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4 鶴岡監獄支署の事実証明

2010/10/26

 いかに場所は裏日本の一隅に僻在せりとはいえ、これほどの心霊現象が起って居るならば、せめて東京の学界位には伝わりそうなものに思われますが、きいて見ると事実はなかなかそれ所でなく、当時の日本の官憲は、いかにして此心霊現象を撲滅し、此無邪気なる婦人を抑圧すべきかに全力を挙げたのでした。西洋の物質文明に中毒した日本の官憲は、恐らく国内にかかる心霊現象の起るのを国家の恥辱とでも考えたのでしょう。兎に角当時の官憲の長南年惠女に対して執れる態度方針は無茶と言おうか、乱暴と云おうか、醜劣と言おうか、全く以て箸にも棒にもかからぬ性質のものでした。官憲は事実の有無、真偽等には何等の顧慮なく、『妄に吉凶禍福を説き、愚民を惑わし世を茶毒する詐欺行為』と認定して、此憐むべき女性を引続き二回――即ち明治二十八年七月より六十日間、及び同二十九年十月十日より七日間、山形県監獄鶴岡支署に監禁したのであります。由来官憲の圧迫は何れの邦土でも破天荒の心霊現象又は蓋世的宗教運動には附随物で、格別珍らしい事柄ではありませんが、年惠女の場合の如きは就中気の毒なものでした。郷党の間に『極楽娘』と綽名される無邪気な婦人をつかまえ、その身辺に不思議な現象が起るからと言ってポンポン監獄へ放り込む……。何う考えたからとて正気の沙汰とは申されません。

 此官憲の無理解と圧迫とは明治三十二年に至りても、減少するどころか、却って熾烈の度を加えました。そこで郷党から長南氏への帰郷強請ともなったのでした。

『巨細の実状を知らぬ間こそ黙って見て居ましたが』と、長南氏は当時を追懐しつつ物語をつづけました。『一旦帰郷の上で数日の間実状を調査して見ますと、私は、こりャこのままに放任する訳には行かぬという気になりました。事実無根を事実無根として真相を曝露し、詐欺行為を詐欺行為として懲罰を加えるのならば元より正当でありますが、正直一方、真心一方で行って居るものを捕え其身辺に起る所の現象が自分達の貧弱な頭脳と浅薄な智識で説明することが能ないからと云って監獄に入れるというのは何事か。――彼等といえども、姉の身辺に起る現象が決して虚偽の片影すら混らぬことは、姉の二度の監獄生活で知り切って居る。それにも係らず尚お強いて人為的に此確実なる事実を撲滅すべく力瘤を入れるとは余りといえば片腹痛い。曲学阿世か、科学迷信か。何れにしてもこの侭には棄て置き難い……

『とうとう私も憤慨の余り、明治三十二年九月二十一日附を以て、山形県監獄鶴岡支署長渡邊吉雄という人に、姉年惠の在監中の生活実状に就きての証明願を提出する事になりました。証明の項目は(一)両便の不通なりし事、(二)絶食の事(前の六十日間拘禁の時は、監獄規則上何か食えと強いられ、一日に生芋二十目ずつを食したるも、後の七日間は一物だも食物を口にせず、一度葡萄を口中に入るるや忽ち吐血したる事実、(三)拘禁中前署長有村實禮の需めに応じ、檻房内にて神に願い、霊水一壜、お守一個、経文一部、散薬一服を授けられて之を署長に贈りたる事(四)同囚の需めにより、散薬を神より授かり之を与えたるに、身体検査に際し右の事実が発覚せる事、(五)監房内に神々御降臨の場合には、掛官の人々が空中に於て笛声其他の鳴物を聞きたる事、(六)監房生活中姉の蝶々髷は常に結い立ての如く艶々して居り、姉は神様が結って呉れるのであると言い居たる事、(七)一斗五升の水を大桶に入れ、それを容易に運搬し居たる事(八)夏期蚊軍来襲するも、年惠の身体には一疋もたからず、遂に在監中姉一人のみ蚊帳の外に寝臥した事、等の八ヶ条でありました。

『右の証明願はやがて附箋附で却下されました。其附箋の文句は斯うです――明治三十二年九月二十一日附を以て長南年惠在監中の儀に付願出の件は、証明を与うるの限りにあらざるを以て却下す――何と面白い文句ではありませんか。事実は事実だが証明を与える限りでないから却下すというのですから確かなものです。斯んな結構な証拠物件は厶いません。私もこりャ大事な品物だと考えましたから斯の通り立派に保存して置いてあります。』

 そう言って長南氏は半紙五枚綴の所謂御証明願を出して私達に示してくれました。それは相当に時代色を帯び、そして附箋には『山形県鶴岡支署印』なる長方形の印版が鮮かに捺印してありました。

『イヤーすてきな証拠物件が残って居たものですナー』私はそれを一見すると同時に思わず感歎の声を漏らさずには居られませんでした。『是非写真にも撮り、又文句も写し取って置きたいと思いますから暫時拝借を願いたいですが……。』

『承知致しました、お持ちかえりになられても構いません。』

 長南氏は言下に快諾を与えて呉れました。右の『御証明願』の原文は私の手許に写し取ってあります。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第3篇 続幽魂問答(付録 長南年惠物語)」

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。