‘霊界通信 小桜姫物語’ カテゴリーのアーカイブ

78、神々の受持

2010/09/01

 神々のお受持と申しましても、これは私がこちらで実地に見たり、聞いたりしたところを、何の理窟もなしに、ありのまま申上げるのでございますから、何卒そのおつもりできいて戴きます。こんなものでも幾らか皆さまの手がかりになれば何より本望でございます。

 現世の方々が、何は措いても第一に心得て置かねばならぬのは、産土の神様でございましょう。これはつまり土地の御守護に当らるる神様でございまして、その御本体は最初から活き通しの自然霊……つまり龍神様でございます。現に私どもの土地の産土様は神明様と申上げて居りますが、矢張り龍神様でございまして……。稀に人霊の場合もあるようにお見受けしますが、その補佐には矢張り龍神様が附いて居られます。ドーもこちらの世界のお仕事は、人霊のみでは何彼につけて不便があるのではないかと存じられます。

 さて産土の神様のお任務の中で、何より大切なのは、矢張り人間の生死の問題でございます。現世の役場では、子供が生れてから初めて受附けますが、こちらでは生れるずっと以前からそれがお判りになって居りますようで、何にしましても、一人の人間が現世に生れると申すことは、なかなか重大な事柄でございますから、右の次第は産土の神様から、それぞれ上の神様にお届けがあり、やがて最高の神様のお手許までも達するとの事でございます。申すまでもなく、生れる人間には必らず一人の守護霊が附けられますが、これも皆上の神界からのお指図で決められるように承って居ります。

 それから人間が歿なる場合にも、第一に受附けてくださるのが、矢張り産土の神様で、誕生のみが決してそのお受持ではないのでございます。これは氏子として是非心得て置かねばならぬことと存じられます。尤もそのお仕事はただ受附けて下さるだけで、直接帰幽者をお引受け下さいますのは大国主命様でございます。産土神様からお届出がありますと、大国主命様の方では、すぐに死者の行くべき所を見定め、そしてそれぞれ適当な指導役をお附けくださいますので……。指導役は矢張り龍神様でございます。人霊では、ややもすれば人情味があり過ぎて、こちらの世界の躾をするのに、あまり面白くないようでございます。私なども矢張り一人の龍神さんの御指導に預かったことは、かねがね申上げて居ります通りで、これは私に限らず、どなたも皆、その御世話になるのでございます。つまり現世では主として守護霊、又幽界では主として指導霊、のお世話になるものとお思いになれば宜しうございます。

 尚お生死以外にも産土の神様のお世話に預かることは数限りもございませぬが、ただ産土の神様は言わば万事の切盛りをなさる総受附のようなもので、実際の仕事には皆それぞれ専門の神様が控えて居られます。つまり病気には病気直しの神様、武芸には武芸専門の神様、その外世界中のありとあらゆる仕事は、それぞれ皆受持の神様があるのでございます。人間と申すものは兎角自分の力一つで何でもできるように考え勝ちでございますが、実は大なり小なり皆蔭から神々の御力添えがあるのでございます

 さすがに日本国は神国と申されるだけ、外国とは異って、それぞれ名の附いた、尊い神社が到る所に見出されます。それ等の御本体を査べて見ますると、二た通りあるように存じます。一つはすぐれた人霊を御祭神としたもので、橿原神宮、香椎宮、明治神宮などがそれでございます。又他の一つは活神様を御祭神と致したもので、出雲の大社、鹿島神宮、霧島神宮等がそれでございます。ただし、いかにすぐれた人霊が御本体でありましても、その控えとしては、必らず有力な龍神様がお附き遊ばして居られますようで……。

 今更申上ぐるまでもなく、すべての神々の上には皇孫命様がお控えになって居られます。つまりこの御方が大地の神霊界の主宰神に在しますので……。更にそのモー一つ奥には、天照大御神様がお控えになって居られますが、それは高天原……つまり宇宙の主宰神に在しまして、とても私どもから測り知ることのできない、尊い神様なのでございます……。

 神界の組織はざっと右申上げたようなところでございます。これ等の神々の外に、この国には観音様とか、不動様とか、その他さまざまのものがございますが、私がこちらで実地に査べたところでは、それはただ途中の相違……つまり幽界の下層に居る眷族が、かれこれ区別を立てているだけのもので、奥の方は皆一つなのでございます。富士山に登りますにも、道はいろいろつけてございます。教えの道も矢張りそうした訳のものではなかろうかと存じられます。では一と先ずこれで……。

(完結)


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


77、神の申子

2010/08/31

 或る夜社頭の階段の辺に人の気配が致しますので、心を鎮めてこちらから覗いて見ますと、其処には二十五六の若い美しい女が、六十位の老女を連れて立って居りましたが、血走った眼に洗い髪をふり乱して居る様子は、何う見ても只事とは思われないのでした。

 女はやがて階段の下に跪いて、こまごまと一伍一什を物語った上で、『何卒神様のお力で子供を一人お授け下さいませ。それが男の子であろうと、女の子であろうと、決して勝手は申しませぬ……。』と一心不乱に祈願を籠めるのでした。

 これで一と通り女の事情は判ったのでございますが、男の方を査べなければ何とも判断しかねますので、私はすぐ其場で一層深い精神統一状態に入り、仔細にその心の中まで探って見ました。すると男も至って志繰の確かな、優さしい若者で、他の女などには目もくれず、堅い堅い決心をして居ることがよく判りました。

 これで私の方でも真剣に身を入れる気になりましたが、何分にも斯んな祈願は、まだ一度も手掛けたことがないものでございますから、何うすれば子供を授けることができるのか、更に見当がとれませぬ。拠なく私の守護霊に相談をかけて見ましたが、あちらでも矢張りよく判らないのでございました。

 そうする中にも、女の方では、雨にも風にもめげないで、初夜頃になると必らず願掛けにまいり、熱誠をこめて、早く子供を授けていただきたいとせがみます。それをきく私は全く気が気でないのでございました。

 とうとう思案に余りまして、私は指導役のお爺さんに御相談をかけますと、お爺さんからは、斯んな御返答がまいりました。――

『それは結構なことであるから、是非子供を授けてやるがよい。但しその方法は自分で考えなければならぬ。それがつまり修行じゃ。こちらからは教えることはできない……。』

 私としては、これは飛んでもないことになったと思いました。兎に角相手相手なしに妊娠しないことはよく判って居りますので、不取敢私は念力をこめて、あの若者を三崎の方へ呼び寄せることに致しました……。つまり男にそう思わせるのでございますが、これはなかなか並大ていの仕事ではないのでございまして……。

 幸いにも私の念力が届き、男はやがて実家から脱け出して、ちょいちょい三崎の女の許へ近づくようになりました。乃で今度は産土の神様にお願いして、その御計らいで首尾よく妊娠させて戴きましたが、これがつまり神の申子と申すものでございましょう。只その詳しい手続きは私にもよく判りかねますので……。

 これで先ず仕事の一段落はつきましたようなものの、ただこの侭に棄て置いては、折角の願掛けが協ったのか、協わないのかが、さっぱり人間の方に判りませんので、何とかしてそれを先方に通じさせる工夫が要るのでございます。これも指導役のお爺さんから教えられて、私は女が眠っている時に、白い珠を神様から授かる夢を見せてやりました。御存じの通り、白い珠はつまり男の児の徴号なのでございまして……。

 女はそれからも引きつづいてお宮に日参しました。夢に見た白い玉がよほど気がかりと見えまして、いつもいつも『あれは何ういう訳でございますか?』と訊ねるのでございましたが、幽明交通の途が開けていない為めに、こればかりは教えてやることはできないので甚だ困りました。――が、その中、妊娠ということが次第に判って来たので、夫婦の歓びは一と通りでなく、三崎に居る間は、よく二人で連れ立ちてお礼にまいりました。

 やかて月満ちて生れたのは、果して珠のような、きれいな男の児でございました。俗に神の申子は弱いなどと申しますが、決してそのようなものではなく、この児も立派に成人して、父親の実家の後を継ぎました。私のところにまいる信者の中では、この人達などが一番手堅かった方でございまして……。


 斯う言った実話は、まだいくらでもございますが、そのおうわさは別の機会に譲り、これからごく簡単に神々のお受持につきて、私の存じて居るところを申し上げて、一と先ずこの通信を打ち切らせていただきとうございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


76、生木を裂れた男女

2010/08/30

 あまり多愛のないお話ばかりつづきましたので、今度は少しばかり複雑ったお話……一つ願掛けのお話を致して見ましょう。この願掛けにはあまり性質の良いのは少うございます。大ていは男に情婦ができて夫婦仲が悪くなり、嫉妬のあまりその情婦を呪い殺す、と言ったのが多いようで、偶には私の所へもそんなのが持ち込まれることもあります。でも私としては、全然そう言った厭らしい祈願にはかかり合わないことにして居ります。呪咀が利く神は、あれは又別で、正しいものではないのでございます。話の種子としては或はその方が面白いか存じませぬが、生憎私の手許には一つもその持ち合わせがございませぬ。私の存じて存じて居りますのは、ただきれいな願掛けのお話ばかりで、あまり面白くもないと思いますが、一つだけ標本標本として申上げることに致しましょう……。

 それは或る鎌倉の旧家に起りました事件で、主人夫婦は漸く五十になるか、ならぬ位の年輩、そして二人の間にたった一人の娘がありました。母親が大へん縹緻よしなので、娘もそれに似て鄙に稀なる美人、又才気もはじけて居り、婦女の道一と通りは申分なく仕込まれて居りました。此が年頃になったのでございますから、縁談の口は諸方から雨の降るようにかかりましたが、俚諺にも帯に短かし襷に長しとやら、なかなか思う壷にはまったのがないのでございました。

 すると或る時、鎌倉のある所に、能狂言の催しがありまして、親子三人連れでその見物に出掛けました折、不図間近の席に人品の賎しからぬ若者を見かけました。『これなら娘の婿として恥かしくない……。』両親の方では早くもそれに目星をつけ、それとなく言葉をかけたりしました。娘の方でも、まんざら悪い気持もしないのでした。

 それから早速人を依んで、だんだん先方の身元を査べて見ると、生憎男の方も一人息子で、とても養子には行かれない身分なのでした。これには双方とも大へんに困り抜き、何とか良い工夫はないものかと、いろいろ相談を重ねましたが、もともと男の方でも女が気に入って居り、又女の方でも男が好きだったものでございますので、最後に、『二人の間に子供ができたらそれを与る』という約束が成り立ちまして、とうとう黄道吉日を選んでめでたく婿入りということになったのでした。

 夫婦仲は至って円満で、双方の親達も大そう悦こびました。これで間もなく懐胎って、男の児でも生れれば、何のことはないのでございますが、そこがままならぬ浮世の習いで、一年経っても、二年過ぎても、三年が暮れても、ドウしても小供が生れないので、婿の実家の方ではそろそろあせり出しました。『この分で行けば家名は断絶する……。』――そう言って騒ぐのでした。が、三年ではまだ判らないというので、更に二年ほど待つことになりましたが、しかしそれが過ぎても、矢張り懐胎の気配もないので、とうとう実家では我慢がし切れず、止むを得ないから離縁して帰ってもらいたい、ということになって了いました。

 二人の仲はとても濃かで、別れる気などは更になかったのでございますが、その頃は何よりも血筋を重んずる時代でございましたから、お婿さんは無理無理、あたかも生木を裂くようにして、実家へ連れ戻されて了ったのでした。今日の方々は随分無理解な仕打と御思いになるか存じませぬが、往時はよくこんな事があったものでございまして……。

 兎に角斯うして飽きも飽かれもせぬ仲を割かれた娘の、その後の歎きと言ったら又格別でございました。一と月、二た月と経つ中に、どことはなしに躯がすっかり衰えて行き、やがて頭脳が少しおかしくなって、良人の名を呼びながら、夜中に臥床から起き出してあるきまわるようなことが、二度も三度も重なるようになって了いました。

 保養の為めに、この娘が一人の老女に附添われて、三崎の遠い親戚に当るものの離座敷に引越してまいりましたのは、それから間もないことで、ここではしなくも願掛けの話が始まるのでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


75、入水者の救助

2010/08/29

 今度は一つ夫婦のいさかいから、危く入水しようとした女のお話を致しましょうか……。大たい夫婦争いにあまり感心したものは少のうございまして、中には側で見ている方が却って心苦しく、覚えず顔を背けたくなる場合もございます。これなども幾分かその類でございまして……。

 或る日一人の男が蒼白な顔をして、慌てて社の前に駆けつけました。何事かしらと、じっと見て居りますると、その男はせかせかとはずむ呼吸を鎮めも敢えず、斯んなことを訴えるのでした。――

『神さま、何うぞ私の一生の願いをお聴き届け下さいませ……。私の女房奴が入水すると申して、家出をしたきり皆目行方が判らないのでございます。神様のお力でどうぞその足留めをしてくださいますよう……。実際のところ私はあれに死なれると甚だ困りますので……。私が他所に情婦をつくりましたのは、あれはホンの当座の出来心で、心から可愛いと思っているのは、矢張り永年連れ添って来た自家の女房なのでございます……。ただ彼女が余んまり嫉妬を焼いて仕方がございませんから、ツイ腹立まぎれに二つ三つ頭をどやしつけて、貴様のような奴はくたばって了えと呶鳴りましたが、心の底は決してそうは思っていないのでございます……。あんなことを言ったのは私が重畳悪うございました。これに懲りまして、私は早速情婦と手を切ります……。あの大切な女房に死なれては、私はもうこの世に生きている甲斐がありませぬ……。』

 この男は三崎の町人で、年輩は三十四五の分別盛り、それが涙まじりに斯んなことを申すのでございますから、私は可笑しいやら、気の毒やら、全く呆れて了いました。でも折角の依みでございますから、兎も角も家出した女房の行方を探って見ますと、すぐその所在地が判りました。女は油ヶ壷の断崖の上に居りまして、しきりに小石を拾って袂の中に入れて居るのは、矢張り本当に入水するつもりらしいのでございます。そしてしくしく泣きながら、斯んなことを言って居りました。――

『口惜しい口惜しい! 自分の大切な良人をあんな女に寝とられて、何で黙って置けるものか! これから死んで、あの女に憑依いて仇を取ってやるからそう思って居るがよい……。』

 平生はちょいちょい私のところへもお詣りに来る、至って温和な、そして顔立もあまり悪くはない女なのでございますのに、嫉妬の為めには斯んなにも精神が狂って、まるきり手がつけられないものになって了うのでございます。

 見るに見兼ねて私は産土の神様に、氏子の一人が斯んな事情になって居りますから、何うぞ然るべく……と、お願いしてやりました。寿命のない者は、いかにお願いしてもおきき入れがございませぬが、矢張りこの女にはまだ寿命が残って居たのでございましょう、産土の神様の御眷族が丁度神主のような姿をしてその場に現われ、今しも断崖から飛び込まうとする女房の前に両手を拡げて立ちはだかったのでございます。

 不意の出来事に、女房は思わずキャッ! と叫んで、地面に臀餅をついて了いましたが、その頃の人間は現今の人間とは異いまして、少しは神ごころがございますから、この女もすぐさまそれと気がついて、飛んだ心得違いをしたと心から悔悟して、死ぬることを思いとどまったのでございました。

 一方私の方ではそれとなく良人の心に働きかけて、油ヶ壷の断崖の上に導いてやりましたので、二人はやがてバッタリと顔と顔を突き合わせました。

『ヤレヤレ生きていてくれたか……何と難有いことであろう……。』

『これというのも皆神様のお蔭……これから仲よく暮しましょう……。』

『俺が悪かった、勘弁してくれ。』

『お前もこれからわたしを可愛がって……。』

 二人は涙ながらに、しがみついていつまでもいつまでも離れようとしないのでした。

 その後男はすっかり心を入れかえ、村人からも羨まるるほど夫婦仲が良くなりました。現在でもその子孫はたしか彼地に栄えて居る筈でございます……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

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74、命乞い

2010/08/28

 ここに私が神社に入ってから間もなく手にかけた事件がございますから、あまり珍らしくもありませぬが、それを一つお話しいたして見ましょう。それは水に溺れた五歳位の男の児の生命を助けたお話でございます。

 その小供は相当地位のある人……たしか旗本とか申す身分の人の悴でございまして、平生は江戸住いなのですが、お附きの女中と申すのが諸磯の漁師の娘なので、それに伴れられてこちらへ遊びに来ていたらしいのでございます。丁度夏のことでございましたから、小供は殆んど家の内部に居るようなことはなく、海岸へ出て砂いじりをしたり、小魚を捕えたりして遊びに夢中、一二度は女中と一緒に私の許へお詣りに来たこともありました、普通なら一々参拝者を気にとめることもないのですが、右の女中と申すのが珍らしく心掛のよい、信心の篤い娘でございましたから、自然私の方でも目を掛けることになったのでございます。現と幽とに分れて居りましても、人情にかわりはなく、先方で熱心ならこちらでもツイその真心にほだされるのでございます。

 すると或る日、この小供の身に飛んでもない災難が降って湧いたのでございます。御承知の方もありましょうが、三崎の西海岸には巌で囲まれた水溜があちこちに沢山ありまして、土地の漁師の小供達はよくそんなところで水泳ぎを致して居ります。真黒く日に焦けた躯を躍り狂わせて水くぐりをしているところはまるで河童のよう、よくあんなにもふざけられたものだと感心される位でございます。江戸から来ている小供はそれが羨しくて耐らなかったものでございましょう、自分では泳げもせぬのに、女中の不在の折に衣服を脱いで、深い水溜の一つに跳び込んだから耐りませぬ。忽ちブクブクと水底に沈んで了いました。しばらく過ぎてからその事が発見されて村中の大騒ぎとなりました。何にしろ附近に医師らしいものは居ない所なので、漁師達が寄ってたかって、水を吐かせたり、焚火で煖めたり、いろいろ手を尽しましたが、相当時刻が経っている為めに何うしても気息を吹き返さないのでした。

 いよいよ絶望と決まった時に、私の許へ夢中で駆けつけたのが、例のお附の女中でございました。その娘はまるで半狂乱、頭髪を振り乱して階段の下に伏しまろび、一生懸命泣き乍ら祈願するのでした。――

『小櫻姫様、どうぞ若様の生命を取りとめて下さいませ……。私の過失で大切の若様を死なせて了っては、ドーあってもこの世に生き永らえて居られませぬ。たとえ私の生命を縮めましても若様を生かしていただきます。小供の時分から信心して居る私でございます、今度ばかりは是非私の願いをお聴き入れ下さいませ……。』

 私の方でも心から気の毒に思いましたから、時を移さず一生懸命になって神様に命乞いの祈願をかけましたが、何分にも相当手遅れになって居りますので、神界から、一応は駄目であるとのお告でございました。しかし人間の至誠と申すものは、斯うした場合に大した働きをするものらしく、くしびな神の力が私から娘に、娘から小供へと一道の光となって注ぎかけ、とうとう死んだ筈の小供の生命がとりとめられたのでございました。全く人間はまごころ一つが肝要で、一心不乱になりますと、躯の内部から何やら一種の霊気と申すようなものが出て、普通ではとてもできない不思議な仕事をするらしいのでございます。

 兎に角死んだ筈の小供が生き返ったのを見た時は私自身も心から嬉しゅうございました。まして当人はよほど有難かったらしく、早速さまざまのお供物を携えてお礼にまいったばかりでなく、その後も終生私の許へ参拝を欠かさないのでした。こんなのは善良な信者の標本と言っても宜しいのでございましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

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1937(昭和12)年02月発行

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73、参拝者の種類

2010/08/27

 神社の参拝者と申しましても、その種類はなかなか沢山でございます。近年は敬神の念が薄らぎました故か、めっきり参拝者の数が減り、又熱心さも薄らいだように感じられますが、昔は大そう真剣な方が多かったものでございます。時勢の変化はこちらから観て居ると実によく判ります。神霊の有るか、無いかもあやふやな人達から、単に形式的に頭を低げてもらいましても、ドーにも致方がございませぬ。神詣でには矢張り真心一つが資本でございます。たとえ神社へは参詣せずとも、熱心に心で念じてくだされば、ちゃんとこちらへ通ずるのでございますから……。

 参拝者の中で一ばんに数も多く、又一ばんに美しいのは、矢張り何の註文もなしに、御礼に来らるる方々でございましょう。『毎日安泰に暮させていただきまして誠に難有うございます。何卒明日も無事息災に過せますよう……。』昔はこんなあっさりしたのが大そう多かったものでございます。殊に私が神に祀られました当座は、海嘯で助けられた御礼詣りの人々で賑いました。無論あの海嘯で相当沢山の人命が亡びたのでございますが、心掛の良い遺族は決して恨みがましいことを申さず、死ぬのも皆寿命であるとあきらめて、心から御礼を述べてくれるのでした。私として見れば、自分の力一つで助けた訳でもないのでございますから、そんな風に御礼を言われると却って気の毒でたまらず、一層身を入れてその人達を守護して上げたい気分になるのでした。

 斯う言った御礼詣りに亜いで多いのは病気平癒の祈願、就中小供の病気平癒の祈願でございます。母性愛ばかりはこれは全く別で、あれほど純な、そしてあれほど力強いものはめったに他に見当りませぬ。それは実によく私の方に通じてまいります。――が、いかに依まれましても人間の寿命ばかりは何うにもなりませぬ。随分一心不乱になって神様に御縋りするのでございますが、死ぬものは矢張り死んで了います。そうした場合に平生心懸のよいものは、『これも因縁だから致方がございませぬ……。』と言って、立派にあきらめてくれますが、中には随分性質のよくないのがない訳でもございません。『あんな神様は駄目だ……幾ら依んだって些っとも利きはしない……。』そんな事を言って挨拶にも来ないのです。それが又よくこちらに通じますので……。矢張り人物の善悪は、うまく行った場合よりも拙く行った場合によく判るようでございます。

 次ぎに案外多いのは若い男女の祈願……つまり好いた同志が是非添わしてほしいと言ったような祈願でございます。そんなのは篤と産土神様に伺いまして、差支のないものにはできる丈話が纏まるように骨を折ってやりますが、ひょっとすると、妻子のある男と一緒になりたいとか、又人妻と添わしてくれとか、随分道ならぬ、無理な註文もございます。無論私としてはそんな祈願を受附けないばかりか、次第によれば神様に申上げて懲戒を下して戴きもします。もぐりの流行神なら知らぬこと、苟くも正しい神として斯んな祈願に耳を傾けるものは絶対に無いと思えば宜しいかと存じます。

 その外には事業成功の祈願、災難除けの祈願等いろいろございます。これは何れの神社でも恐らく同様かと存じます。人間はどんなに偉くても随分と隙間だらけのものであり、又随分と気の弱いものでもあり、平生は大きなことを申して威張って居りましても、まさかの場合には手も足も出はしませぬ。無論神の援助にも限りはありますが、しかし神の援助があるのと無いのとでは、そこに大へんな相違ができます。もともと神霊界ありての人間界なのでございますから、今更人間が旋毛を曲げて神様を無視するにも及びますまい。神様の方ではいつもチャーンとお膳立をして待って居て下さるのでございます。

 それからモー一つ申上げて置きたいのは、あの願掛け……つまり念入りの祈願でございまして、これは大てい人の寝鎮まった真夜中のものと限って居ります。そうした場合には、むろん私の方でもよく注意してきいて上げ、夜中であるから良けないなどとは決して申しませぬ。現世でいうなら丁度急病人に呼び起されるお医者様と言ったところでございましょうか……。

 まだまだ細かく申したら際限もありませぬが、参拝者の種類はざっと以上のようなところでございましょう、これから二つ三つ私の手にかけた実例をお話して見ることに致しますが、その前にちょっと申上げて置きたいのは、それ等の祈願を聴く場合の私の気持でございます。ただぼんやりしていたのでは聴き漏しがありますので、私は朝になればいつも深い統一状態に入り、そしてそのまま御弊と一緒になって了うのでございます。その方が参拝者達の心がずっとよく判るからでございます。つまり私の二百年間のその日その日はいつも御弊と一体、夜分参拝者が杜絶た時分になって初めて自分に返って御弊から離れると言った塩梅なのでございます。

 ではこれからお約束の実例に移ります……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
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※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

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入力者: 泉美

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72、神社のその日その日

2010/08/26

 前申上げましたように、兎も角も私は小桜神社を預かる身となったのでございますが、それから今日まで引きつづいてざっと二百年、考えて見れば随分永いことでございます。私の任務というのはごく一と筋のもので、従って格別取り立てて吹聴するような珍らしい話の種とてもありませぬが、それでもこの永い星霜の間には何や彼やと後から後からさまざまの事件が湧いてまいり、とてもその全部を御伝えする訳にもまいりませぬ。中には又現世の人達に、今ここで御漏らししてはならないことも少しはあるのでございまして……。

 で、いろいろと考えました末、これからあなた方に幾分か御参考になりそうな事柄だけを拾い出して御話しをいたし、そろそろこの拙き通信を切り上げさせて戴こうと存じます。

 取り敢えず祭神となってからの生活の変化と言ったような点を簡単に申上げて置こうかと存じます。御承知の通り、私の仕事は大体上の神界と下の人間界との中間に立ちて御取次ぎを致すのでございますが、これでも相当に気骨が折れまして、うっかりして居ればどんな間違をするか知れません。修行時代には指導役の御爺さんが側から一々面倒を見てくださいましたから楽でございましたが、だんだんそうばかりも行かなくなりました。『汝には神様に伺うこともちゃんと教えてあるから、大概の事は自分の力で行らねばならぬぞ……。』そう言われるのでございます。又私としても、いつまでお爺さんにばかりお縋りするのもあまりに意気地がないように感じましたので、よくよくの重大事でもなければ、めったに御相談はせぬことに覚悟をきめました。

 で、私として真先きに工夫したことは一日の区画を附けることでございました、本来からいえばこちらの世界に昼夜の区別はないのでございますが、それでは現界の人達と接するのにひどく勝手が悪く、どうにも仕方がございません。何にしろ人間界の方では朝は朝、夜は夜とちゃんと区画をつけて仕事をして居るのでございますから……。

 乃で、私の方でもそれに調子を合わせて生活するように致し、丁度現世の人達が朝起きて洗面をすませ、神様を礼拝すると同じように、私も朝になれば斎戒沐浴して、天照大御神様をはじめ奉り、皇孫命様、龍神様、又産土神様を礼拝し、今日一日の任務を無事に勤めさせて下さいますようにと祈願を籠めることにしました。不思議なことにそんな場合には、いつも額いている私の頭の上で、さらっと幣の音が致します。その癖眼を開けて見ても、別に何も見えはしませぬ。恐らく斯うして神界から、人知れず私の躯を浄めて下さるのでございましょう……。

 夜は夜で、又神様に御礼を申上げます。『今日一日の仕事を無事に勤めさせて戴きまして、まことに難有うございました……。』その気持は別に現世の時と些しも異りはしませぬ。兎に角これで初めて重荷が降りたように感じ、自分に戻って寛ぎますが、ただ現世と異うのは、それから床を敷いて寝るでもなく、たったひとりで懐かしい昔の思い出に耽って、しんみりした気分に浸る位のものでございます。

 兎に角斯うして一日を区画って働くことは指導役のお爺さんからも大へんに褒められました。『よくそれ丈の考えがついた。それでこそ任務が立派に果される……。』そう仰しゃって戴いたのでございます。

 ナニ参拝人の話をいたせと仰っしゃるか……宜しうございます。私もそのつもりで居りました。これからポツポツ想い出してその御話をして見ることに致しましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


71、神馬

2010/08/25

 鎮座祭が済んでから私は一たん海の修行場に引き上げました。それは小桜神社の祭神として実際の仕事にかかる前にまだ何やら心の準備が要ると考えましたからで……。

 で、私は一生懸命深い統一に入り、過去の一切の羈絆を断ち切ることによりて、一層自由自在な神通力を恵まれるよう、心から神様に祈願しました。それは時間にすれば恐らく漸く一刻位の短かい統一であったと思いますが、心が引緊っている故か、私とすれば前後にない位のすぐれて深い統一状態に入ったのでございました。畏れ多くも私として、天照大御神様、又皇孫命様の尊い御神姿を拝し奉ったのは実にその時が最初でございました。他にいろいろ申上げたいこともありますが、それは主に私一人に関係した霊界の秘事に属しますので、しばらく控えさせて戴くことに致しましょう。

 ただ一つここで御披露して置きたいと思いますことは、神馬の件で……。つまり不図した動機から小桜神社に神馬が一頭新たに飼われることになったのでございます。その経緯は斯うなのでございます。

 私が深い統一から覚めた時に、思いも寄らず最前からそこに控えて待っていたのは、数間の爺やでございました。爺やは今日の鎮座祭の慶びを述べた後で、突然斯んなことを言い出しました。――

『姫さまが今回神社にお入りなされるにつけては、是非神馬が一頭欲しいと思いまするが……。』

『ナニ神馬?』と私はびっくりしまして『そなたは又何うしてそんな事を言い出すのじゃ……。』

『実は姫様がお可愛がりになった、あの若月……あれがこちらの世界に来て居るのでござります。私は何回かあの若月に逢って居りますので……。』

『若月なら私も一度こちらで逢いました……。』

『もうお逢いなされましたか……何んとお早いことで……。が、それなら尚更のことでござります。是非あの若月を小桜神社の神馬に出世させておやり下さいませ。若月がどんなに歓ぶか知れませぬ。又苟且にも一つの神社に一頭の神馬もないとあっては何となく引立ちませんでナ……。』

『そんな勝手な事が、できるかしら……。』

『できても、できなくても一応神様に談判して戴きます。これ位の願いが許されないとあっては、俺にも料簡がござります……。』

 数間の爺やの権幕と言ったら大へんなものでした。

 そこでとうとう私から指導役のお爺さんにお話しすると、意外にも産土の神様の方ではすでにその手筈が整って居り、神社の横手に小屋も立派に出来て居るとの事でございました。それと知った時の数間の爺やの得意さと言ったらありませんでした。

『ソーれお見なされ姫様、他のことにかけては姫様がお偉いか知れぬが、馬の事にかけては矢張りこの爺やの方が一枚役者が上でござる……。』

 間もなく私は海の修行場を引き上げて、永久に神社の方に引き移りましたが、それと殆んど同時に馬も数間の爺やに曳かれて、頭を打振り打振り歓び勇んで私の所に現われました。それからずっと今日まで馬は私の手元に元気よく暮して居りますが、ただこちらでは馬がいつも神社の境内につながれて居る訳ではなく、どこに行って居っても、私が呼べばすぐ現て来るだけでございます。さびしい時は私はよく馬を相手に遊びますが、馬の方でもあの大きな舌を持って来て私の顔を舐めたりします。それはまことに可愛らしいものでございまして……。

 それから馬の呼名でございますが、私は予ての念願どおり、若月を改めて、こちらでは鈴懸と呼ぶことに致しました。私が神社に落ちついてから、真先きに訪ねてくれたのは父だの、母だの、良人だのでございましたが、私は何は措いても先ずこの鈴懸を紹介しました。その際誰よりも感慨深そうに見えたのは矢張り良人でございました。良人はしきりに馬の鼻面を撫でてやりながら『汝もとうとう出世して鈴懸になったか。イヤ結構結構! 俺はもう呼名について反対はせんぞ……。』そう言って、私の方を顧みて、意味ありげな微笑を漏したことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


70、現界の祝詞

2010/08/24

 そうする中にも、今日の鎮座祭のことは、早くもこちらの世界の各方面に通じたらしく、私の両親、祖父母、良人をはじめ、その外多くの人達からのお祝いの言葉が、頻々と私の耳にひびいて参りました。それは別にあちらで通信しようとする意思はなくても、自然とそう感じられて来るのでございます。近頃は現界でも、電信とか、電話とか申すものが出来て、斯うした場合によく利用されるそうでございますが、こちらの世界でする仕事も大体それに似たもので、ただもう少し便利なように思われます。『思えば通ずる……。』それがいつも私どものヤリ口なのでございまして……。

 さてその際私に感じて来た通信の中では、矢張り良人のが一ばん力強くひびきました。『そなたはいよいよ神として祀られることになり、多年連添った良人として決して仇やおろそかには考えられない。しかもその神社の所在地は、あの油壷の対岸の隠れ家の跡とやら、この上ともしっかりやって貰いますぞ……。』

 兎角して居る中に、指導役のお爺さんから御注意がありました。――

『現界ではいよいよ御霊鎮めの儀に取りかかった。そなたはすぐにその準備にかかるように……。』

 私の身も心も、その時急に引きしまるように覚えました。

『これから自分はこのお宮に鎮まるのだ……。』

 そう思った瞬間に、私の姿はいずくともなく消えて失せて了いました。

 後でお爺さんから承るところによると、私というものはその時すっかり御幣の中に入って了ったのだそうで、つまり御幣が自分か、自分が御幣か、その境界が少しも判らなくなったのでございます。

 その状態がどれ位つづいたかは自分には少しも判りませぬ。が、不思議なことに、そうして居る間、現世の人達が奏上する祝詞が手に取るようにはっきりと耳に響いて来るのでございます。その後何回斯うした儀式に臨んだか知れませぬが、いつもいつも同じ状態になるのでございまして、それは全く不思議でございます。

 不図自分に返って見ると、お爺さんも、又守護霊さんも、先刻の姿勢のままで、並んで神壇の前に立って居られました。

『これで俺も一と安心じゃ……。』

 お爺さんはしんみりとした口調で、ただそう仰ッしやられたのみでした。つづいて守護霊さんも口を開かれました。――

『ここまで来るのには、御本人の苦労も一と通りではありませぬが、蔭になり、日向になって、親切にお導きくだされた神さま方のお骨折りは容易なものではございませぬ。決して決してその御恩をお忘れにならぬよう……。』

 その折の私としましては感極りて言葉も出でず、せき来る涙を払えもあえず、龍神さま、氏神さま、その外の方々に心から感謝のまことを捧げたことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


69、鎮座祭

2010/08/23

 そうする中にいよいよ鎮座祭の日がまいりました。

『現界の方では今日はえらいお祭騒ぎじゃ。』と指導役のお爺さんが説ききかせてくださいました。『地元の里はいうまでもなく、三里五里の近郷近在からも大へんな人出で、あの狭い海岸が身動きのできぬ有様じゃ。往来には掛茶屋やら、屋台店やらが大分できて居る……。が、それは地上の人間界のことで、こちらの世界は至って静謐なものじゃ。俺一人でそなたをあのお宮へ案内すればそれで事が済むので……。まァこれまでの修行場の引越しと格別の相違もない……。』

 そう言ってお爺さんは一向に取済ましたものでしたが、私としては、それでは何やら少し心細いように感じられてならないのでした。

『あのお爺さま、』私はとうとう切り出しました。『私一人では何やら心許のうございますから、お差支なくば私の守護霊さまに一緒に来て戴きたいのでございますが……。』

『それは差支ない。そなたを爰まで仕上げるのには、守護霊さんの方でも蔭で一と方ならぬ骨折じゃった。――もう追ッつけ現界の方では鎮座祭が始まるから、こちらもすぐにその支度にかかると致そうか……。』

 毎々申上げますとおり、私どもの世界では何事も甚だ手取り早く運びます。先ず私の服装が瞬間に変りましたが、今日は平常とは異って、身には白練の装束、手には中啓、足には木の蔓で編んだ一種の草履、頭髪はもちろん垂髪……甚ださッぱりしたものでございました。他に身につけていたものといえばただ母の紀念の守刀――こればかりは女の魂でございますから、いかなる場合にも懐から離すようなことはないのでございます

 私の服装が変った瞬間には、もう私の守護霊さんもいそいそと私の修行場へお見えになりました。お服装は広袖の白衣に袴をつけ、上に何やら白の薄物を羽織って居られました。

『今日は良うこそ私をお召びくださいました。』と守護霊さんはいつもの控え勝ちな態度の中にも心からのうれしさを湛え、『私がこちらの世界へ引移つてから、かれこれ四百年にもなりますが、その永い間に今日ほど肩身が広く感じられることはただの一度もございませぬ。これと申すも偏に御指導役のお爺さまのお骨折、私からも厚くお礼を申上げます。この後とも何分宜しうお依み申しまする……。』

『イヤそう言われると俺はうれしい。』とお爺さんもニコニコ顔、『最初この人を預かった当座は、つまらぬ愚痴を並べて泣かれることのみ多く、さすがの俺もいささか途方に暮れたものじゃが、それにしてはよう爰まで仕上ったものじゃ。これからは、何と言おうが、小桜神社の祭神として押しも押されもせぬ身分じゃ……。早速出掛けると致そう。』

 お爺さんはいつもの通りの白衣姿に藁草履、長い杖を突いて先頭に立たれたのでした。

 浪打際を歩いたように感じたのはホンの一瞬間、私達はいつしか電光のように途中を飛ばして、例のお宮の社頭に立っていました。

 内部に入ってホッと一と息つく間もなく、忽ち産土の神様の御神姿がスーッと神壇の奥深くお現われになりました。その場所は遠いようで近く、又近いようで遠く、まことに不思議な感じが致しました。

 恭しく頭を低げている私の耳には、やがて神様の御声が凛々と響いてまいりました。それは大体左のような意味のお訓示でございました。

『今より神として祀らるる上は心して土地の守護に当らねばならぬ。人民からはさまざまの祈願が出るであろうが、その正邪善悪は別として、土地の守護神となった上は一応丁寧に祈願の全部を聴いてやらねばならぬ。取捨は其上の事である。神として最も戒むべきは怠慢の仕打、同時に最も慎むべきは偏頗不正の処置である。怠慢に流るる時はしばしば大事をあやまり、不正に流るる時はややもすれば神律を紊す。よくよく心して、神から托された、この重き職責を果すように……。』

 産土の神様のお馴示が終ると、つづいて龍宮界からのお言葉がありましたが、それは勿体ないほどお優さしいもので、ただ『何事も六ヶしい事はこちらに訊くように……。』とのことでございました。

 私は今更ながら身にあまる責任の重さを感ずると同時に、限りなき神恩の忝さをしみじみと味わったことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。