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3 伝家の宝刀

2010/10/12

 先月幽魂が初め現われた時は何人も気味悪さが先立ち、一時も早く市治郎の体から幽魂を逐い出すことばかり考えましたが、人情は妙なもので、今回はそれと訣れるのが、むしろ名残惜しく感ずるのでした。が、さてあるべきにあらざれば、人々は霊代の箱を造るべき大工を呼びにやったり、又石碑を建つべき浄地の相談をしたりしました。すると吉富氏が、不図思いつきて、『今幽魂この肉体を立退くに於ては、再び幽事を尋ぬることは叶わざれば、暫くこのまま留め置きて、先月問い洩らした個所を尋ねようではないか』ということになり、乃で再び問答が始まりました。

山本。曩に宮崎の刀を見て、三振の中云々と言われし由なるが、そはいかなる故ありての事か。

幽魂。別に深き仔細ありての事にあらず。ただただ尊く思う余りに拝見せしまでなり。

吉富。イヤ其許が『さてさて三振の中がいかにして』と低声にて歎息されたる声我耳によく聞えたり。それには必らず意味あるべし。

山本。其許の所持されたる三振の中の一つという事ではなきか。

宮崎。いかに泉氏、其許は予が持てる刀に心を籠め、三振の中云々と言われしのみならず、いかにもその刀を慕わるる様に見ゆるは必ず仔細あるべし。さまで一念の籠れる品ならば吾れ何とて惜むべき。如何なる不吉の三振ならむも知れざるものを、永く我家に留むるも心許なし。望みとあらば、其許の石碑の下に埋めて進ずべし。

 かく述べても幽魂は尚お無言を続けました。暫くして『水をくれよ』といいますので、作次郎というものが水を汲みて出しますと、それを飲み干し、胸を撫り、ようようの事で口を切りました。

幽魂。右の刀は御家に大切に収め置きて下されよ。

宮崎。収め置けと言わるるからは、生前其許の所持せられしものか。

山本。其刀にまだ御心が残っているのでは厶らぬか。

幽魂。イヤイヤ今は刀に心残りは更に無し。さるにしても不思議に廻り廻りて来りしものかな。ああ如何なる由縁のありて斯くは……。

 と独語つつ俯きて考え込みました。

山本。いよいよ右の刀は其許の所有たりし事と考えらる。シテ其刀を三振の中と言われたるは如何なる因由 あることで厶るか。

幽魂。予の所持せし刀ということが判らばそれで宜しかろうに……。

宮崎。何事によらず、知れねばいよいよ知り度く思うものなり。兎角に言い兼ねらるるは必定不吉なる刀で厶ろうがな……。

幽魂。一を語れば二を言わねばならず。さてさて口は禍の門とはよくも言いたり。右の刀決して不吉のものにあらず。本国にて上様より余が父に賜わりし三振の中の一振なり。そを賜わりし因由 は今軽々しく申すべきにあらず。

山本。然ばかり貴重なる刀を何故に此辺鄙の地まで携え来られしぞ。

吉富。君父に係わる事ならばそを包み給うは御尤もに存ずれど、その外の事は語り聞かせ候え。刀を
此地に携え来りし因由 是非とも承り度きものなり。

宮崎。加賀に残し置きたる刀がめぐりめぐりて拙者の家に来りしか、それとも其許が佩きて此地に来りしか、委しく物語りてきかせ玉え。

 三人からかわるがわる問い詰められて、とうとう幽魂は語り出でました。

幽魂。今は包み難ければ物語らむ。余十七歳の時、国内に騒動起りしが、其時父は無実の罪に沈み、上様の御咎めを受けて国退きせり。その砌り、父が母に申し置かれしは、唯一人の伜なれば、必らず泉の家を再興させよ。して上様より下賜の中、此一振りは家宝として大切に彼に伝えよ、とのことであった。然るに余は父の御供申し度く、その旨を母に願うこと度々に及べどその都度母はたッて引き留め、父一人を偲ぶ為めに代々の祖先の家を亡ぼすことありては以ての外なり。若し国を出でなば、この母まで諸共に勘当ぞとの父の遺言なれば、必らず出国無用なりと、それはそれは母から引き留められまして厶る。

 かく述べて幽魂は数行の涙に咽びましたので、満座の人々も皆涙を催し、感歎の声を漏らしたそうであります。

宮崎。それで、其許は、十七歳の時に国元を立出で、何地にて父君とは面会なされしぞ。

幽魂。されば、余は母が引きとむるを聞き入れず、伝家の一刀を携えて国元を出で、諸国を廻り廻りて六年振りに藝州バタという所にて父に行き逢いたり。其時父は余を見て大に怒り、汝が母の命に背きて家出せしは、取りも直さず吾が命に悖りしなり。汝はただ一人の男児なれば、汝を措きて家を嗣ぐべきものなし。早く帰りて母を扶け、家名を再興せよ。我は濡衣の乾くまでは死すとも国には帰り難き身なり。コレよく承れよ。親として其子を思わぬものがあろうや。又子として親を慕わぬ者があろうや。されど今汝が吾の踪を慕うは、孝に似て実の孝ではない……。かく道理を責めて父に戒められ、それを押し切りて跡に随い行かれマセナムダ

 かくのべて長太息を漏らしました。

吉富。それでも其許は強いて随行されたるか。

幽魂。イヤイヤ父は其夜私かに出船し、終に行方知れずなりたり。附近の者に問い合せ候えば、九州小倉に行く船に便乗されしとの事にて、余も亦船にて小倉に着したるに、その時父はまだ小倉には着かざりし。それより余は九十三日小倉に滞留したるに、漸くにして父が着きたれば言葉を尽して随行を願いたれど、父は一言の返辞さえ為し玉わず、程なく肥前の唐津に向いて急がるるにより、余も後より慕い行きたり。

宮崎。小倉より当地までは何という所を通行ありしや。

幽魂。小倉より当地までの間には数ヶ所通行したれど、心にとめぬ所は忘れたり。ただ今も尚お覚え居るはコヤという地の川辺を通行せし事にて、此所には家居も多く、近傍の田圃中にも此所彼所に三軒五軒の民家ありたり。又一入目にとまりしは博多の津なりし。此津には旅船多く軒数も沢山にて、優れてよき所なりし。

 などと懐旧談をするのでした。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第2篇 幽魂問答」 

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


ページ確認のお知らせ

2010/01/26

当サイト(心霊図書館)では、図書データの表示に「ルビタグ」を使用していますが、対応ブラウザは現在、マイクロソフト社製、インターネットエクスプローラー(以降IEと表記)5以降となっております。その他の主要なブラウザでは、プラグインを導入したファイアーフォックスのみが、ルビタグを用いた、ルビの表示が可能です。

今回、MMZK | みみずく  氏の作成された、CSS(外部設定ファイル?)により、ルビタグ非対応のブラウザでもルビが表示されるようになるとのことで、試験的に、「死後の世界」の一ページに設定してみました。

IE5-9以外のブラウザをご使用の方は、ぜひ、以下のページにアクセスの上、感想をお聞かせくだされば幸いです。

  CSS適用済みのページ  死後の世界 「犬の霊魂」(上)

  適用していないページ(サンプル) 死後の世界「十四 霊界の大学」 (下)

 

 連絡先はこちら

 

 なお、当サイトのアカウントをお持ちの方は、このページにコメントをして下さっても結構です。

8 叔父の臨終 (上)

2010/01/11

 前の通信に於て約束されたとおり、この自動書記は同夜午後八時に始まり、叔父さんは、自分自身の臨終の模様並に帰幽後の第一印象といったようなものを極めて率直に、又頗る巧妙に語り出しました。『死とは何ぞや。』『死後人間は何所に行くか。』──これ等の痛切なる質問に対して満足すべき解答を与え、有力な参考になるものはひとり帰幽せる霊魂の体験譚のみで、そうでないものは、西洋に行ったことのない人達の西洋物語と同様、いかに巧妙でもさしたる価値は認められません。叔父さんの霊界通信はこの辺からそろそろその真価を発揮してまいります。──

『それでは約束どおり、私自身の臨終の体験を物語ることにしましょう。私は最初全く意識を失って居た。それがしばらく過ぎると少し回復して来た……。イヤ回復したような気持がした。頭脳が妙にはッきりして近年にない気分なのじゃ。が、何ういうものか躯が重くてしょうがない。すると其重みが次第次第に失せて来た……。イヤただ失せるというのではなく、寧ろ私が躯の重みの中から脱け出るような気分……。丁度濡手袋から手首を引ッ張り出すような塩梅になったのじゃ。やがて躯の一端が急に軽くなり、眼も大へんきいて来た。

『さッきまではさッぱり判らなかった室内の模様だの、室に集まっている人達の様子だのが再び見え出したナと思った瞬間、俄然として私は自由自在の身になって了った! 見よ自分の躯は寝台の上に横臥し、そして何やら光線の紐らしいものを口から吐いて居るではないか! と、その紐は一瞬間ビリビリと振動して、やがてプッリ! と切れて口から外方へ消え去ってしまった。

「いよいよこれが臨終で御座います……」──誰やらが、そんなことを泣きながら言った。私はこの時初めて自分の死顔なるものをはッきりと見たが、イヤ平生鏡で見慣れている顔とは何という相違であったろう! あれが果して自分かしら……。私は実際自分で自分の眼を疑いました。

『が、そうしている中にもひしひしと感ぜらるるのは、何とも名状すべくもあらぬ烈しい烈しい寒さであった。イヤその時の寒さと云ったら今想い出してもぞっとする!』

 例によりて友人のK氏並に他の人達が、ワアド氏の自動書記の状況を監視して居たのでありますが、この辺の数行を書きつつあった間に、ワアド氏の総身は寒さに戦慄き、傍で見るのも気の毒でたまらなかったといいます。

 自動書記は尚おつづきました。

『全くそれは骨身に滲る寒さで、とてもその感じを口や筆で伝えることは能きない。何が冷たいと云っても人間界にはそれに比較すべきものがない。私は独り法師の全裸体、あたためてくれる人もなければまた暖まるべき材料もない。ブルブルガタガタ! イヤその間の長かったこと、まるで何代かに亙るように感ぜられた。

『と、俄かにその寒さがいくらか凌ぎよくなって来た。そして気がついて見ると誰やら私の傍に立っている……。イヤ私にはとてもこの光彩陸離たる御方の姿を描き出す力量はない。その時は一切夢中で、頓と見当も何もつかなかったが、その後絶えずその御方のお侶伴をしているので、今では少しは判って来た……。イヤ今でも本当に判って居はしない。その御方の姿は時々刻々に変る。よッぽどよくつきとめたつもりでも、次ぎの瞬間にはモーそれが変って了っていてつかまえどころがない。かすかに閃く。パッと輝く。キラリと光る。お召物も、お顔も、お躯も言わば火じゃ、火のかたまりじゃ。イヤ火ではない、光じゃ………。イヤ光と云ってもはッきりはしない。しかも一切の色彩がその中に籠っている。──霊界で私を護っていてくださるのはこんな立派な御方じゃ!』


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。