‘霊界通信 小桜姫物語’ カテゴリーのアーカイブ

68、幽界の神社

2010/08/22

 かれこれする中に、指導役のお爺さんからは、お宮の普請が、最う大分進行して居るとのお通知がありました。――

『後十日も経てばいよいよ鎮座祭の運びになる。形こそ小さいが、普請はなかなか手が込んで居るぞ……。』

 そんな風評を耳にする私としては、これまでの修行場の引越しとは異って、何となく気がかり……幾分輿入れ前の花嫁さんの気持、と言ったようなところがあるのでした。つまり、うれしいようで、それで何やら心配なところかあるのでございます。

『お爺さま、鎮座祭とやらの時には、私がそのお宮に入るのでございますか……。』

『イヤそれとも少し異う……。現界にお宮が建つ時には、同時に又こちらの世界にもお宮が建ち、そなたとしてはこちらのお宮の方に入るのじゃ。――が、そなたも知る通り現幽は一致、幽界の事は直ちに現界に映るから、実際はどちらとも区別がつけられないことになる……。』

『現界の方では、どんな個所にお宮を建てて居るのでございますか。』

『彼所は何と呼ぶか……つまり籠城中にそなたが隠れていた海岸の森蔭じゃ。今でも里人達は、遠い昔の事をよく記憶えていて、わざとあの地点を選ぶことに致したらしい……。』

『では油ヶ壷のすぐ南側に当る、高い崖のある所でございましょう、大木のこんもりと茂った……。』

『その通りじゃ。が、そんなことはこの俺に訊くまでもなく、自分で覗いて見たらよいであろう。現界の方はそなたの方が本職じゃ……。』

 お爺さんはそんなことを言って、まじめに取合ってくださいませんので、止むを得ずちょっと統一して、のぞいて見ると、果してお宮の所在地は、私の昔の隠家のあったところで、四辺の模様はさしてその時分と変って居ないようでした。普請はもう八分通りも進行して居り、大工やら、屋根職やらが、何れも忙がしそうに立働いているのが見えました。

『お爺さま、矢張り昔の隠家のあった所でございます。大そう立派なお宮で、私には勿体のうございます。』

『現界のお宮もよくできて居るが、こちらのお宮は一層手が込んで居るぞ。もう夙に出来上っているから、入る前に一度そなたを案内して置くと致そうか……。』

『そうしていただけば何より結構でございますが……。』

『ではこれからすぐに出掛ける……。』

 不相変お爺さんのなさることは早急でございます。

 私達は連れ立ちて海の修行場を後に、波打際のきれいな白砂を踏んで東へ東へと進みました。右手はのたりのたりといかにも長閑な海原、左手はこんもりと樹木の茂った丘つづき、どう見ても三浦の南海岸をもう少しきれいにしたような景色でございます。ただ海に一艘の漁船もなく、又陸に一軒の人家も見えないのが現世と異っている点で、それが為めに何やら全体の景色に夢幻に近い感じを与えました。

 歩いた道程は一里あまりでございましょうか、やがて一つの奥深い入江を廻り、二つ三つ松原をくぐりますと、そこは欝葱たる森蔭の小じんまりとせる別天地、どうやら昔私が隠れていた浜磯の景色に似て、更に一層理想化したような趣があるのでした。

 不図気がついて見ると、向うの崖を少し削った所に白木造りのお宮が木葉隠れに見えました。大さは約二間四方、屋根は厚い杉皮葺、前面は石の階段、周囲は濡椽になって居りました。

『何うじゃ、立派なお宮であろうが……。これでそなたの身も漸く固った訳じゃ。これからは引越騒ぎもないことになる……。』

 そう言われるお爺さんのお顔には、多年手がけた教え児の身の振り方のついたのを心から歓ぶと言った、慈愛と安心の色が湛って居りました。私は勿体ないやら、うれしいやら、それに又遠い地上生活時代の淡い思い出までも打ち混り、今更何と言うべき言葉もなく、ただ泪ぐんでそこに立ち尽したことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


67、神と人との仲介

2010/08/21

 以上のべたところで一と通り話の筋道だけはお判りになったことと存じます。神に祀られたといえば、ちょっと大変なことのように思われましょうが、内容は決してそれほどのことではないのでございまして……。

 大体日本の言葉が、肉眼に見えないものを悉く神と言って了うから、甚だまぎらわしいのでございます。神という一字の中には飛んでもない階段があるのでございます。諺にも上には上とやら、一つの神界の上には更に一だん高い神界があり、その又上にも一層奥の神界があると言った塩梅に、どこまで行っても際限がないらしいのでございます。現在の私どもの境涯からいえば、最高のところは矢張り昔から教えられて居るとおり、天照大御神様の知しめす高天原の神界――それが事実上の宇宙の神界なのでございます。そこまでは、一心不乱になって統一をやればどうやら私どもにも接近されぬでもありませぬが、それから奥はとても私どもの力量には及びませぬ。指導役のお爺さんに伺って見ましても、あまり要領は獲られませぬ……。つまり無い訳ではないが、限りある器量ではどうにもしょうがないのでございましょう。

 高天原の神界から一段降ったところが、取りも直さずわれわれの住む大地の神界で、ここに君臨遊ばすのが、申すまでもなく皇孫命様にあらせられます。ここになるとずっとわれわれとの距離が近いとでも申しましょうか、御祈願をこむれば直接神様からお指図を受けることもでき、又そう骨折らずにお神姿を拝むこともできます――。尤もこれは幾らか修行が積んでからの事で、最初こちらへ参ったばかりの時は、何が何やら腑に落ちぬことばかり、恥かしながら皇孫命様があらゆる神々を統率遊ばす、真の中心の御方であることさえも存じませんでした。『幽明交通の途が杜絶ているせいか、近頃の人間はまるきり駄目じゃ……。昔の人間にはそれ位のことがよく判っていたものじゃが……。』――指導役のお爺さんからそう言ってさんざんお叱りを受けたような次第でございました。私達でさえ、すでにこれなのでございますから、現世の方々が戸惑いをなさるのも或は無理からぬことかも知れませぬ。これは矢張りお爺さんの言われる通り、この際、大いに奮発して霊界との交通を盛んにする必要がございましょう。それさえできれば斯んなことは造作もなく判ることなのでございますから……。

 今更申上ぐるまでもなく、皇孫命様をはじめ奉り、直接そのお指図の下にお働き遊ばす方々は何れも活神様……つまり最初からこちらの世界に活き通しの自然霊でございます。産土の神々は申すに及ばず、八幡様でも、住吉様でも、但しは又弁財天様のような方々でも、その御本体は悉くそうでないものはございませぬ。つまるところここまでが、真正の意味の神様なので、私どものように帰幽後神として祀られるのは真正の神ではありませぬ。ただ神界に籍を置いているという丈で……。尤も中には随分修行の積んた、お立派な方々もないではありませぬが、しかし、どんなに優れていても人霊は矢張り人霊だけのことしかできはしませぬ。一つ口に申したら、真正の神様と人間との中間に立ちてお取次ぎの役目をつとめるのが人霊の仕事――。まあそれ位に考えて戴けば、大体宜しいかと存じます。少くとも私のような未熟なものにできますことは、やっとそれだけでございます。神社に祀られたからと申して、矢鱈に六ヶしい問題などを私のところにお持込みになられることは固く御辞退いたします。精一ぱいお取次ぎはいたしますが、私などの力量で何一つできものでございましょうか……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


66、三浦を襲った大海嘯

2010/08/20

 さて只今申上げました不図とした動機というのは、或る年三浦の海岸を襲った大海嘯なのでございました。それはめったにない位の大きな時化で、一時は三浦三崎一帯の人家が全滅しそうに思われたそうでございます。

 すると、その頃、諸磯の、或る漁師の妻で、平常から私の事を大へんに尊信してくれている一人の婦人がありました。『小櫻姫にお願いすれば、どんな事でも協えて下さる……。』そう思い込んでいたらしいのでございます。で、いよいよ暴風雨が荒れ出しますと、右の婦人が早速私の墓に駆けつけて一心不乱に祈願しました。――

『このままにして置きますと、三浦の土地は皆流れて了います。小櫻姫さま、何うぞあなた様のお力で、この災難を免れさせて戴きます。この土地でお縋りするのはあなた様より外にはござりませぬ。』

 丁度その時私は海の修行場で不相変統一の修行三昧に耽って居りましたので、右の婦人の熱誠こめた祈願がいつになくはっきりと私の胸に通じて来ました。これには私も一と方ならず驚きました。――

『これは大へんである。三浦は自分にとりて切っても切れぬ深い因縁の土地、このまま土地の人々を見殺しにはできない。殊にあそこには良人をはじめ、三浦一族の墓もあること……。一つ龍神さんに一生懸命祈願して祈願して見ましょう……。正しい願いであるならきっと御神助が降るに相違ない……。』

 それから私は未熟な自分にできる限りの熱誠をこめて、三浦の土地が災厄から免れるようにと、龍神界に祈願を籠めますと、間もなくあちらから『願いの趣聴き届ける……。』との難有いお言葉が伝わってまいりました。

 果して、さしものに猛り狂った大時化が、間もなく収まり、三浦の土地はさしたる損害もなくして済んだのでしたが、三浦以外の土地、例えば伊豆とか、房州とかは百年来例がないと言われるほどの惨害を蒙ったのでした。

 斯うした時には又妙に不思議な現象が重なるものと見えまして、私の姿がその夜右の漁師の妻の夢枕に立ったのだそうでございます。私としては別にそんなことをしようという所思はなく、ただ心にこの正直な婦人をいとしい女性と思った丈のことでしたが、たまたま右の婦人がいくらか霊能らしいものを有っていた為めに、私の思念が先方に伝わり、その結果夢に私の姿までも見ることになったのでございましょう。そうしたことは格別珍らしい事でも何でもないのですが、場合が場合とて、それが飛んでもない大騒ぎになって了いました。――

『小櫻姫はたしかに三浦の土地の守護神様だ。三浦の土地が今度不思議にも助かったのは皆小櫻姫のお蔭だ。現に小櫻姫のお姿が誰某の夢枕に立ったということだ……。難有いことではないか……。』

 私とすればただ土地の人達に代って龍神さんに御祈願をこめたまでのことで、私自身に何の働きのあった訳ではないのでございますが、そうした経緯は無邪気な村人に判ろう筈もございません。で、とうとう私を祭神とした小桜神社が村人全体の相談の結果として、建立される段取になって了いました。

 右の事情が指導役のお爺さんから伝えられた時に私はびっくりして了いました。私は真紅になって御辞退しました。――

『お爺さま、それは飛んでもないことでございます。私などはまだ修行中の身、力量といい、又行状といい、とてもそんな資格のあろう筈がございませぬ。他の事と異い、こればかりは御辞退申上げます……。』

 が、お爺さんはいっかな承知なさらないのでした。――

『そなたが何と言おうと、神界ではすでに人民の願いを容れ、小桜神社を建てさせることに決めた。そなたの器量は神界で何もかも御存じじゃ。そなたはただ誠心誠意で人と神との仲介をすればそれでよい。今更我侭を申したとて何にもならんぞ……。』

『左様な訳のものでございましょうか……。』

 私としては内心多大の不安を感じながら、そうお答えするより外に詮術がないのでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

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入力者: 泉美

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65、小桜神社の由来

2010/08/19

 ツイうっかりお約束をして了いましたので、これから私が小桜神社として祀られた次第を物語らなければならぬ段取になりましたが、実は私としてこんな心苦しいことはないのでございます。御覧のとおり私などは別にこれと申してすぐれた器量の女性でもなく、又修行と言ったところで、多寡が知れて居るのでございます。こんなものがお宮に祀られるというのはたしかに分に過ぎたことで、私自身もそれはよく承知しているのでございます。ただそれが事実である以上、拠なく申上げるようなものの、決して決して私が良い気になって居る訳でも何でもないことを、くれぐれもお含みになって戴きとう存じます。私にとりてこんなしにくい話はめったにないのでございますから……。

 だんだん事の次第をしらべますると、話はずっと遠い昔、私がまだ現世に生きて居た時代に遡るのでございます。前にもお話ししたとおり、良人の討死後私は所中そのお墓詣りを致しました。何にしろお墓の前へ行って瞑目すれば、必らず良人のありし日の面影がありありと眼に映るのでございますから、当時の私にとりてそれが何よりの心の慰めで、よほどの雨風でもない限り、めったに墓参を怠るようなことはないのでした。『今日も又お目にかかって来ようかしら……。』私としてはただそれ位のあっさりした心持で出掛けたまでのことでございました。この墓詣りは私が病の床につくまでざっと一年あまりもつづいたでございましょうか……。

 ところが意外にもこの墓参が大へんに里人の感激の種子となったのでございます。『小櫻姫は本当に烈女の亀鑑だ。まだうら若い身でありながら再縁しようなどという心は微塵もなく、どこまでも三浦の殿様に操を立て通すとは見上げたものである。』そんな事を言いまして、途中で私とすれ違う時などは、土地の男も女も皆泪ぐんで、いつまでもいつまでも私の後姿を見送るのでございました。

 里人からそんなにまで慕ってもらいました私が、やがて病の為めに殪れましたものでございますから、その為めに一層人気が出たとでも申しましょうか、いつしか私のことを世にも類なき烈婦……気性も武芸も人並すぐれた女丈夫ででもあるように囃し立てたらしいのでございます。その事は後で指導役のお爺さんから伺って自分ながらびっくりして了いました。私は決してそんなに偉い女性ではございませぬ。私はただ自分の気が済むように、一と筋に女子として当り前の途を踏んだまでのことなのでございまして……。

 尤も、最初は別に私をお宮に祀るまでの話が出た訳ではなく、時々思い出しては、野良への往来に私の墓に香花を手向ける位のことだったそうでございますが、その後不図とした事が動機となり、とうとう神社というところまで話が進んだのでございました、まことに人の身の上というものは何が何やらさっぱり見当がとれませぬ。生きて居る時にはさんざん悪口を言われたものが、死んでから口を極めて讃められたり、又その反対に、生前栄華の夢を見たものが、墓場に入ってからひどい辱しめを受けたりします。そしてそれが少しも御本人には関係のない事柄なのですから、考えて見ればまことに不思議な話で、煎じつめれば、これは矢張り何やら人間以上の奇びな力が人知れず奥の方で働いているのではないでしょうか。少くとも私の場合にはそうらしく感じられてならないのでございます……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

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※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

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入力者: 泉美

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64、主従三人

2010/08/18

 間もなく良人の姿がすーッと浪打際に現われました。服装その他は不相変でございますが、しばらく見ぬ間に幾らか修行が積んだのか、何所となく身に貫禄がついて居りました。

『近頃は大へんに御無沙汰を致しました。いつも御機嫌で何より結構でございます……。』

『お互にこちらでは別に風邪も引かんのでナ、アハハハハハ。そなたも近頃は大そう若返ったようじゃ……。』

 二三問答を交して居る中に、数間の爺やもそこへ現われ、私の良人と久しぶりの対面を遂げました。その時の爺やの歓びは又格別、『お二人で斯うしてお揃いの所を見ると、まるで元の現世へ戻ったような気が致しまする……。』そんなこと言って洟をすするのでした。

 そうする中にも、何人がどう世話して下すったのやら、砂の上には折畳みの床几が三つほど据えつけられてありました。しかもその中の二つは間近く向き合い、他の一脚は少し下って背後の方へ……。何う見たって私達三人の為めに特別に設けてくれたとしか思えない恰好なのでございます。

『どりャ遠慮なく頂戴ちょうだい致そうか。』良人もひどく気を良くしてその一つに腰を降ろしました。

『こちらへ来てから床几に腰をかけるのはこれが初めてじゃが、なかなか悪るい気持は致さんな……。』

 然るべく床几に腰を降ろした主従三人は、それからそれへと際限もなく水入らずの昔語りに耽りましたが、何にしろ現世から幽界へかけての長い歳月の間に、積り積った話の種でございますから、いくら語っても語っても容易に尽きる模様は見えないのでした。その間には随分泣くことも、又笑うこともありましたが、ただ有難いことに、以前良人と会った時のような、あの現世らしい、変な気持だけは、最早殆んど起らないまでに心がきれいになっていました。私は平気で良人の手を握っても見ました。

『随分軽いお手でございますね。』

『イヤ斯うカサカサして居てはさっぱりじゃ。こんな張子細工では今更同棲してもはじまるまい。』

 私達夫婦の間にはそんな戯談が口をついて出るところまであっさりした気分が湧いて居ました。爺やの方では一層枯れ切ったもので、ただもううれしくて耐らぬと言った面持で、黙って私達の様子を打ち守っているのでした。

 ただ一つ良人にとりての禁物は三崎の話でした。あちらに見ゆる遠景が丁度油壷の附近に似て居りますので、うっかり話頭が籠城時代の事に向いますと、良人の様子が急に沈んで、さも口惜しいと言ったような表情を浮べるのでした。『これは良けない……。』私は急いで話を他に外らしたことでございました。

 困ったのは、この時良人も爺やもなかなか帰ろうとしないことで、現世でいうなら二人が二三日私の修行場に滞在するようなことになりました。尤も、それはただ気持だけの話でございます。こちらには昼も夜もないのですから、現世のようにとても幾日とはっきり数える訳には行かないのでございます。その辺がどうも話が大へんにしにくい点でございまして……。


 海の修行場の話はこれで切り上げますが、兎に角この修行場は私にとりて最後の仕上げの場所で、そして私はこの時に神様から修行終了の仰せを戴いたのでございます。同時に現世の方ではすでに私の為めに一つの神社が建立されて居り、私は間もなくこの修行場からその神社の方へと引移ることになったのでございます。

 それに就きての経緯は何れ改めてこの次ぎに申上げることに致しましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

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63、昔の忠僕

2010/08/17

 私がある日海岸で遊んで居りますと、指導役のお爺さんが例の長い杖を突きながら彼方からトボトボと歩いて来られました。何うした風の吹きまわしか、その日は大へん御機嫌がよいらしく、老顔に微笑を湛えて斯う言われるのでした。――

『今日は思い掛けない人を連れて来るが、誰であるか一つ当てて見るがよい……。』

『そんなこと、私にはできはしませぬ……できる筈がございませぬ。』

『コレコレ、汝は何の為めに多年精神統一の修行をしたのじゃ。統一というものは斯うした場合に使うものじゃ……。』

『左様でございますか。ではちょっとお待ち下さいませ……。』

 私は立ちながら眼を瞑って見ると、間もなく眼の底に頭髪の真白な、痩せた老人の姿がありありと映って来ました。

『八十歳位の年寄でございますが、私には見覚がありませぬ……。』

『今に判る……。ちょっと待って居るがよい。』

 お爺さんはいとも気軽にスーッと巌山をめぐって姿を消して了いました。

 しばらくするとお爺さんは私が先刻霊眼で見た一人の老人を連れて再びそこへ現われました。

『何うじゃ実物を視てもまだ判らんかナ。――これは汝のお馴染の爺や……数間の爺やじゃ……。』

 そう言われた時の私の頭脳の中には、旧い旧い記憶が電光のように閃きました。――

『まァお前は爺やであったか! そう言えば成るほど昔の面影が残っています。――第一その小鼻の側の黒子……それが何より確かな目標です……。』

『姫さま、俺は今日のようにうれしい事はござりませぬ。』と数間の爺やは砂上に手をついてうれし涙に咽びながら『夙から姫さまに逢わせてもらいたいと神様に御祈願をこめていたのでござりますが、霊界の掟としてなかなかお許しが降りず、とうとう今日までかかって了いましたのじゃ。しかしお目にかかって見ればいつに変らぬお若さ……俺はこれで本望でござりまする……。』

 考えて見れば、私達の対面は随分久しぶりの対面でございました。現世で別れた切り、かれこれ二百年近くにもなっているのでございますから……。数間の爺やのことは、ツイうっかりしてまだ一度もお風評を致しませんでしたが、これは、むかし鎌倉の実家に仕えていた老僕なのでございます。私が三浦へ嫁いだ頃は五十歳位でもあったでしょうが、夙に女房に先立たれ、独身で立ち働いている、至って忠実な親爺さんでした。三浦へも所中泊りがけで訪ねてまいり、よく私の愛馬の手入れなどをしてくれたものでございます。そうそう私が現世の見納めに若月を庭前へ曳かせた時、その手綱を執っていたのも、矢張りこの老人なのでございました。

 だんだんきいて見ると、爺やが死んだのは、私よりもざっと二十年ばかり後だということでございました。『俺は生涯病気という病気はなく、丁度樹木が自然と立枯れするように、安らかに現世にお暇を告げました。身分こそ賎しいが、後生は至って良かった方でござります……。』そんなことを申して居りました。

 こんな善良な人間でございますから、こちらの世界へ移って来てからも至って大平無事、丁度現世でまめまめしく主人に仕えたように、こちらでは後生大事に神様に仕え、そして偶には神様に連れられて、現世で縁故の深かった人達の許へも尋ねて行くとのことでございました。

『この間御両親様にもお目にかからせて戴きましたが、イヤその時は欣んでよいのやら、又は悲しんでよいのやら……現世の気持とは又格別でござりました……。』

 爺やの口からはそう言った物語がいくつもいくつも出ました。最後に爺やは斯んなことを言い出しました。

『俺はこちらでまだ三浦の殿様に一度もお目にかかりませぬが、今日は姫さまのお手引きで、早速日頃の望を協えさせて戴く訳にはまいりますまいか。』

『さァ……。』

 私がいささか躊躇って居りますと、指導役のお爺さんが直ちに側から引きとって言われました。――

『それはいと易いことじゃが、わざわざこちらから出掛けずとも、先方からこちらへ来て貰うことに致そう。そうすれば爺やも久しぶりで御夫婦お揃いの場面が見られるというものじゃ。まさか夫婦が揃っても、以前のように人間臭い執着を起しもしまいと思うが、どうじゃその点は請合ってくれるかナ?』

『お爺さまモー大丈夫でございますとも……。』

 とうとう良人の方からこの海の修行場へ訪ねて来ることになって了いました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


62、現世のお浚

2010/08/16

 私はうれしいのやら、悲しいのやら、自分にもよくは判らぬ気分でしばらくあたりの景色に見とれて居ましたが、不図自分の住居のことが気になって来ました。

『お爺さんは私の住居について何とも仰っしゃられなかったが、一たいそれはどこにあるのかしら……。』

 私は巌の上からあちこち見まわしました。

 脚下は一帯の白砂で、そして自分の立っている巌の外にも幾つかの大きな巌があちこちに屹立して居り、それにはひねくれた松その他の常盤木が生えて居ましたが、不図気がついて見ると、中で一ばん大きな彼方の巌山の裾に、一つの洞窟らしいものがあり、これに新らしい注連縄が張りめぐらしてあるのでした。

『きっとあれが私の住居に相違ない……。』

 私は急いで巌から降りてそこへ行って見ると、案に違わず巌山の底に八畳敷ほどの洞窟が天然自然に出来て居り、そして其所には御神体をはじめ、私が日頃愛用の小机までがすでにキチンと取り揃えられてありました。

 一と目見て私は今度の住居が、心から好きになって了いました。洞窟と言っても、それはよくよく浅いもので明るさは殆んど戸外と変りなく、そして其所から海までの距離がたった五六間、あたりにはきれいな砂が敷きつめられていて、所々に美しい色彩の貝殻や香いの強い海藻やらが散ばっているのです。

『まるきり三浦の海岸そっくり……こんな場所なら、私はいつまでここに住んでもよい……。』

 私は室を出たり、入ったり、しばらく坐ることも打忘れて小娘のようにはしゃいだことでした。

 今日から振り返って考えると、この海の修行場は私の為めに神界で特に設けて下すったお浚いの場所ともいうべきものなのでございました。境遇は人の心を映すとやら、自分が現世時代に親んだのとそっくりの景色の中にと抱かれて、別に為すこともなくたった一人で暮らして居りますと、考はいつとはなしに遠い遠い昔に馳せ、ありとあらゆる、どんな細かい事柄までもはっきりと心の底に甦って来るのでした。紅い色の貝殻一つ、かすかにひびく松風一つが私にとりてどんなにも数多き思い出の種子だったでございましょう! それは丁度絵巻物を繰り拡げるように、物心ついた小娘時代から三十四歳で歿るまでの、私の生涯に起った事柄が細大漏れなく、ここで復習をさせられたのでした。

 で、この海の修行場は私にとりて一の涙の棄て場所でもありました。最初四辺の景色が気に入ってはしゃいだのはホンの束の間、後はただ思い出しては泣き、更に思い出しては泣き、よくもあれで涙が涸れなかったと思われるほど泣いたのでございました。元来私は涙もろい女、今でも未だ泣く癖がとまりませぬが、しかしあの時ほど私がつづけざまに泣いたこともなかったように覚えて居ります。

 が、思い出す丈思い出し、泣きたい丈泣きつくした時に、後には何ともいえぬしんみりと安らかな気分が私を見舞ってくれました。こんないくじのない者に幾分か心の落つきが出て来たように思われるのは、たしかにあの海の修行場で一生涯のお浚をしたお蔭であると存じます。私は今でもあれが私にとりて何より難有い修行場であったと感謝せずには居られませぬ。尚おここはただ昔の思い出の場所であったばかりでなく、現世時代に関係のあった方々との面会の場所でもあり、私は随分いろいろな人達とここでお逢いしました。標本として私が彼所で実家の忠僕及び良人に逢った話なりと致しましょうか。格別面白いこともございませぬが……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


61、海の修行場

2010/08/15

 前にも申上げた通り、私が瀧の修行場に居りました期間は割合に短かく、又これと言って珍らしい話もありませぬ。私は大体彼所でただ統一の修行ばかりやっていたのでございますから……。

 瀧の修行時代がどれ位つづいたかと仰っしゃるか……。さァ自分にはさっぱりその見当がつきませぬが、指導役のお爺さんのお話では、あれでも現世の三十年位には当るであろうとの事でございました。三十年と申すと現世ではなかなか長い歳月でございますが、こちらでは時を量る標準が無い故か、一向それほどにも感じないのでございまして……。

 それはそうと、私の瀧の修行場生活もやがて終りを告ぐべき時がめぐってまいりました。ある日私が御神前で深い深い統一に入って居りますと、ひょっくり瀧の龍神さんが、例の白衣姿ですぐ間近くお現われになり、斯う仰せられるのでございました。――

『そなたの統一もその辺まで進めば先ず大丈夫、大概の仕事に差支えることもあるまい。従ってそなたがこの上ここに居る必要もなくなった訳……ではこれでお別れじゃ……。』

 言いも終らず、プイと姿をお消しになり、そしてそれと入れ代りに私の指導役のお爺さんが、いつの間にやら例の長い杖をついて入口に立って居られました。

 私はびっくりして訊ねました。――

『お爺さま、これから何所ぞへお引越でございますか?』

『そうじゃ……今度の修行場はきっと汝の気に入るぞ……。すぐ出掛けるとしよう……。』

 不相変あっさりしたものでございます。しかし、私の方でも近頃はいくらかこちらの世界の生活に慣れてまいりましたので、格別驚きも、怪しみもせず、ただ母の紀念の守刀を身につけた丈で、心静かに坐を起ちました。

 が、それにつづいて起った局面の急転回には、さすがの私も少し呆れない訳にはまいりませんでした。お暇乞いの為めに私が瀧の龍神さんの祠堂に向って合掌瞑目したのはホンの一瞬間、さて眼を開けると、もうそこはすでに瀧の修行場でも何でもなく、一望千里の大海原を前にした、素晴らしく見晴らしのよい大きな巌の頂点に、私とお爺さんと並んで立っていたのでした。

『ここが今度の汝の修行場じゃ。何うじゃ気に入ったであろうが……。』

 びっくりした私が御返答をしようとする間もあらせず、お爺さんの姿が又々烟のように側から消えて無くなって了いました。

 重ね重ねの早業に、私は開いた口が容易に塞がりませんでしたが、漸く気を落ちつけて四辺の景色を見廻わした時に、私は三たび驚かされて了いました。何故かと申すに、巌の上から見渡す一帯の景色が、どう見ても昔馴染の三浦の西海岸に何所やら似通って居るのでございますから……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


60、母性愛

2010/08/14

 その日はそれ位のことで別れましたが、後で又ちょいちょいこの二人の来訪を受け、とうとうそれが縁で、私は一度こちらの世界でこの娘の母親とも面会を遂げることになりました。なかなかしとやかな婦人で、しきりに娘のことばかり気にかけて居りました。その際私達の間に交された問答の中には、多少皆様の御参考になるところがあるように思われますので、序にその要点だけここに申し添えて置きましょう。

問 『あなた様は御生前に大そう厚い仏教の信者だったそうでございますが……。』

答 『私どもは別に平生厚い仏教の信者というのでもなかったのでございますが、可愛い小供を亡った悲歎のあまり、阿弥陀様にお縋りして、あの娘が早く極楽浄土に行けるようにと、一心不乱にお経を上げたのでございました。こちらの世界の事情が少し判って見ると、それがいかに浅墓な、勝手な考であるかがよく判りますが、あの時分の私達夫婦はまるきり迷いの闇にとざされ、それがわが娘の済われるよすがであると、愚かにも思い込んで居たのでした。――あべこべに私ども夫婦はわが娘の手で済われました。夫婦が毎夜夢の中に続けざまに見るあの神々しい娘の姿……私どもの曇った心の鏡にも、だんだんとまことの神の道が朧気ながら映ってまいり、いつとはなしに御神前で祝詞を上げるようになりました。私どもは全く雛子の小さな手に導かれて神様の御許に近づくことができたのでございます。私がこちらの世界へまいる時にも、真先きに迎えに来てくれたのは矢張りあの娘でございました。その折私は飛び立つ思いで、今行きますよ……と申した事はよく覚えて居りますが、修行未熟の身の悲しさ、それから先きのことはさっぱり判らなくなって了いました。後で神さまから伺えば、私はそれから十年近くも眠っていたとのことで、自分ながらわが身の腑甲斐なさに呆れたことでございました……。』

問 『いつお娘さまとはお逢いなされましたか……。』

答 『自分が気がついた時、私はてっきりあの娘が自分の傍に居てくれるものと思い込み、しきりにその名を呼んだのでございます。――が、いかに呼べど叫べど、あの娘は姿を見せてくれませぬ。そして不図気がついて見ると、見も知らぬ一人の老人が枕辺に佇って、凝乎と私の顔を見つめて居るのでございます。やがて件の老人が徐ろに口を開いて、そなたの子供は今ここに居ないのじゃから、いかに呼んでも駄目じゃ。修行が積んだら逢わせてあげぬでもない……。そんなことを言われたのでございます。その時私は、何という不愛想な老人があればあるものかと心の中で怨みましたが、後で事情が判って見ると、この方がこちらの世界で私を指導してくださる産土神のお使者だったのでございました……。兎も角も、修行次第でわが娘に逢わしてもらえることが判りましたので、それからの私は、不束な身に及ぶ限りは、一生懸命に修行を励みました。そのお蔭で、とうとう日頃の願望の協う時がまいりました。どこをドウ通ったのやら途中のことは少しも判りませぬが、兎も角私は指導役の神さまに連れられて、あの娘の住居へ訪ねて行ったのでございます。あの娘の歿ったのは六歳の時でございましたが、それがこちらの世界で大分に大きく育っていたのには驚きました。稚な顔はそのままながら、どう見ても十歳位には見えるのでございます。私はうれしいやら、悲しいやら、夢中であの娘を両腕にひしとだきかかえたのでございます……。が、それまでが私の嬉しさの絶頂でございました。私は何やら奇妙な感じ……予て考えていたのとはまるきり異った、何やらしみじみとせぬ、何やら物足りない感じに、はっと愕かされたのでございます……。』

問 『つまり軽くて温みがなく、手で触ってもカサカサした感じではございませんでしたか……。』

答 『全くお言葉の通り……折角抱いてもさっぱり手応えがないのでございます。私にはいかに考えても、こればかりは現世の生活の方がよほど結構なように感じられて致方がございませぬ。神様のお言葉によれば、いつか時節がまいれば、親子、夫婦、兄弟が一緒に暮らすことになるとのことでございますが、あんな工合では、たとえ一緒に暮らしても、現世のように、そう面白いことはないのではございますまいか……。』

 二人の問答はまだいろいろありますが、一と先ずこの辺で端折ることにいたしましょう。現世生活にいくらか未練の残っている、つまらぬ女性達の繰り言をいつまで申上げて見たところで、そう興味もございますまいから……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


59、水さかづき

2010/08/13

 お客さまが見えた時に、こちらの世界で何が一ばん物足りないかといえば、それは食物のないことでございます。それも神様のお使者や、大人ならば兎も角も、斯うした小供さんの場合には、いかにも手持無沙汰で甚だ当惑するのでございます。

 致方がないから、あの時私は御愛想に瀧の水を汲んで二人に薦めたのでした。――

『他に何もさし上げるものとてございませぬ。どうぞこの瀧のお水なりと召し上れ……。これならどんなに多量でもございます……。』

『これはこれは何よりのおもてなし……雛子、そなたも御馳走になるがよいであろう。世界中で何が美味いと申しても、結局水に越したものはござらぬ……。』

 指導役のお爺さんはそんな御愛想を言いながら、教え子の少女に水をすすめ、又御自分でも、さも甘そうに二三杯飲んでくださいました。私の永い幽界生活中にもお客様と水杯を重ねたのは、たしかこの時限りのようで、想い出すと自分ながら可笑しく感ぜられます。

 それはそうとこの少女の身の上は、格別変った来歴と申すほどのものでもございませぬが、その際指導役の老人からきかされたところは、多少は現世の人々の御参考にもなろうかと存じますので、あらましお伝えすることに致しましょう。

 老人の物語るところによれば、この少女の名は雛子、生れて六歳のいたいけざかりにこちらの世界に引き移ったものだそうで、その時代は私よりもよほど後れ、帰幽後ざっと八十年位にしかならぬとのことでございました。父親は相当高い地位の大宮人で、名は狭間信之、母親の名はたしか光代、そして雛子は夫婦の仲の一粒種のいとし児だったのでした。

 指導役のお爺さんはつづいてかく物語るのでした。――

『御身も知るとおり、こちらの世界では心の純潔な、迷いの少ないものはそのまま側路に入らず、すぐに産土神のお手元に引きとられる。殊に浮世の罪穢に汚されていない小供は例外なしに皆そうで、その為めこの娘なども、帰幽後すぐに俺の手で世話することになったのじゃ。しかるに困ったことにこの娘の両親は、きつい仏教信者であった為め、わが児が早く極楽浄土に行けるようにと、朝に晩にお経を上げてしきりに冥福を祈って居るのじゃ……。この娘自身はすやすやと眠っているから格別差支もないが、この娘の指導役をつとめる俺にはそれが甚だ迷惑、何とか良い工夫はないものかと頭脳を悩ましたことであった。むろん人間には、賢愚、善悪、大小、高下、さまざまの等差があるので、仏教の方便もあながち悪いものでもなく、迷いの深い者、判りのわるい者には、しばらくこちらで極楽浄土の夢なりと見せて仏式で修行させるのも却ってよいでもあろう。――が、この娘としてはそうした方便の必要は毛頭なく、もともと純潔な小供の修行には、最初から幽界の現実に目覚めさせるに限るのじゃ。で、俺は、この娘がいよいよ眼を覚ますのを待ち、服装などもすぐに御国振りの清らかなものに改めさせ、そしてその姿で地上の両親の夢枕に立たせ、自分は神さまに仕えている身であるから、仏教のお経を上げることは止めてくださるようにと、両親の耳にひびかせてやったのじゃ。最初の間は二人とも半信半疑であったものの、それが三度五度と度重なるに連れて、漸くこれではならぬと気がついて、しばらくすると、現世から清らかな祝詞の声がいびいて来るようになりました……。イヤ一人の小供を満足に仕上げるにはなかなか並大抵の苦心ではござらぬ。幽界に於ても矢張り知識の必要はあるので、現世と同じように書物を読ませたり、又小供には小供の友達もなければならぬので、その取持をしてやったり、精神統一の修行をさせたり、神様のお道を教えたり、又時々はあちこち見学にも連れ出して見たり、心から好きでなければとても小供の世話は勤まる仕事ではござらぬ。が、お蔭でこの娘も近頃はすっかりこちらの世界の生活に慣れ、よく俺の指図をきいてくれるので大へんに助かって居ります。今日なども散歩に連れ出した道すがら図らずもあなたにめぐり逢い、この娘の為めには何よりの修行……あなたからも何とか言葉をかけて見てくだされ……。』

 そう言って指導役の老人はあたかも孫にでも対する面持で、自分の教え子を膝元へ引き寄せるのでした。

『雛子さん』と私も早速口を切りました。『あなたはお爺さんと二人切りでさびしくはないのですか?』

『ちっともさびしいことはございません。』といかにもあっさりした返答。

『まァお偉いこと……。しかし時々はお父さまやお母さまにお逢いしたいでしょう。いつかお逢いしましたか?』

『たった一度しか逢いません……。お爺さんが、あまり逢っては良けないと仰っしゃいますから……。わたしそんなに逢いたくもない……。』

 何をきかれてもこの娘の答は簡単明瞭、幽界で育った小供には矢張りどこか異ったところがあるのでした。

『これなら修行も案外に楽であろう……。』

 私はつくづく肚の中でそう感じたことでした。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。