年から同二〇年迄満六年間、殆んど一週に一回づつ極度に厳正周到なる実験に服しました。実験者は士官としてベルフアストのクイン大学の機械学講師クローフォード博士で、惨憺たる苦心の結果、ほぼこの現象の裏面の装置及び原理を解決することができました。

 クローフォード博士の心霊実験家として特筆大書すべき功績は霊媒を衡器の台上に載せて卓子を浮揚させたことであります。使用した卓子の重量は十封六オンスでしたが、やがて卓子が浮揚した後に衡器の目盛りを査べて見ると、驚くべし霊媒の重量にほぼ卓子の重量だけが加わって居ることを発見しました。

 この事実は何事を物語るか? 外でもない卓子の浮揚中霊媒と卓子との間に、ある無形の連鎖が成立して居ることであります。然らばその無形の連鎖の正体はそもそも何物? 博士はそれを突きとめるべく百方苦心を重ねた結果、最後に卓子浮揚中マグネシ
ウム
を燃してその写真を撮ることによりて多年の疑惑を闡明することができました。何となれば霊媒の躯、就中その膝及び踝の辺から腕木状の棒が発出し、下から卓子を支えている状況が写真の種板にはッきりと写って居たからであります。クローフォード博士の著『心霊的構造』中には各種各様のエクトプラズムの構造が示されて居りますが、それ等は霊媒の身体各部から突出し、宛かも生物であるかの如く勝手に形状をかえ、或るものは一本であり、或るものは枝に分れ、或は細く、或は太く、そして其運動は驚くべく迅く自由であり、単に卓子を浮揚せしむるばかりでなく、卓上の器物類を飛ばしたり、電灯のスイッチをひねったり、鉛筆を握って文字を描いたり、いろいろの楽器を鳴らしたり、その芸当はなかなか莫迦にできません。

 ある時クローフォード博士はどの程度までエクトプラズムの抽出によりて霊媒の体量が減るものかを試験しましたが、カスリィーン嬢の場合には減少の極量が五十四封度半に達することを発見しました。彼女の普通の体量が百二十八封度ですから殆んど半減になった訳です。尚おエクトプラズムの抽出は常に脈搏の昂進を伴い、普通五十二しか搏たないカスリィーン嬢の脈搏が、卓子浮揚中には百二十六位に達するのでした。これは独り彼女に限らず、一般に物理的霊媒にありては通有の現象であります。

 日本で此程の現象に堪能なる霊媒は目下龜井三郎氏ただ一人あるばかりです。龜井氏は年齢漸く三十歳の青年文士ですが、不思議に多方面の能力所有者で、殆んどあらゆる種類の物理的現象が同氏を通じて起ります。私が同氏を実験したのは昭和四年の春からでまだ一ヶ年に充ちませんが、その間に起った主なる現象を列挙すると、(一)コップの卓子貫通、(二)物品引寄、(三)縄抜け、(四)卓子其他物品の浮揚発声、(五)腕時計抜き取り、(六)物質化、(七)透視、(八)直接書記(九)直接談話、(十)襦袢脱き、(十一)精神感応、(十二)直接吹奏、(十三)人形取り、等であります。この間学者、実業家、新聞記者其他の人達の希望に応じて実験を行うことすでに約五十回に及びますが、毎回何等かの新現象が加わるので今後の龜井氏の能力がどこまで発展するかは容易に推定がつきません。

 龜井氏によりて発現する物理現象は専ら暗中に於て行われますので、同氏の身体の統制法には常に最大の注意が払われました。同氏は縄抜けの名人でもあるので、ややもすれば暗闇の中で縄を抜いて卓子浮揚其他のイタズラを演ずるのではないかと疑う人もあるようですが、それは厳密なる実験の結果事実でない事が徹底的に確かめられました。立会人等は毎回実験の開始前と中間と最終とに都合三回同霊媒を精査しますが、常にその緊縛状態に異状を認めません。普通は麻縄で手足、首、胴を椅子にくくりつけて封印を施すのですが、時には両手を棒縛りにしたり、時には鉄鎖又は革紐で縛ったのに錠を卸したりしました。それでも尚お詐術でないかと疑うのは結局自分自身を疑う事で甚だ非科学的な態度であります。そんな人は到底心霊実験に臨む資格が無いと謂わねばなりません。

 さて龜井氏の卓子浮揚現象は昭和四年十一月十四日、東京の電気日報社講堂で行われた時が皮切りでしたから左にその日の概況を紹介します。(雑誌「心霊と人生」第七巻一月号より抄出)――

一、時 日 昭和四年十一月十四日午後六時より

一、場 所 東京麹町区有楽町電気日報社講堂

一、司会者 浅野和三郎

一、立会人 綾井忠彦氏、大竹武吉氏、黄金井晴正氏、河野九峯氏其他合計十九名

 当日の実験は電気日報社に於ける第四回目で、心霊科学研究会々員を中心として行われたものであった。大体の状況は既報のものと大差なく、消灯後直ちに敲音が起り、夜光液を塗った楽器及び玩具類(喇叭、笛、ハーモニカ、懐中電灯、人形、ゴム毬、鈴等)がそれぞれ大活動を起し、就中目覚しかったのはゴム毬で、霊媒の身辺二間許の辺を縦横自在に飛翔し、又跳躍した。又麻縄で緊縛した霊媒の手首の腕時計がいつの間にか外されて机上に置かれたり、目覚し時計が鳴り乍ら立会人の前面をあちこち動き廻ったりしたことも前数回に亘って起った所と大差なかった。

 が、当夜の実験に於て特筆すべき現象が四件ほどあった。第一は

  天井の幕に安全ピンで留められた人形が除去された事

で、その際夜光液を塗ったゴム毬の一個が青光を放ちつつ右の人形の周囲をグルグル飛翔している中に、同じく夜光液を塗りてある人形がぱつと幕を離れて斜めに立会人某氏の膝に落ちたのは頗る奇観であった。幕の高さは床上約九尺であった。

 第二の現象は

  玩具を載せてある卓子が五六尺浮揚したこと

であった。これは何人も予期して居なかった現象なので一同少なからずびッくりした。卓子は円型のもので重量は一貫五百匁ほどであった。其上に載せてある玩具類が悉く夜光液を塗ってあるので大体高さの目測ができた。クローフォード博士の実験では床上四呎というのが卓子浮揚の最高記録となって居るから、龜井氏は高さに就て確かにこのレコードを破った訳である。

 第三の現象は

  実験の半頃から赤灯が床上に点け放しになった事

であった。右の赤灯というのは例の赤紙で捲いた浮揚用の懐中電灯なのだが、それがいつの間にか床上に置かれ、其所で最後まで赤光を放ちつづけたのである。実験の初期には赤灯でも邪魔らしいが、中途からは格別差支がないものらしい。これは今後の大切な研究題目である。

 第四の現象は

  霊媒が縛られたまま襦袢を脱いだこと

であった。襦袢脱きの現象は前にも二回ほどあったが、今回は上着と肌襦袢との中間に着ているフランネルの襦袢を脱いだのが変って居た点で、脱いだ襦袢は霊媒の身辺から約六尺を隔てた地点に置かれていた……。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(2) 心霊現象の種類と霊媒

2010/09/20

 説明の順序として私は取り敢えず心霊現象の簡単な分類を試みて置きたいと思います。一と口に心霊現象と申しましても、其種類性質は千変万化容易に捕捉し難きものがありますので、うっかりすると戸惑いをし、偶然自分の接触した現象のみを重要視して、偏った、不徹底な結論を下したがるような弊害に陥り勝ちです。日本をはじめ、欧米にもそうした論者がなかなか尠くありません。私はそれを防ぐべく、とり敢えず、概括的に心霊現象とは一体どんなものかという事を申上げて置きたいと考えるのであります。

 心霊現象を其性質によりて類別を施しますと、結局これを左の二種類に大別することができます。即ち――

  (甲) 物理的心霊現象

  (乙) 超物理的心霊現象

 物理的心霊現象と申しますのは読んで字の如く、ある無形の働きが有形の物質の上に影響を及ぼした場合を指すものであります。従ってこの種の現象は五感の所有者には誰にも判ります。この種に属するもので最も重要なものを列挙すれば――

  (イ) 卓子其他の浮揚発声現象

  (ロ) 心霊写真現象

  (ハ) 物質化現象

  (ニ) 直接談話現象

  (ホ) 物品引寄現象

  (ヘ) 直接書記又は直接作画現象

等であります。

 次ぎに超物理的心霊現象というのは、物理的現象の如く客観的には何等の現象も起らず、ただ特殊的能力者の主観に属する異常現象を指すのであります。その中で最も普通なるは――

  (イ) 霊視現象(透視、千里眼)

  (ロ) 霊言現象

  (ハ) 自動書記現象

等であります。

 以上列挙した諸現象に就きては以下章を追いてできる限り丁寧に講述を試みる予定でありますが、その前に爰で是非とも皆様の御諒解を得て置かねばならぬ事は、すべての心霊現象の背後には必らず霊媒が控えて居ることで、それが物理的現象であろうが、又超物理的現象であろうが、決して例外はありません。

 霊媒という言葉の意義は読んで字の如く物質世界と超物質世界との交通連絡を講ずる中継者ということでありましょう。大体はそれで差支ないと思いますが、しかし霊媒の種類性質はなかなか多種多様で、同時にこれを使用する目的にもしばしば天地の相違が存在しますから、或る一人の霊媒を捕えて霊媒とは斯んなものだという訳に参りません。で、皆様の御参考までにここに霊媒の大ざっぱな類別をも併せ試みることにしましょう。

 第一に挙げねばならぬは

原料供給の物理的霊媒

であります。一体すべての物理的心霊現象というのは、超物質界の居住者(即ち霊魂)ができる丈物質界に歩み寄り、地上の何人にも判るような形式方法で彼我の間に一つの交通を開こうとする、頗る無理なやり方ですから、従って之に使用さるる霊媒の役目も気の毒なほど困難であります。斯うした場合に霊媒の躯は宛かも一の原料品の倉庫見たいな役割を勤めます。霊媒の躯から抽出された原料は一般にエクトプラズム又はテレプラズムと呼ばれ、一種の半物質的流動体で、有形から無形に又無形から有形に自由自在に変形する性質を有っています。霊界の居住者はこのエクトプラズムを原料として、卓子を浮揚させたり、幽霊の物質化を行ったりするので、従って心霊現象が起っている最中に霊媒の体重を計ると通例その目方が減って居ます。しかし現象が済んで了えば抽出された原料は再び霊媒の躯に戻ります。現時欧米諸国に於てこの種の傑出せる霊媒は、ポーランドのクルスキィ、イギリスのホープ、及びルーイス、ボストンのクランドン夫人(マアジャリイ)ニューヨルクのバリアンタイン、伊太利のスコット侯爵等であります。日本ではこの種の霊媒として現在ではただ一人龜井三郎氏を挙げることができます。

 この次ぎに挙ぐべきは

  没我的の巫女型霊媒

で、これは普通霊媒自身の人間意識を断滅し、言わば脱殻同然の躯を他の霊魂に貸与し、その道具になって働くもので、一と口に言ったら詰まり一の活きた機械の役目をするのであります。人間個性の一時的棄権――随分思い切った大犠牲であります、現代この種の霊媒として世界に傑出して居るのはイギリスのレナルド夫人でしょう。日本では中西りか女史などがこの種の霊媒の好典型であります。

 次ぎに挙ぐべきは

  感応式の霊媒

であります。第二に挙げた巫女型の霊媒の働きは寧ろ機械的で、さして敏感性に富めりとも謂われませぬが、感応式の霊媒は寧ろ自己の敏感性を利用して他界から放送さるる波動を受取ると言ったような趣を具えて居ります。従って前者が大抵無意識の入神状態に陥るに反し、後者は自我意識をそのままに保存し、ただ自分自身を受身ッシィヴの状態に置くだけであります。この種の霊媒の感受性は種々の方面に現われます。視覚的に働くものは所謂霊視能力であり、世人の所謂天眼通、千里眼、透視などは皆これに属します。筆写的に働くものは所謂自動書記能力であり声音的に働くものは所謂霊言能力であり、聴覚的に働くものは所謂霊聴能力エア エディエンスであり、その他まだいろいろの形式がありますが、詳しい事は拙著『心霊講座』に譲ります。現在世界でこの種の霊媒として有名なのは、イギリスのドウソン・スコット女史、ワアド氏、トラヴァース・スミス夫人、北米のロージャース夫人などであると思います。日本では霊視能力の代表者として大阪工業大学の中尾良智氏を挙ぐべきでしょう。その他にも見込のある能力者が現われつつありますから、数年後には日本も或は欧米に対して遜色なきに至るかも知れません。又是非そうあらせたいと期待して居ります。

 まだ述べたい事は沢山ありますが、心霊現象の種類性質、又心霊現象の背後に控えて働く所の霊媒のどんなものかは、これで一と通りお解りになったことと考えますので早速それぞれの心霊現象の講述に移ります。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


(1) 近化心霊研究とその主張

2010/09/19

 できる丈通俗的に、できる丈簡単明瞭に、近代心霊研究に関する一般的概念を与え、以て新進の研究者の為めに道案内の役を勤めたいというのが著者の老婆心であります。日本国にも近頃そろそろ心霊問題に向って注意を払わんとする、甚だ慶賀すべき傾向が見えますので、この際本書の出現は決して無益ではないと信ずる次第であります。

 言うまでもなく近代心霊研究は近代科学の一分派として徹頭徹尾活きた事実の上に立脚します。従って科学的に実験し、科学的に実証を挙げ得ないものは、縦令それがいかに巧妙な理論の上に築かれていても、又いかにその成立が望ましい事柄でも、しばらく之を保留して置き、徐ろに確証の挙がるのを待ちます。その点甚だもどかしいような所もありますが、しかし一たん心霊研究の結果確立されたとなると実に堅固なもので、一世を挙げてこれに反抗したところで泰然自若として驚きません。そこが近代心霊研究の大へんな強味で、従ってそれが現代人の思想、信仰、行動の上に、他の何物にも見出すべからざる大助力を有つに到った所以であります。

 扨て近代心霊研究の出発点は今を距ること八十余年の昔に遡ります。即ち一八四八年北米ニューヨルク州の一寒村ハイズヴィルに起ったフォックス家の幽霊事件を以て普通其起原とします。一八四八年というと丁度日本の嘉永元年に当り、詰まり日本国民が漸く鎖国の夢から覚めて対外問題に視聴を向けかけた時代であります。外国との交通と霊界との交通では大分話が違います。かく半世紀以上の開きがついていては、日本国の心霊研究が世界で一番落伍の気味であるのも或は無理からぬ次第かも知れません。

 右のフォックス家の幽霊事件というのは、事件そのものは今日から見ればもちろん大したものでありません。同家の年若き娘達(マアガレッタ及びケーテー)が寝室に入るとパタッ! パタッ! という不思議な敲音が起る。それが毎晩の事であるから次第に人々の注意を惹き、いろいろ研究者も現われるという騒ぎになりました。後にその敲音を符徴に使用して文字を綴らして見ると、それが一人の死者からの通信であることが明瞭になった。即ち右の死者は五年前、この家で殺されたもので、頭字はC、Rであり、女房との間に五人の子供があった。骨はこの家の穴蔵に埋められている……。大体そう言ったことが判ったのであります。

 問題そのものはそんなつまらぬ事柄で、今更かれこれ詮議立てするほどの価値はないのですがただこの事件を導火線として千変万化の興味ある異常現象が北米の各地に起り、更にそれが英国にも飛び火をしてますます一世の耳目を震撼せしむるような事になったのですから兎に角劃期的の一大事件と見做すべきでありましょう。さればシカゴの心霊家カドワレエダア夫人などは東奔西走の結果、フォックス姉妹の為めに一大紀念柱をその邸跡に建立することになって居ります。日本でその相手を求むるならば丁度相州久里浜のペルリ提督上陸紀念碑と言ったところでしょう。

 それはさて置き、幾多の心霊現象が現われ、従来ただ不思議だとか、不可解だとか、奇蹟だとか、詐術だとか、幻覚だとか言って、人間の考慮の外に放り出されてあった事柄が必らずしもそうでなく、ドー査べても科学的正確さを有った事実であるという事が判明して来た時に、その必然の結果として爰に新規な人生観、新規な哲学、新規な信仰と言ったものが次第に定形を成すに到りました。それが取りも直さず、今日世界の有識階級間に隠然勢力を張りつつある。スピリチュアリズム(神霊主義)であります。心霊事実を真珠とすればスピリチュアリズムは之を貫くところの紐見たいなものであります。前者の調査は主として科学の畑に属し、後者の仕事は大体哲学宗教の領分に属し、双方相倚り相助けて新時代の世界人類の大規準を確立すべき使命を有って居るのであります。

 スピリチュアリズムに就きては、別に筆を新たにして講述を試みねばなりませぬ。爰には研究者の便宜の為めにスピリチュアリズムの中心骨髄ともいうべき点を極めて簡単に申上げて正しい目標を与えることに致したいと思います。

 スピリチュアリズムがイの一番に力説するのは

  各人の肉体に霊魂が宿って居ること

であります。即ちわれわれの肉体は自我の本体でなく、寧ろその機関に過ぎないという主張で、これと正面衝突を行うのはいう迄もなく唯物説であります。何となれば唯物説にあっては人間の精神作用をはじめ、すべての働きが肉体そのものの属性であり、肉体が滅ぶれば後には何物も残らないと主張するからであります。

 右の観念の相違がわれわれの日常の思想行動の上にいかばかり深刻な影響を与えるかという事は爰に詳しく述ぶるまでもないことで、正に生きるか、死ぬか、のるかそるかの大問題であります。もちろん私が右にただ霊魂と申した言葉は甚だ概念的で要領を尽さぬ憾みがあります。しかし爰でそれを論じて居た日には収まりがつきませんから、しばらく通俗的に之をただ超物質的の或る存在と考えて居て戴きたいのであります。

 (註)人間の自我は大我の一分子であり、そして各自自我表現の機関として、肉体、幽体、霊体、本体の四つの体を具えて居るものと考えられます。詳細は昭和四年来雑誌「心霊と人生」誌上に連載しつつある拙稿「神霊主義とは何ぞや」を御参照下さい。

 次ぎにスピリチュアリズムが力点を置いて居る一ヶ条は

  肉体を離れた霊魂が死の彼岸に存続すること

であります。これは前掲の条項と極めて密接な関係を有って居ることで、すでに肉体が自我の本体でないとすれば、今の肉体が滅びても自我が依然として後に残るという事は寧ろ当然の事柄なのであります。が、之を実験的に証明する事は至難事中の至難事で、人類は近代に至るまで暗中摸索を重ねて居る有様でした。この証明に初めて成功したのが近代心霊研究であって、この功績は誠に顕著でありますが、しかし何所まで行ってもこれは困難な仕事ですから、心霊現象の一部分、例えば念写とか、透視とか云った方面のみに接触した学者などは、人間の個性が果して死後に存続するか否かという事には今日でも随分首をひねりて居る有様であります。若しそうした不徹底な境涯に彷徨しまいとすれば余っぽど広く清い心を有ち、一切の先入主を棄て、あらゆる心霊現象に対して全然白紙の態度で真剣な考察を重ねる必要があります。何にしろこれはわれわれの思想信仰の上に直接大影響を及ぼす事柄ですから、私としてもできる丈の力をこの点の確立にそそぐつもりであります。

 次ぎにこの条項に劣らず大切なのは

   人間界と霊魂界との間に交通が可能なること

であります。若しも人間の個性が死後他界に存在しても、全然人間と交通不可能だというのならさっぱり詰らない話で、われわれは霊魂などに何の用事もない訳です。よしや用事があってもドーにもしようがありません。これに反して若しもそれが可能だとすれば、これは全く棄て置き難き大問題で、若し強いてこの事実に向って目を瞑れば自から求めて一種の精神的鎖国主義者になる訳で、どれ丈無形の損害を招くことになるかも知れません。何となればそれではわれわれの優秀なる祖先の霊魂をはじめ、更にその奥に控えているらしい偉大なる諸神諸仏との連鎖をも遮断することになる訳ですから……。私はこの点に向ってもできる丈明確な事実を挙げて動きのとれぬ証明を与えたいと考えます。

 以上はスピリチュアリズムの基本を為すものでありますが、前にも申す通り、勿論それ丈でスピリチュアリズムの全部を尽しては居りません。スピリチュアリズムの綱領中には、一切の万有が宇宙大精神の顕現であること、各自が永遠に因果律によりて司配さるること、各自が永遠に向上進歩の途を辿ること、各自が同胞的関係にあること、其他が掲げられて居るのであります。が、本書はスピリチュアリズムの説明を主眼とするものでないからそれ等の問題にはあまり触れないことに致し、早速心霊問題の説明に取りかかります。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

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資料提供: 思抱学人

入力: いさお

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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。